第8話 第二次試験
試験官に誘導され、次なる試験場へ到着した。
そこは、アスドーラとノピーが降り立った建物であった。
時計台にいたしかめっ面の試験官は、両開きの扉を開け放ち、受験者たちを誘導する。
なぜだか分からないが、眼鏡の奥から、粘着質な視線で受験者を睨みつけるもので、皆は恐縮しきりである。
中に入るや目に飛び込むのは、広々とした板張りの空間……ではなく鉢植だった。
そこに植わるのは、2メートル近くの茎だ。
その植物はなんとも奇妙な造形で、よく見ると緑色の蔦が捻り合って茎を形成していた。
さらに不気味なのは、茎から鉢植えまで透明なガラスで丁寧に密閉されていることだろう。
あれは一体なんなのか。
皆の不安が高まったところで、しかめっ面の試験官は例の植物横に陣取り、受験者たちを見回した。
「試験官は早急に整列し給え」
そう言うと、たらたら歩くローブ姿の面々が整列した。
彼らが位置についた場所は、受験者たちから少し離れた側面だった。
試験官たちは、等間隔を保ち一列に整列している。
その布陣は、如何なる不正も許さないと言いたげで、かなりの威圧感が試験場内に広がった。
「私は本日の入学試験で主任試験官を担当するザクソンだ。せいぜい名前を憶えて帰ってくれたまえ」
唐突の自己紹介に、妙な緊張感が増していく。
「さて、これから第二次試験を始める。当然ながら制限時間を設けるため、受験者諸君は気張りたまえ」
シンとする試験会場。
今から始まるのか。
誰もが身構え、一言も聞き漏らすまいと、試験概要の説明を待った。
するとザクソンは、腕時計をチラリと見て言った。
「やる気がないなら出ていきたまえよ。すでに30秒経過しているぞ?」
……シンとする。
さっきよりも深く静かに。
そして動き出す、わけもなく。
一人一人の不平不満が、ざわざわと会場の空気を波立たせる。
そんな中、勇気ある誰かが手を挙げた。
「……」
その人物に目を向けたが、ザクソンは無視を決め込む。
だがそこは、手を挙げただけの勇気の持ち主だ。
皆の想いを代弁するように、声高らかに問うた。
「突然試験をお始めになるユニークさはさておき、せめて試験の内容をお教えいただけませんか?」
するとザクソンは、真っ直ぐに出入り口を指さしてニヤリと笑った。
またもやざわつく試験会場。
「質問は許さないってか」
「帰れなんて……短気が過ぎるぜ」
「失格なんて酷いなあ」
「ユニークなんて言わなければ、あるいは」
勇気ある質問者も、この事態は想定していなかったようで狼狽える。
「……こ、こんなの横暴です!絶対苦情を入れてやりますから!ザクソンという名前、憶えましたよ!」
捨て台詞と共に去っていった後、会場はやはり静かだった。
結局何をしろと?
これが受験者たちの総意である。
一方、受験者たちの前方にいたノピーは、ザクソンに聞こえないよう気を配りながら、隣のアスドーラに声を掛けた。
「も、もしかして、外にヒントがあるのでは?」
「……え?」
「ザクソン主任は答えてたじゃないですか。出入り口のところを指さして」
「……なるほど!スゴイ!じゃあ行こうか!」
「いや、自分で言っといてなんですが、もしかしたら別の意味じゃないかとも思うんです。あの人ってすごく――」
「性格が悪そうだもんねえ。いじめるのが好きそうな人だよ」
コソコソ話してると、痺れを切らした受験者が前に出てきた。
そして、鉢植えに近づく。
バチバチッ!
するとどうだろう。
茎が解けて、蔦が暴れだしたのだ。
ムチのように蔦をしならせてガラス瓶を叩きまくっている。
「……レクペレティオか?」
レクペレティオ?聞き慣れないワードにアスドーラは頭を捻る。
しかし隣のノピーは違ったようだ、
「そうか、野生下でしか見たことがないから気づかなかった。栽培すると、あんなふうになるのか」
「知ってるの?」
「う、うん。ポーション原料になる、葉と花をつける植物で、救命草とも言われてるんだ」
「へえ」
「土から栄養を奪って、近づいた生物をあの茎で容赦なく攻撃するから、地方では害獣扱いだけど……もしかしたら、価値のある葉と花を取るのが試験の目的なのかな」
「……なんか難しそうだねえ」
ガラスが幸いして、茎が受験者に傷をつけることはないが、未だに暴れまわっている。
「うん。葉と花を咲かせて、しかも暴れまわる茎を掻い潜って摘み取る。これをやらなきゃイケないからね」
「あのガラスも頑丈そうだもんねえ」
バチバチンッ!
アスドーラの言う通りガラスは頑丈で、凶暴な茎の攻撃にはびくともせず、ビビ一つ入っていない。
隣で考え込むノピーをよそに、アスドーラは周囲を見回す。
果敢に植物に近づいた受験者も、ノピーと同じく考え込んでいる。だがそれ以外の受験者たちは様々な動きをしていた。
キョロキョロと辺りに視線を散らして、誰かが行動を起こすのを待っている者。
ザクソンが指さした場所に、この試験のヒントがあると考えたらしく、試験会場から立ち去る者。
じっと植物を見つめる者。
何かを探るように試験官たちの挙動を見る者。
彼らに共通しているのは、やはり試験の合格判定基準が分からないことであろう。
そんな結論に至ったアスドーラのそばでは、ノピーがブツブツと思考をまとめていた。
「……火で融解して、光と水と土の混淆で成長、風で摘み取るかな。いやでも、それだと試験内容があまりにも難しすぎる」
ノピーが解法のようなものを思い浮かべ、そして否定した頃。
植物のそばで考え込んでいた受験者が顔を上げた。
「協力者を募りたいッ!俺とこの試験を乗り越える気概のある者は挙手してくれッ!」
数多の受験者たちは、とある男に視線を向けた。
植物のそばに佇み、この試験を差配する男へ。
協力することは、失格にならないのか。
誰もが答えのようなものを期待したが、やはりその期待は裏切られる。
「……」
耳目が集まっていると知りながらも、ザクソンは無言を貫いた。
しかも口の端をぐにゃりと歪めて。
動けない。
失格になるわけにはいかない。
1人また1人と視線を落とし始めた時、とある受験者が手を挙げた。
「俺でいいなら手伝うぜ」
するとまた1人。
「オラに任せるだよ。雑草ごときに怯んだなんて、おっ母に言えねえだ」
「私も」
「僕も」
続々と手が上がり、仲間を募った男は安堵したのかふっと息を吐いた。
「みんなありがとうッ!このデンバーが必ず君たちを合格させるぞッ!手を挙げてくれた人は、こちらへ来てくれッ!」
デンバーのもとへ受験者が集まり、なにやら会議を始めた。それはものの数秒で終わり、次には顔を見合わせ頷きあい、
そして何故か魔力を放散させ始めたのだ。
一見ムダとも言える行動であったが、リーダーであるデンバーは何も言わず、対称的に自身の魔力を抑えだした。
何をしてるんだ?と会場内の空気に違和感が滲み始めた途端、
無作法に蔦をしならせていたはずが、ピタリと止まり、魔力が放散している方に目掛けて蔦をぶち始めたのだ。
「やはり仮説通りだッ!皆準備をッ!」
その声に頷きで応え、とある者はカバンからナイフを。
とある者は懐から短剣を。
とある者は背中の矢筒から矢を。
各々が手持ちの得物を構えたのだ。
準備を見届けたデンバーは、銀色の剣を抜き放ち、一気にガラスへと踏み込んだ。
「はッ!」
ガギンッ!
素早い斬り下ろしであったが、ガラスには傷一つつかない。
しかしデンバーの表情に焦りはない。
寧ろ想定内とでも言いたげに態勢を整えて、剣身に触れる。
『
触れた箇所から火が起こり、剣身を這うように赤く染まる。
デンバーは息を吐き、暴れる
細く息を吸い込むと、スッと腰を屈め、素早くガラスへと斬り掛かった。
バギンッ!
赤い剣の一閃。
スパッと細く薄い音を残し、滑るようにガラスがずり落ちる。それどころか
おおっ!と受験者たちが湧く。
しかしデンバーの剣撃は止むところを知らず、ビクビクと痙攣する
その剣筋の後に残るは、無惨に細切れになった
「手の空いてる者は守護魔法をッ!」
その号令を聞くや、呪文とも呼ばれる口頭式が唱えられた。
『
魔力溢れる守護の盾が現れたのは、鉢植えの直上であった。
斬られたガラスに取って代わり、鉢植えまで覆い尽くす。
ビチビチビチ。
細切れにされた
ザクッ!
小さな茎にナイフを突き立て、さらに別の茎へと突き立て、串焼き肉のように重ねていく。
それは矢を握る者も同じであった。
一瞬で討伐された
最後の足掻きとばかりに、鉢植えの中で暴れまわる。
半分ほどに縮んだ
だがデンバーの指示を受けて展開された守護魔法によって、その足掻きも遠吠えのように霞んでいた。
「人数分あるかいッ?」
「……はい、きっちり人数分です。スゴかったな、あの剣捌き」
「ウチの親父が冒険者なんだッ。コイツの特性はちらっと聞いた覚えがあってね。助かったッ!皆の協力も本当に助かったッ!」
おー!
即席のチームではあったが、見事な連携とデンバーの活躍により、互いに笑顔で称え合っている。
「さて、ザクソン主任試験官殿ッ。人数分の茎がある。二次試験は合格でいいかな?」
代表して尋ねるデンバーに、ザクソンはあの陰湿な視線を向けた。
そして眉間にしわを作って一言。
「フッ。試験終了まであちらで座っていろ」
そう言って、会場の奥側を指さした。
ザクソンのその言葉で、会場中の受験者たちが湧いた。
暗中摸索する受験者たちに、希望ともいえる、この試験の目的が明示されたからだ、
そんな中、ローブ姿の試験官が腕にカゴを引っ提げて、トコトコと小走りでやってきた。
「それは回収するねー。危ないからねーいやホント」
試験官が指さしたのはナイフや矢に突き刺さる茎だった。
会場が落ち着きを取り戻した頃。
皆がデンバーの作戦を真似ようとメンバーを募っていた。
その傍らで、デンバーチームは
すると、とある受験者がある発見をする。
「もしかして、再生してないか?」
その受験者は、ガラスの代わりに守護魔法を展開し、
「ほら、ガラスが再生してる」
そう言いながら守護魔法を解いてみせると、暴れまわる
新たな情報が会場に落とされ、ますます受験者たちの意気が上がる。
そんな中で唯一、死んだような表情をする男がいた。
ザクソンである。
彼はは面白くなさそうにしながら、植物を囲うガラスに手を触れると、魔力を流し込んだ。
すると、バチバチと暴れまわる植物は、寸断された箇所からうねうねと蔦を生やし、一気に伸びていく。
そうしてものの数秒で、
「……残り20分で試験は終了だ!」
得意の顔はどこへやら。
鬱陶しそうに叫び、ギロリと受験者たちを睨むのだった。
――――作者より――――
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