第10話 第三次……?

「お疲れ様です。ヴォホッヘェアッ!」


「……耳元で咳き込まないでもらえますか?コッホ先生」


「ゴッフォ。すみません」


「……それで、どのようなご要件でしょう」


「それでは単刀直入に。二次試験で帰らされた受験者は、あのまま放置するおつもりで?」


「ああ、質問をした彼女ですか?私は帰れと指示した覚えはありません。ただ、いつでもご自由に帰ってくれて構わないと示しただけです」


「……ゴホ。では例の王族はどうなんです?二次試験で失格にしてしまうなど、何をお考えなのですか」


「構わないでしょう。試験の目的は血筋を見極めることでなく、能力と適性を見極めることなのですから」


「ゴフォッ、ウエッホ。その論理が王族に通用するとお思いですか?仮にザクソン先生が蹴ったところで、校長が入学を認めるに決まっています」


「……間抜けな貴族を落とすことに怯えるコッホ先生。結局仰りたいことはなんです?」


「余計な波風を立てる必要はないと申し上げたいのです。同期のよしみで忠告したつもりですが、余計でしたら、すみまッゾォッホン!ヴェォォ」


「……病院に行くことを勧めますよ」


「……痛み入ります」


※※※


第二次試験を突破した受験者たちは、試験会場であった魔闘場から場所を移し、隣接する大講堂に集まっていた。

舞台へ視線を集めるよう、座席側は弧を描くように設計され、2階席まで備えられているのは、大人数を生徒として抱える学校ならではである。


各々が、2階以外の好きな場所に座り、試験官が到着するまでの間雑談に耽っていた。

張り詰めた緊張から心を和らげる、ひとときの時間だ。


そんな時間も、コツコツという足音で終わりを告げる。


「傾聴ッ!」


来てそうそう、威圧感たっぷりなザクソン主任。


続いて舞台袖からやってきたのは、試験官たち。

フードを外して、なにやら楽しそうに雜談しながらゆったりとしている。


その様子を苛立たしげに睨むザクソン主任は、気を取り直して受験者たちに目を向けた。


「本来であれば、これより第三次試験を実施するのだが、第二次試験終了時点で受入可能人数の定員を下回った。よって、ラハール初等学校入学選抜試験の全日程を終了とし、諸君ら全員の合格を通知する」


講堂の舞台上にある大きな時計は11時を示している。

お昼を食べて、午後も頑張ろうと考えていた受験者たちにすれば、拍子抜けである。

しかも、あのザクソン主任の言う事だ。

「とでも言うと思ったか!第三次試験始めッ!」と言い出しそうで、誰も彼もが沈黙。

じっとザクソンの一挙手一投足に警戒している。


「只今より――」


受験者たちは背筋を正し、一言も聞き漏らすまいと身を乗り出す。


「入学までの流れと、学科選択について説明する。はあ。試験は終わりだと言っただろう」


ザクソンは目を覆って頭を振った。

そんなザクソンに代わり、試験官のひとりが舞台中央にやってくる。


「はい~!学科の説明を担当するラビです!ホントのホントに試験は終わりだよ!いやホント!」


ピョコッと伸びる白い耳と、真ん丸な赤い目。

兎人のラビは、爽快な笑顔で受験者たちに説明を始めた。


「皆おめでとう!ということで、まずは皆に学科を選んでほしいんだけど、学科ってなに!?って人もいるよねー。

大雑把に言うと海か川か湖か、ピクニックに行くならどこ!?みたいな話でさー、景色も釣れる魚も生えてる植物も全然違ってくるんだよ。ホント分かる?」


「ラビ先生、大雑把にする必要はありません。詳細を説明してください」


ザクソンはすかさず釘を差した。

誰も分かっていなかったようで、ザクソンの評価がすこしだけ上がった。


「んーと、魔法好きは魔法科に入って!モノを作ったり薬を調合したい人は技術科!それ以外は一般科に入ればいいよ!

あっ!それとね、2年生になったら学科変更できるからさ、深く考えなくていいよ!フィーリングだよフィーリング!いやこれホント」


今度こそ学科の何たるかを理解できた合格者たちは、頷きながら自身の将来像を思い浮かべる。

政治家、冒険者、医師、建築士、騎士。

はたまた実家の専業に役立てる学科はなんだろうと思案する者もいたり、特にやりたいことはなく卒業のブランドがほしいだけなので、一般科でいいやと考える者もいたり。


そんな中アスドーラは、学科名を聞くや即決していた。


「あ、アスドーラ君は何にするの?」


「魔法の勉強をしたいから魔法科!魔法が使えないのは不便だから、勉強したいんだ!」


「ぼ、僕も魔法科にしたいと思ってたんだ!い、いい一緒のクラスになるといいね」


「そうだねえ!」


世界最強アースドラゴン改めアスドーラは、ノース王国で忠告されたことをしっかりと守り、魔法を一部封印している。

北端の住処にいた頃から、何も考えずにそれこそ手足のように使用していた魔法では、人間を殺しかねないからだ。


そんな理由から口頭術と呼ばれる、詠唱型の魔法を使うことにしたわけだが、なんせこの魔法は「口頭式」という、いわゆる定型句が必須なのだ。

定型句は一般的に呪文とも呼ばれたりするが、これを覚えていなければ、そもそも魔法が発動しない。


しかしアスドーラは、44億年もの間孤独に生きていた。魔法に困った日もなかった。勉強する動機がなかった。


今は違う。


今後友だちを作るため人間界で生きていくのなら、やはり魔法の勉強は避けられない。

本日の試験でアスドーラは痛感していた。


「傾聴ッ!

学科選択の期限は明日の入学手続きまでとする。

クラスは明後日の登校日に発表するからそのつもりでいろ。

本日はこれにて解散とするが、何か質問があれば舞台まで来るように。解散ッ!」


やっつけ仕事のように、入学までの流れをササッと説明された合格者たちは、隣に座る誰かと互いに見合って、抑えきれない笑顔を浮かべた。


「っしゃあああ!」

「合格じゃあ!」

「おっ母にええ報告ができるなぁ」


何処からともなくワッと声が上がると、至る所から歓声が湧く。

お祭りのような喧騒に、隠しきれない笑顔が見える。

そんな中、唯一しかめっ面だったのは、言うまでもなくザクソンであった。

「まったくうるさい奴らだ。質問がないなら帰れッ!」

悪態すらも祭り囃子の伴奏で、浮かれる合格者たちの小躍りは暫く続いたのだった。



学校からの帰り道、朝には見られない活発な顔があった。


「らっしゃい!らっしゃい!安くしとくよー」


露天商が商品を広げて、声を張り上げる。

しかし行き交う人々は一瞥もせずに、スタスタと何処かへ行ってしまう。

そんなことは日常茶飯事とばかりに、別の通行人へと呼び込みをする。


「らっしゃい!らっしゃい!安くしとくよー」


アスドーラとノピーは帰る方向が同じということで、2人仲良く帰途についていた。


「やっぱり人間の国は活気があるね。エルフの国は、とっても田舎であんなオシャレな装飾品なんか売ってないよ」


「へえ。装飾品なんだねえ。どうやって身につけるんだい?」


露店前に並べられた、派手な色の装飾品を一つ手に取るアスドーラ。

重量感のある石が、金色の輪っかにゴロンとぶら下がっている。

プラプラと揺らしながら、ノピーの前に持っていく。


「これは首にかける装飾品だよ。ペンダントって言うんだ。シャレてるよね」


「ふーん。これがオシャレ……」


ぷらーんと揺れる無骨な石と、金色のジャラジャラした紐状の金属。

これを首から掛ければ、オシャレになるのか?

それともペンダント自体がオシャレなのか?


少なくともアスドーラには、ビビッと来るものがなかったようだ。


「おう!学生さんかい?」


「あ、えーと、まだ学生ではないんですけど、明後日からというか……」


「おお、入試に受かったのか、そりゃあめでてえや。どうだい、安くしとくぜ?1000ゴールドでどうだい?」


「ええっ!?そんなにするんですか」


ノピーはびっくりして目を剥いているが、アスドーラはぽかんとした表情で装飾品を眺めながら、価値について考える。


宿屋で一泊すると、10ゴールド。

この変な石のついた金属加工品が1000ゴールド。


うーむ、難しい。


こんなものが宿よりも高いなんて。

雨風をしのいで、ふわふわのベッドで眠るよりも、このペンダントに価値があるのか?


うーむ、難しい。

渋っていると思ったのか、店主のセールストークは止まらない。


「そりゃあよ、お取り潰しになった有名な貴族の遺品だ。値打ちもんだぜ?その割には安いだろう?今買えば、将来的に資産になるしよお、どうだい?」


「……い、いやー僕、お金、ないです」


「ああ?なんだよ冷やかしかッ!だったら帰んな、商売の邪魔だぜ。ったく、学校に通えるくれえのボンボンならスパッと買っちまえよなあ」


学校に通えるくらいの……その言葉に引っかかったアスドーラは、店主にペンダントを手渡したついでに質問を投げかける。


「学校に通える人はお金持ちなんですか?」


「……変なこと聞くなあ。そりやあそうだろ、金にもならねぇどころか、寧ろ身銭切って学校に行くんだからよ。金持ちじゃねえか」


「ほうほう。そうなんですねえ」


「俺も金さえありゃあなあ。金がありゃぁ、なんだってできるよなあ。金よりも大事なもんがあるっつーバカもいるけど、やっぱり金より大事なもんはねぇよなあ」


「ふーん」


お金とは、商品やサービスの対価として支払う、丸っこい金属。

その程度の認識しかなかったアスドーラは、オシャレと同じぐらいに、お金とは不思議なものだなあと感じたのだった。



2人は、学校から離れて民家の立ち並ぶ道を歩いていた。

以前に見たネネの家辺りは、似たような造りの家がズラリと建ち並んでいた。


しかしここは、雰囲気が違っている。


大きい家、こぢんまりした家、ガチンッガチンッと重たいハンマーを振り下ろす工房付きの家、ベランダの簡易ベッドで煙草をふかしながら、空を見上げられる家。

学校近くの喧騒はないが、穏やかな生活空間がそこにはあった。


「ここが僕の泊まってる宿がある3区だよ。

割とお金のある人が住んでるらしくて、学校のある中央区だと家賃が掛かるから、鍛冶師とか調薬師はこの辺に店を構えることが多いんだ。

本で見たまんまだけど、とってもいいところだよ」


「へえー。じゃあねー」


「あ、え?まま待って。この後暇だからアスドーラ君の宿も見せてよ」


「……うーむ、この後友だちと合う予定があるんだあ」


「そ、そっか」


アスドーラは、特に時間を合わせていたわけではないが、ネネに会いに行こうと考えていた。

お話をするとか買い物に行くとか、特に何をしたいわけでもない。けれど合格の報をすぐに知らせたかったのだ。


しかしノピーの表情を見ると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。

一緒に試験を頑張ったし、ノピーはいい人だ。

ゆくゆくは友だちになりたいが……ネネにも会いたい。


すると妙案を思いつく。


「そうだ!ノピーも会いに行こうよ!宿の近くに友だちも住んでるから、丁度いいねッ!」


「そ、そそうだね!うん」


ノピーの表情がほころび、アスドーラもルンルンで宿へ向かう。


学校辺りもそうだったが、3区の道も舗装されていて統一感があった。

家々は思い思いの雑多感があるし、道も曲がりくねっているけれど、風情があって見る分には飽きない。

アスドーラはキョロキョロしながら、尽きない興味を明日に残して、宿のある付近に踏み入った。


……誰もいない。

ちらほら見えるのは、剣やら弓やら防具やらを携える人ぐらいで、あとは……猫と子どもだけ。

寧ろ朝と夜のほうが人気ひとけがあったぐらいだ。


「こんなに温度感が違うんだ。なんだか不気味だなあ」


明らかな抵抗感を表情に出して、ノピーは視線を下げた。


「2区は中層階層が住んでいると本で読んだけど……ここまではっきりと区分けしてるとは思わなかったな」


視線の先には、めくれ上がった土くれがあり、至るところにボコボコと穴が空いている。


町並みは理路整然としているけれど、家々は味気ない単調な造りで、3区と比べるととてもコンパクトに纏まっている。

それに、とても静かだった。

中央区の騒々しさや、3区ののんびりとした独特の雰囲気もなくて、良く言えば慎ましく、あけすけに言えば寂れている。


「そう言えば、お金がないって言ってたなー」


確かネネが言っていた。お金がない人は、こんな家に住むんだよと。

人間の家がほぼ所見だったアスドーラは、ネネの家が質素だなあとは思っていたが、今になってなんとなく気づく。


「貧乏ってことなんだねえ」


ポツポツ歩いて見えてくるアスドーラの宿。

軒先ではお婆さんが、難しい顔で地面を見ている。


「こんにちは!」


「……おや?帰ったのかい、随分と早いんだねえ、落ちたか?もしかして落ちたか?」


「受かりました!明日入学手続きがあります!」


「そうかいそうかい。そんじゃあね、アンタに一つ頼みがある」


「はい?」


「これ、直しな。アンタが朝に空けた穴ぼこだよ。頭の良さそうなエルフもいるんだから、楽勝だろう?」


お婆さんが指さしたのは、抉られた地面の穴で、しかも2つ。

それは、アスドーラが全力疾走して作ったものだった。

本人はだいぶ抑えていたが、どうやら舗装されてない道では、こうなってしまうらしい。


「あ、頭が良いって僕ですか?」


「アンタ以外にエルフがいるのかい?やっぱりバカだったかねえ……」


「あ、いえ、そうですね、任せてください!アスドーラ君、直そう!」


何故か気合が入っているノピー。

どうやら褒められたのが嬉しかったらしく、照れくさそうに頭をかいている。


「どうすればいいかなあ?」


アスドーラは素直に質問した。

世界最強といえども、魔法の知識はからっきし。

反面、ノピーの知識は試験でも分かる通りかなりのものだ。


「……土を被せて叩けば、一番簡単だけど。アスドーラ君は、まだ魔力に余裕はあるかな?」


「うん」


「それじゃあ魔法で片付けちゃおうか。口頭式は――」


ノピーから教わったアスドーラは、地面に手をかざして口頭式と呼ばれる呪文を唱える。


土よソロ


穴から大量の土が湧き出て、もこもこと小さな小山が2つできる。

するとノピーは、ショルダーバッグから紙束を取り出した。

紐で綴られた、手のひらサイズのそれをペラペラとめくり、お目当ての1枚を紐から引っ張りちぎり取る。


「はいこれ。土の上に乗せて魔力を流してみて。ちょっとでいいよ、ほんのちょっとの魔力で発動する条件にしてあるから」


「うん分かった。ふんッ」


アスドーラは言われた通りちょっとだけ魔力を流した。

本当にちょっとだけ。

軽く岩床を均すぐらいちょっとだけ。


ぐんッ!


「……はえ?」

「……何してんだいアンタ」


「え?ちょっとだけだよ?」


ぼごぼこだった穴は見事塞がり、任務完了。

だがしかし、世界最強アースドラゴンに、ちょっとの定義は未だ難しかったようで……。


「びっくりしたよ、地面が揺れなかった?」

「揺れたねえ。地震かねえ?」

「珍しい、何年ぶりだろう」

「アースドラゴン様がお見えになった時以来じゃないのかい?」

「んじゃあ、どっかにいるんかね?」

「いたら気づくさ、バカだねえ」

「それもそうね。ハハハ」


家々から飛び出してきた人々。

ご近所さんと情報共有をしあって、何が面白いのか笑っていた。

その結果、アースドラゴンの仕業かもしれないけど、いたら気づくよねと笑いながら家に引っ込んでいったわけである。


「……アスドーラ君て、魔力が多いんだね」

「……ウチの前だけで良かったんだけどねえ。この通り全部って、意外とやるねアンタ」


「ちょっとだったんだけどなあ」


やっぱり魔法科を選ぶのが正解だと心の底から思うアスドーラであった。






――――作者より――――

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