第31話 乱入

『うーむ、勝てそうかなあ?どう思う?』


『厶、ムリだよ。もう逃げよう!』


『……ここまで来たってのに』


この窮地を切り抜けられるか。

三人の知恵を出し合い模索したかったが、S級という言葉が思考に圧力を掛ける。


暫くだんまりを決め込んでいた。

すると踊り場側にいた、無精ひげの男が両手を上げて、歩き始めた。


「おうおう。ちょっくら治療させてくれや。もちろんお前らじゃないぜ?お前らが殺しそこねた仲間をだ。いいな?何もすんじゃねえぞ?」


無抵抗を前面に押し出し、手をひらひらさせながら、三人の厳しい視線を横切っていく。


彼は大きな穴を見下ろして、ピューと口笛を吹いたと思えば、深く膝を曲げて跳躍した。


「っしょっと」


S級を名乗る男から、ペリーロと呼ばれた冒険者を受け取る。

そして、そっと床に寝かせてから、魔力で包み込んだ。


「ん〜。肋骨、頭骨、鎖骨、それから内臓もやられてるなあ!こりゃあ死にかけだあ!俺が来なかったら、おっ死んでたかもなあ!仲間をこんなんにされて悔しいなあ!」


わざわざ大きな声でペリーロの容態を語ると、治癒の呪文を詠唱して治療を開始した。


三人の少年は、突き刺さる無言の圧力に、心が揺らぐ。


殺す気はなかった。

死なないと思った。


そうやって死の可能性から目を背けた。


正当化しようと思えばいくらでもできる。

奴から手を出したし、殺そうとしていた。

実際彼は「死ね」と口に出していた。


だから……。

そうして正しさを主張し、傾く天秤を水平に保つことはできた。


しかしそれは、恐ろしく身勝手であることも理解していた。


『……こ、降伏して謝ろう?僕たち、やり過ぎたと思う』


ノピーがそう言うのも無理はない。

廊下を伝ってくる殺気には、仲間に手を出された怒りが乗せられていたからだ。


『やり過ぎかなあ?殺そうとしたんだから、殺されても文句は言えないんじゃない?あの人が実力不足なだけだよ。まあ、強かったけどねえ』


アスドーラの飄々とした言葉が、脳内に響く。


『……お前たちだけ帰れ。そもそもこれは、俺の問題だ。ここまで来たってのに引き下がれねえ』


ジャックには、すべてがどうでも良かった。

ただ妹を救いたいだけ。

ペリーロが死ぬのは本意ではないが、構いやしない。

妹が救えればそれでよかった。

それ以外は些細な事柄で、陳腐な与太話である。


そうやって、どうにか心に思い込ませていた。


けれど本心は、言葉になって表れている。

2人をこれ以上、巻き込みたくない。


するとペリーロを治療していた男が、すくっと立ち上がる。


「おう終わったぞー」


三者三様、意見はまとまらず。

蛇に睨まれた蛙のように、冒険者たちの殺気に身を固くする。


『よぉぉし、こうなったら戦おう!危なくなったら、僕が転移させるからさッ!』

『で、でも、相手はS級だよ!?転移させてもらえるか――』

『今すぐ逃げろッ!残るのは俺だけでいい!』


頭の中では、必死に意見を交わすが平行線のまま。


リーダー不在。

即席チームである3人に、本当の窮地を切り抜ける力は……まだなかった。


S級を名乗った男は、コクリと合図をした。


すると、踊り場側の冒険者と穴の向かいにいる冒険者それぞれ2名ずつが、バッと手をかざした。


亜空断絶障壁コンロコンテヌディーレ


ズァァアッ!


三人を取り囲むのは、五方を阻む亜空の結界。


一体何が!?


思案する暇は一時もない。


影が結界に入り込んだ時には、全てが終わっていた。


「っぐぁぁあ」


アスドーラの首を掴むのは、ホテル前で失神させられた、あの冒険者の手だった。


『早く逃げ――』


ゴスッ!


アスドーラを持ち上げながら、ジャックの脇腹を器用に蹴り飛ばした。


「ぐぁっぐぅぅ!」


締め付けられた喉でジャックの名を叫ぶ。

だがその声は届かない。


アスドーラは抵抗した。


魔法が使えない今、腕力でどうにかするしかない。


腹部を蹴りつけてみるが、山を蹴飛ばしたかのように、ビクともしない。

爪を立て、必死に藻掻くが、すべてが無駄なあがきに思えてくる。


でん゛……い゛ゴン゛ゴ……ル゛ダ


どうにか転移で脱出し、再度戻ってきて戦おう。

その策略も、締め付けられた喉では実行不可能であった。


マズい。

これは、勝てそうにない。


敗北が頭をよぎる。


諦めかけたその時、眼前の男の視線が、腰の抜けたノピーに向けられた。


彼らは僕たちをどうするのだろう。

このままだと、ノピーはどうなる。ジャックは?


魔力を制御しながら勝てるだろうか。どうにも勝てる未来が見えない。

ならば本気を……出すべきか。


いや今のまま、できるだけのことをやろう。

全力は最後の手段として、今の状態で全力を出す。

少しのケガも本当は見せたくないけれど、躊躇ってる場合じゃない。


「ぐぅ゛っがぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あッ!」


アスドーラは男の腕を両手で握りしめた。


「ぐっぁ゛ぁ゛あッ!」


足は腹部を蹴り続けながら、男の太い腕に指を突き立て、骨まで圧し折るつもりで握りしめる。


「……っぐ、この馬鹿力が!」


ゴスッ!


大きな拳が顔を殴りつける。

しかしアスドーラは力を緩めなかった。


すると、骨がミシミシと音を立て始め、指がぐちゃっと皮膚を突き破る。


ゴスッゴスッ!


男は焦った様子でこめかみを殴りつけるが、アスドーラにはまったく効いている様子がない。


「リビーディ!魔法で捕縛しろ!腕がもげるぞ!」


S級を名乗る男は、転がってきたジャックの胸を踏みしめながら、指示を送る。


リビーディは苦悶に顔を歪めながらも、頷いてみせた。


首を絞め上げる手を緩め、アスドーラの顎を何度もぶん殴る。

そして同時に、呪文を詠唱した。


水牢アクカルチャル


ぽわん、と現れた水の玉がアスドーラの全身を包み込む。

思うように動けないアスドーラは、それでもリビーディの腕を放さなかった。


ジャックは踏みつけられ抵抗不能。

ノピーは震えて動けない。


アスドーラ一人で戦わねばならぬ状況で、全員を一気に相手するのは悪手だ、

だから眼前のリビーディから、まずは倒す。

そう意気込んでいた。


しかし、A級S級の冒険者は、子ども相手でも一切の手抜かりをしなかった。

仲間をやられた後では特に、隙すらもなく。


鉄鎖堅縛ソロファティーレ


ブォンッ!


まるで砲弾が空を切るような音がした。

次にはアスドーラの側頭部に鈍い衝突音がすると、首が折れそうな勢いで激しく傾いた。


すると、ギャリギャリと鈍色の鎖が巻き付き、鼻下からすべてが隙なく拘束される。


手、以外は。


鎖の先は、穴の向こうにピンと繋がっていた。


「ッ!?ペリーロ?動いていいのか?」


鎖を握り締めていたのは、目つき鋭く青白い顔をしているペリーロだった。


「……ぅぉおらああ!」


「ちょ待て!それをやったら――」


ペリーロは鎖を振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。


ギャリギャリッ!


重たい鎖は鞭のようにしなり、うねりは手首に到達した。


「……ッッッ!」


鎖が巻きつき口を開けないアスドーラは、絶叫の変わりに目を見開いた。


「それをやったら、千切れちまうだろ……」


「……はあ、はあ。自業自得だクソガキ!」


リビーディの腕を握りしめる、2つの手。

ぼたぼたと血が滴り、ぼとりと床に転がった。


「ア、アスドーラ君……」


ノピーは涙を浮かべながら、バタリと倒れた。


「……気絶したか」


憐憫の眼差しで、リビーディはポツリと呟く。


『おいアスドーラ!さっさと逃げろッ!頭の中で詠唱すれば――』


動揺するジャックは『秘匿会話セクレトコンバル』で叫んだ。

さっさと転移しろと。

逃げろ、と。

頭の中で詠唱すれば、口頭術は成立すると。


失神せよテネコーペ


だが全てを言い切る前に、意識は奪われる。


「……ミーティス、ソイツら、思念を飛ばしてるよ」


「ん?そうなのか。ちゃんと報告しろ、また忘れてたんだろ」


「……あー、傷が痛む」


「都合がいい傷だな」


ミーティスと呼ばれたS級冒険者は、唸り声を上げるアスドーラには一瞥もくれず、リビーディの傷に顔をしかめた。


「結界を解くぞ」


「転移されるんじゃないか?」


「構わんさ。2人から内情を聞き出せばいい」


リビーディは得心したように頷き、4人がかりの結界は一気に雲散霧消した。


「にしても……イカれた肺活量だ」


S級冒険者ミーティスは、アスドーラを見ながらポツリと呟く。

水の中でおおよそ1分。

ただならぬ精神状態にあり、なおかつあれだけ暴れておいても、まだ意識を保っていることに驚嘆していた。


「どうする?治すか?」


リビーディは、床に転がる手を見つめながら確認をとる。

しかしミーティスは、首を横に振った。


「気絶してからだ。どうせくっつ……なんだ?」


千切れた腕を見て、ミーティスは怪訝な表情を浮かべた。


水を染め上げ分かりにくかったが、血がいつの間にか止まっていたのだ。

白い骨や筋張った筋肉が見えなくなって、まるで傷口に蓋をしたような。

治りかけの擦り傷にかさぶたができたような……。


「……まさか!?」


ミーティスはポカンと開きかけた口を結ぶと、今までにない表情を浮かべ、突如として魔力を放出した。


それも全力で。


「竜の子だッ!操魔術で拘束しろッ!」


鬼気迫る号令に、冒険者たちも続く。

放出した魔力を、間断なくアスドーラへと差し向けた。


A級、S級が放出した、全身全霊の濃密な魔力が、アスドーラにまとわりつく。


水の中で、もこもこと生え揃う手を見て、魔力の収斂が加速する。


「魔石は持ってるのミーティス!?」


マーテルは冷や汗を流しながら叫ぶ。


「……持っているわけがないだろう」


悲痛に顔を歪めたミーティスに、冒険者たちは顔をしかめた。


「どうする気なのさ。竜の子に魔力勝負でも仕掛ける?」


「つまらないなペリーロ。頼むから気の利いたジョークで笑わせてくれ」


「ムリでしょ。ミッテン連合の騎士が何人死んだと思ってんのさ」


「……さあな。数えるのは止めた」


シンと静まる冒険者たち。


竜の子――。


常識を破綻させる魔力量、魔族以上の回復力、そして至上の魔法。

三拍子揃ったその生物は、まさに神を彷彿とさせる。


魔族の長リンデンバル・アルマは、そんな彼らについて、こう宣言した。

世界の端に君臨するドラゴンの子であると。


「逃げちゃう?名前に傷はつくけど、命は助かるわけだし」


ミーティスは何も言わなかった。

それが仲間たちへの返答でもある。


冒険者集団、解放戦線リベラティオアンテはS級冒険者ミーティスを頂点とした、世界屈指のパーティである。

B級以下の冒険者は居らず、全員がA級。

そして仕事を必ずやり遂げることから、信頼も厚い。


いつもならば、ペリーロの提案は笑って流されるジョークでしかない。


積み上げてきた信頼を一発で崩壊させる愚挙であるから。

どれだけ困難な依頼でも、必ずやり遂げた自信があるから、難しく危険であっても途中放棄は一度もなかった。


しかし竜の子を相手に、今の装備で戦うのは不可能である。

ミーティスはすでに、そう見切っていた。

仮に戦ったとしたら、ホテルの損害は凄まじいことになるだろう。恐らく、二度と警備任務を依頼されないほどに。


だからこそ、逃げるという選択肢は、ありだった。

すなわち任務の途中放棄が、現状の正解であると思いかけていた。


「……あ」


ヒリヒリした現場に響く腑抜けた声。

冒険者たちが声の主を見やる。


「き、騎士団に通報が入った……から来た……んだが」


言葉もままならず立ち尽くしていたのは、騎士だった。


名うての冒険者を知らないはずもなく、彼らを見て固まっている。


「アンタらの手に負えるとは思えないが。代わってくれるなら助かるな」


「わ、私では判断できない!あ、あ、あれだ!上長に確認してみる!」


「……走って逃げなくてもいいだろうに」


騎士は全力で階段を駆け下りていた。

感じたことのない、恐ろしいほどの魔力と殺気に、汗が止まらなかった。

解放戦線リベラティオアンテのリーダーであるS級冒険者ミーティスとその仲間たちの、オーラたるや凄まじく、それだけで肝が冷えた。


しかしアイツはなんなのだろうか。

彼らが意識を向けていた、あの子どもは、

そして床に倒れていたエルフと赤髪は、一体誰なのだろうか。




「はあはあ。騎士長!」


「んあ?どしたー。ホテルの件片付いたかー?」


「それが……」


中央区中心部にあるラハール騎士団詰所に帰還した彼は、一服する騎士長へ経緯を報告した。

すると、すべてを聞く前にティーカップが手から滑り落ち、汗まみれの彼に掴みかかる。


「お前、何かしたのか!何もしてないよな!」


「は、はい。解放戦線リベラティオアンテがいたので、とにかくどうしたらいいのか騎士長へ確認を取ろうと思いまして」


「よしっ!」


そう言って騎士長は、詰め所の階段を駆け上がる。


「騎士隊長!例の少年と解放戦線リベラティオアンテがやりあっております!いかが致しますか!」


「間違いないのか?」


「エルフの少年と一緒であったと――」


「騎士将へ確認してくる!」


騎士隊長は、同階にある将校の部屋へ飛び込んだ。


「ノックをせんか!」


「騎士将閣下!例の少年――」


「マズイ!騎士団長へ確認する!暫し待て!」


そう言って騎士将は、遠隔通話の魔道具で王都にいる騎士団長へ連絡を試みる。


「なんだ」


「例のアスドーラという少年が、セントラルグランドホテルで解放戦線リベラティオアンテと戦闘中であります!対応のご指示を!」


「……解放戦線リベラティオアンテからアスドーラを救出したまえ」


「し、しかし。よろしいのですか?解放戦線リベラティオアンテですが」


「アスドーラ、並びにその友人を傷つければ、国が危うい立場に置かれてしまう。これ以上は機密故語れぬが、そういうことだ」


「か、畏まりました!」



そうして中央区の騎士たちへと緊急呼集が掛かり、出払っていた騎士や休みの騎士も動員して、セントラルグランドホテルは物々しい雰囲気に包まれる。


ドタドタドタッ!

5階の踊り場から騎士が溢れ出し、ミーティスは胡乱な目で状況を観察する。


「その少年を解放しろ!これは正式な命令である!」


「正式とは?」


「この国の治安機関の長たる騎士団長からの命令であるッ!」


「……俺たちはこのホテルの支配人と警備の契約をしている。要するに仕事だ。強制的に放棄させたと話はつけてくれるのか?」


「警備?何の話だ!」


「俺たちは雇われてここにいる。コイツらが忍び込んだから捕らえた。それだけの話だ」


騎士将はチラリと騎士隊長へ視線を送り、騎士隊長は騎士長へと視線を送り、そして事を伝えた平騎士へと視線が送られる。


「……わ、私ですか?賊との通報があったことは、騎士長もご存知だったでしょう?」


「……申し訳ありません騎士隊長。報告に穴がありました」


視線のバトンは騎士将へと戻された。


「……分かった!ホテルとは話をつける!だから解放しろ!」


「オーケーだ」


あっさりと了承したミーティスは、仲間たちに視線を送る。

しかしペリーロは不安が隠せず、頬を引き攣らせた。


「絶対怒ってるよね?こんだけ拘束されて、ブチギレないわけないよね?」


「……確かに。おいアンタら!俺たちのことも守ってくれるよなあ?」


「ま、まままあな!いいだろう!」


騎士将は動揺しながら、隣の騎士隊長へこっそり尋ねる。「あの少年、強いの?」と。

すると騎士隊長は「さあ」と答え、それを聞いていた騎士長と平騎士たちの顔が引き攣る。

どうせ戦うのは俺たちだもんな、と。


「解いたら下がれ。ヤバいと思ったら拠点に転移だいいな!」


ミーティスはそう言うと、首を大きく縦に振った。


ズァァアッ!


アスドーラを拘束していた魔力が、勢いよく冒険者たちのもとへ還ってゆく。

水の玉はパシャリと落ちて、鉄の鎖は灰のように淡く崩れた。


「……」


空気がピンと張り詰める。


何を考えているのか、アスドーラは床に横たわり天井を眺めたまま動かない。


「ア、アスドーラ殿?医者が必要かね?」


アスドーラは、首を傾け倒れている二人を眺める。

そしてゆっくり立ち上がると、少し後ずさる騎士将に答えた。


「あの二人を治してくれます?」


「あ、ああもちろん。やれ!」


ぞろぞろと横切る騎士たちを見送り、アスドーラは警戒するミーティスたちに笑顔を向けた。


「言わないでね?僕のこと」


ミーティスが怪訝な表情を浮かべると、アスドーラは両手をひらひらさせてみせた。


「俺たちに報復しないなら黙っておく」


「報復?しないよ。友だちは生きてるし、仕事だったんでしょ?」


「ああ。分かってくれて助かる」


「それとさあ、君たちと秘密のお話しがしたいんだけど、いつもどこにいるの?」


「……殺しに来る気か?」


「ハハハ違うよ。の件だよ。ちゃんと聞きたいなあ」


「……1週間はこのホテルにいる。それ以降はまだ決まっていない」


「ふーん」


騎士たちに、この会話の意味はまったく理解できなかった。

けれどそれで構わないと、全員が考えていた。

どうせ厄介事。

どうせ面倒事。

貴族同士のいざこざに関わらないように、化け物と謎の少年のいざこざにも関わるべきではないと、人生の経験が警鐘を鳴らしていた。


だから皆が素知らぬ顔であった。


「……ア、アスドーラ君。アスドーラ君!」


ノピーは目を覚ました途端に飛び上がり、騎士たちを押しのけアスドーラとミーティスたちの間に割り込んだ。


「……ご、ごめんなさい。やり過ぎたのは謝ります!降伏するので許してください!」


「いや――」


「すみませんでした!」

と言いながら頭の中ではアスドーラに指示を飛ばす。

『アスドーラ君転移して!ジャック君はどこにいるの!?』


「いやだから――」


「……ひぃぃぃ!助けてください!騎士様!」

『アスドーラ君!?ジャック君はどこにいるの!答えてよ!まさか……まさか!』


ミーティスの言葉を遮り、ひとりで大立ち回りを演じるノピーの記憶は、アスドーラが手を断ち切られたところで止まっていた。


どうして騎士がいるのか……。

恐らく宿泊者が、騒ぎを鎮めるために通報したのだろう。

どうしてアスドーラが解放されているのか……。

それを考えるよりも、さっさと逃げてから手を治療するのが先決だ。


記憶の続きを勝手に補完して、三人で逃げるために必死であった。


「ノピー、ジャックならあそこにいるよ。騎士さんが治療してる」


『ダメだよ!相手に情報が筒抜けになるから、頭の中で話して!』


たぶん思念で会話してるんだなと察したミーティスは、混乱するノピーへ落ち着いた調子で語りかける。


「降伏は結構だが、もう終わったぞ少年。手打ちだ」


『何言ってるのこの人。アスドーラ君殴った?頭をやっちゃったのかな?』


『殴ってないよ。ノピー本当に全部終わったんだ。ごめんよ守れなくて』


「お、終わったの?本当に?」


ノピーはようやく振り返り、アスドーラの手が戻っていることに気づく。


「……よ、良かったあ。治してもらったんだね」


「あー、あうん。うん、そうそう。あの人に」


「そっか。良かったよほんどうに゛……」


アスドーラは、泣きながら崩れ落ちたノピーの肩を笑顔で叩く。


「痛ってえなッ!もう起きたって!叩く……オェ」


「魔力酔いを起こしてますね」


「んなことは分かってるわッ!」


騎士に治療(ビンタ)を受けていたジャックも見事に回復した。

ペリーロに刺された肩も元に戻り、怒鳴る元気もある様子。


「……争いが終わったのならば、我々は行くが。ミーティス殿、手を出さぬようになッ!」


「俺らが悪者みたいになってんじゃん。意味分かんねー」


「何か言ったかそこの!」


文句を言ったペリーロを下がらせて、ミーティスが代わりに返答をした。


「ああ問題ない。これ以上は何も起きない」


「うむ。ではな」


急ぎ足で去っていった騎士の一行。

ホテル前に待機していた騎士たちも、ぞろぞろと退却していった。


ポツンと残された解放戦線リベラティオアンテと少年たちは、互いが憎くて争っていたわけでもないので、不思議な距離感で見つめ合う。


「もう帰れ。暗殺はなしだぞ」


「……暗殺?何の話をしてるの?」


ミーティスの言葉にアスドーラは首を傾げる。


「とぼけるな。手練れを送り込んだ黒幕を知りたいところではあるが、まあ今回は見逃してやる」


「……だから何の話?僕たちはジャックの妹を取り返しに来ただけだよ」


「……マジ?」


「うん」


再び微妙な空気に包まれるのであった。






――――作者より――――

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