第33話 新一年生

「就寝時間は外出禁止のはずだが、お前たちはどこへ行っていた?答えろノピー」


「ほ、僕ですか!?」


「他にノピー・ユーノマンがいるのか?」


「い、いえ。いません」


口籠るノピーに代わり、ジャックが口を開いた。


「妹を助ける手伝いをしてくれただけです。コイツらは見逃してください」


アスドーラとノピーは、驚きに目を見開いた。

いっつもツンツンしていて、一匹狼上等の態度を貫いていた彼が、自分たちを庇ってくれたことに。

それはつまり、仲間として認めてくれたということではないか。


視線に気づいたジャックは、照れを隠すために渋面を作った。


「……妹か。助けるとは具体的に何をした。隠さずに言え」


「コイツらを見逃してくれるなら言います」


「教師を相手にその態度は感心しない。そして私は、一言でも罰すると言ったか?」


「……え?」


「はあ、早く言え。私も明日に備えて休みたい」


ジャックは、すべてを明かした。

ところどころ、ぼやかしていた部分はあったが、始まりから終わりまでを、包み隠さず語る。


ザクソンは時々頷きながら、黙ったまま聞いていた。

いつものしかめっ面であったが、どこかで見た悪意のようなものは片鱗もなく、ただ教師に徹していた。


「言わずもがな、お前たちの行為は犯罪だ。だが騎士が連行をしなかったのなら、私から言うことはないな」


その言葉を聞き、薄く笑みを浮かべた三人だったが、すぐに釘を差される。


「ただし、学校内の規則を破るのならば話は別だ。まさに私の管轄になる」


「……さっき罰しないって言ったじゃねえか」


「口の利き方に気をつけろジャック・デラベルク。二度目だが、罰するとは一言も言っていないだろう。私が言っているのは、その子だ」


アゴをしゃくって示した先は、ジャックの妹パノラであった。


「生徒でもない彼女を、寮内に住まわせることはできない」


「は?な、なんでだよ。誰にも迷惑は掛からねえだろ」


「迷惑うんぬんの問題ではない。規則に違反しているのが問題なのだ。お前が規則に反し、私がそれを許せば、生徒たちにどう映るかは明確であろう」


「贔屓されてるように見えるから?」


「その通りだ。そして私の機嫌を取れば、恩恵を受けられると勘違いする者も出るだろう。学業に関係のないところでな。それは誰にとっても不幸だ」


「……そのぐらい、大目に見てくれてもいいじゃねえか」


「無理だ。滞在先を見つけるまで一週間の猶予期間を与えるから、それまでに見つけろ」


寮までの道。

黙り込むジャックに掛ける言葉もなく、早々にベッドへ潜り込むアスドーラとノピーであった。


チクタクと時計の針が進むけれど、三人は一向に寝付けなかった。

唯一寝息を立てるのはパノラだけ。

ジャックの隣でとろけるように眠っている。


チクタク――。


静寂の部屋で口火を切ったのはアスドーラであった。


「パノラは頭いいの?」


「なんだよ急に」


「生徒なら寮に住めるのかなあって思ってさあ」


「賢くても年齢的に無理だろ。それに金もねえよ」


2人は口を閉ざした。諦めたわけではない。

打つ手はないか模索するためだ。


そんな中発せられたノピーの提案が、突破口を見出した。


「……入学する年齢に下限はないから、学力さえあれば生徒になることはできるんだ。でも次の入試は来年だから、すぐにチャレンジできるとしたら特別総合試験なんだけど、なにか特技はある?」


「特技?」


「音楽、美術、舞踊、格闘術や、何かしらの功績だとか、希少価値の高い人材であることを証明できればいいんだ。特別総合試験なら、学費免除の可能性もあるし、絶対に受けたほうがいいと思うんだけど、なにかないかな?」


「……マナーはいい」


「……あ、そ、そっか。別の方法を考えたほうが良いかもね。途中入学できて、学費も免除できそうで、しかも誰にも文句を言われない方法を」


ベッドの天板を眺めていたアスドーラは、ハッとして飛び起きる。


「奴隷だ!」


明るく不穏な言葉が飛び出して、ノピーとジャックは顔をしかめる。


「奴隷の経験がある人は少ないし、それにさ、ジャックって元貴族でしょ?どうかなあ?」


「え?特技ってこと?い、いや。それはちょっと、確かに希少性はあるけれど……。試験官の前でお話しなきゃいけないんだよ?まだ彼女には無理だと思うよ」


そう言いつつも代案はなかった。

さらに言えば、実際のところ、アスドーラの提案はさほど悪くはなかった。

元貴族は貴族よりも少ない上に、奴隷として売買された者は、国中探しても彼女だけだろう。


だが、少女に語らせるには、あまりにも酷い過去だ。


アスドーラとノピーは、ジャックの判断を待った。


「……パノラは社交的で、大人たちと距離を縮めるのが得意だった。だから、それしか方法がないのなら、やるしかないだろ」


「いいのかい?まだ心の傷が癒えていないんだよ?」


「明日にでも聞いてみるさ。ありがとな二人共」


一応の目処が立ち、三人は明日に備えて眠りについた。



翌朝、甲高い声で叩き起こされる。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん起きて!」


ぐらぐら体を揺すられて不機嫌そうに起床したジャックと、元気な声につられて目を覚ましたアスドーラとノピー。


「……んあ、おお。パノラ」


寝ぼけているのか、ジャックは人目も憚らず妹をギュッと抱きしめる。


しかし、妹は兄の胸を押しのけた。


「ど、どうした?」


「……ごめんね。これ」


「ん?うわっ」


驚いた声で、アスドーラもノピーも体を起こしてジャックたちのベッドを覗き込んだ。


「あ……」


「うーん?お水こぼしたんだねえ」


アスドーラだけはおとぼけをカマしているが、こぼしたお水は言わずもがな……である。

ノピーは気まずそうにしながら、アスドーラの腕を引っ張ってベッドへ戻る。


ジャックはため息を付いて、妹の頭を撫でた。


「怒ってないからそんな顔するな」


「……うん。ごめんね」


朝から忙しないジャックは、アスドーラたちの申し出を丁重に断って、ひとり慌ただしくベッドの掃除に取り掛かった。


それから一時間後。

4名は部屋の中央に車座を作り、真剣な表情で向かい合っていた。

まず切り出したのは、ジャックである。


「パノラ。お前にお願い――」


「いいよ!」


昨日、アスドーラが提案した件を話そう途端に、この返事である。

ジャックは困惑気味に、もう一度話し始めた。


「パノラ。兄としてお願い――」


「だからいいよ!」


「パノラ?お兄ちゃんの話を遮らないでくれるか?」


「貴族だったけど奴隷になったって、あの眼鏡にお話ししたらいいんでしょ?いいよ!」 


「……起きてたのか」


「うん。なんかねえ、音がするとすぐに起きるんだぁ」


パノラ・デラベルク、7歳。

ひとり牢に閉じ込められ、音や光やニオイにはとても敏感になっていた。

常に気を張った状態で過ごしていたために、睡眠中でもすぐに起きるクセがついていた。


ジャックは、悲痛に顔を歪めた。

兄としては隠したかったが、胸の内が表情に表れてしまった。


「ごめんな。お前と一緒にいるには、これ以外方法がないんだ。本当に――」


「いいよ!パノラも頑張るッ!」


「……ありがとう」


そう言って妹を抱きしめたジャックは決意する。


「ノピー、最短で特別試験を受けるにはどうしたらいい?」


「特別総合試験だね。えーと、僕たちの受けた試験と同じで、事務で申請が必要だよ」


「何日かかる?」


「それは分からないよ」


「頼む!すぐにでも試験を受けたいんだ。方法はないか?」


考え込んだノピーは、ぼんやりと浮かんでいた言葉を胸の奥にしまう。

「事務の人に聞いたらいいじゃない」

これを言ったらおしまいだ。

そもそも、ジャックならばその程度思いつく。わざわざ頭を下げてまで質問するということは、正攻法ではなく、あらゆる手段を使った奇策を考えてくれということだろう……けど。


ノピーはあっけらかんと答えた。


「……校長先生だと現場から遠すぎるし、事務だと別業務もあるから、時間が掛かりそうだし。結局、ザクソン先生に直談判するのが早そうかな」


「分かった!」


ジャックは、すぐに妹の手を引いて走り出そうとしたが、ノピーは慌てて止めた。


「待った!出願書持参しないと、追い返されるかもしれないから……」


そう言って、ノピーはカバンの中から一枚の紙を取りだした。


「はいこれ。入試前に予備で貰ったものなんだ。よかったら使って」


「……助かる」


朝の会開始まで1時間と少し。

ジャックは出願書の空欄を急いで埋めて、最後の最後に残った【志望動機】と睨み合う。


「……なんで入学したいか」


すべて兄のエゴである。

そんなあけすけに書ければ楽であったが、ザクソンの顔を思い浮かべると突き返される未来しか見えなかった。


ジャックは悩み抜いた末ノピーを助けを求めようとした。

するとパノラが明るい笑顔でジャックを見上げた。


「お兄ちゃんに守ってもらうから!」


「……パノラ」


これにはアスドーラとノピーもニッコリ。


「良いと思うよ。過去の経験から見れば、それほどおかしな動機にはならないんじゃないかな」


ノピーの助言もあって、志望動機にはこう書かれた。

「兄に守ってもらうため、常に一緒に居たいからです」



朝の会1時間前。

出願書を手渡した赤髪の2人は、教員からのチラ見に耐えながら、ザクソンが口を開くのを待っていた。


「……ふむ。特別試験を受けたいとのことだが、日程と試験内容はどうする」


「試験内容はスピーチと面接でお願いします。それから日程は、できれば今すぐにでもお願いします」


「今?何故だ」


「ふわふわしたままじゃあ、俺もコイツも前に進めないからです。衣食住揃ってからじゃないと、将来のことを考える余裕も持てないから、すぐにでも答えが欲しいです」


眼鏡の奥がギロリと鋭く光る。


「裏を返すと、合格しなければ野垂れ死ぬとも聞こえるが?」


入学できなければ、やはり住処を探さねばならない。

衣食のために働かねばならない。

身寄りのない子供二人が、簡単に全てを揃えられるはずはなく、つまり野垂れ死ぬのかとザクソンは問うた。


「学校を辞めて働きます。安い宿も知ってます。たとえ合格できなかったとしても、必ず2人で生き延びるつもりです」


「ふむ」


ザクソンは再び出願書に視線を落とした。

じっくりと読み直し、そして一番下に書かれていた志望動機をしばらく見つめていた。


「……合否の判断は、私を含めた3名の教員で協議し、最終的には校長の許可が必要となる。合否発表は早くとも明日になるが構わないか?」


「はい」


「……分かった」


ザクソンはすくっと立ち上がり、職員室の中を見回した。

そして、一学年教員で手の空いてそうな2名を呼び出す。


「ゴフォッボッフォ。失礼、私は構わないですよ」


「可愛いねー。私のこと可愛いって言ってくれたら合格にするよー。いや、これは冗談なんだけどねー」


ザクソン、コッホ、そしてラビの3名について行き、職員室の間仕切りの奥で試験は始まった。

そしてジャックは、ひとりポツンと職員室の外でソワソワしていた。

たとえ7歳の少女だとしても、試験は試験。兄同伴でとはいかず、追い出されたのだ。



キーンコーンカーンコーン――。


「遅いねえ。大丈夫かなノピー?」


「う、うん。きっと大丈夫だと思う。あああ、僕まで緊張してきたよ」


なかなか帰ってこないジャックを、教室の入口に張り付いて待ち構えていたのだが、朝の会始まりの鐘が鳴っても姿が見えない。


いつもなら、鐘の数秒後にはやってくる先生も、廊下から歩いてくる気配がない。


ノピーは心配していた。

出願書を手渡しに行った人物は、あのザクソン先生である。

陰湿な目つきで生徒を睨みつけながら、眼鏡のレンズをキュッキュと拭く、あのザクソン先生である。


いびられたりしてないだろうか。

もしかしたら、説教でもされてる?


普通に事務室経由で申し込んでいれば、こんなことにはならなかったのに……。


あれこれ想像しすぎて、ジャックとパノラが陰湿眼鏡の魔の手に掛かったと考え、勝手に良心の呵責で押し潰されそうになっていた。


「あ……ジャック!」


アスドーラが廊下を眺めながら、大きく手を振った。

それに続いて顔を覗かせると、遠くから歩いてくる3人の姿があった。




「ゴッホゲホ。はい、おはようございます」


いつもの通り朝の挨拶をしたコッホの隣には、赤髪の2人が並んでいた。


「えー、異例中の異例ですが、今日からこのクラスの仲間になります。パノラ・デラベルクさんです。家族名で分かる通り、ジャック君の妹さんですね。仲良くしてください。はい、じゃあ……あ、席がないですね」


キョロキョロと辺りを見回し、コッホは空席となっていた3つの机を指さした。


「向こうの好きな席にどうぞ」


するとジャックは慌てる。


「お、俺も向こうに移っていいですか!?」


コッホは得心したように、小さく頷いて笑みを浮かべた。


「そうですね。離れるのはよろしくない」


こうしてパノラは、異例の速度でラハール初等学校の生徒として入学が決まった。

そして後日、ジャックのもとには、学費寮費全額免除を通知する書類が届けられた。






――――作者より――――

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