第3話 王国出立

「友だちは作るものです。アースドラゴン様」


ロホスは真面目に言った。

その隣に座る女王エリーゼも真剣な表情だ。


「そうなんだあ。僕の友だちが世界に何人か存在しているわけじゃないんだね?」


「ある意味ではそうですが……。まずは互いに交流し親睦を深めて友になるという、過程を経なければ、絶対に友だちはできません」


「なんだか難しそうだね」


「言葉にすると難しそうに聞こえるでしょうが、案外簡単に友だちはできます」


交流して、親睦を深めて、それから友になるか。

それに簡単だというのなら……。


「じゃあロホスとエリーゼ、僕と友だちになってよ」


目の前にいるではないか。

ピッタリの人物が。


「あ、え?ええ、まあそれは構わない――」


「アースドラゴン様、大変光栄なお誘いではございますが、こればかりはお断りせざるを得ません」


気後れしながらも、承諾しそうだったロホスを差し置いて、エリーゼは申し出を断ってしまった。

その決意は固いようで、何かただならぬ雰囲気を醸し出している。


「アースドラゴン様を神と崇め奉ることはあれど、友などと軽々しい立場に貶めることは致しかねます」


「僕が許しても?」


「友になることを許す、という時点でアースドラゴン様が望む友とはかけ離れていると思います」


アースドラゴンは納得した。

そもそも友について何も知らない身の上では、反論の余地もない。

では、エリーゼが思う友を作るにはどうしたらいいのだろう。

純粋な疑問をぶつけると、その方法を事細かに説明してくれた。


「興味のある人とお話をして、馬が合うと思えれば、またお話をします。実はたったこれだけなのです。

友だち作りで重要なをする際に、印象を悪くしてしまうと、友だちになる前に嫌われ、話すらしてくれなくなりますので、これだけは注意して欲しいという点をお伝えします。まずは――」


はじめこそ、女王エリーゼと宰相ロホスが、北域の神たるアースドラゴンのお悩み解決をするだけの、小さな座談会であった。


しかしながら、かのアースドラゴンにも悩みがあったと聞き及べば、重鎮たちも黙ってはいない。


新王が死ぬまでは、のんべんだらりと王のそばに仕え、甘い汁を吸えればそれでいいと考えていた重鎮たちであったが、アースドラゴンに頬を叩かれたのだ。

このノース王国に御姿を現し、悪政を敷くであろう王を弑逆したその様が「しっかりせよ!目を覚ませ!」と、意識を叩き起こした。


大変な恩義のある神が、悩みを我々人間に語るというのならば、なんとしても解決せねば。


そうして、小さな座談会が、国をあげての会議となり【第一回友だち作りに関する会議】と銘打たれた。

呼ばれてもないのに、代る代るノース王国重鎮たちが会議室へ顔を出し、思い思いの意見を出して去っていく。


そんな人間の姿に、アースドラゴンの表情は柔らかくなっていた。


「みんな優しいね。この国はきっといい国になるよ、そんな気がする」


「……なんと、なんとありがたいお言葉。このロホス、身命を賭して素晴らしい国に致します!」


何も知らないドラゴンにら上手、こうして優しくできるのだ。

きっと上手くいく。いい国になるんだろうな。

アースドラゴンなりの論理による、確信であった。





「じゃあ、子どもになるよ?」


「はい。役職や立場にこだわらない子どもの友だちを作ることが、簡単であるとの結論に至りましたので、是非とも子どもの御姿におなりください」


「ふんッ」


ぐぐっと縮み、アースドラゴンは人間の子どもへと姿を変えた。年の頃は10歳程度で、黒髪黒目の、かなり普通の見た目だ。


「子どもが集う場所といえば、やはり学校。閉鎖された空間は小さな社会を生み出し、共通の目的を持つ者が集います。友だちを作るのに一番適しているでしょう、と会議で意見がありましたな」


「うん。そのために隣の国へ行けばいいんだね」


残念なことに、ノース王国には学校がない。

小規模ながら民間の私塾はあるものの、アースドラゴン降臨の噂は国中の知るところである。

だから、色眼鏡で見られることは必至。


であるなら、噂の足も遅いであろう隣国の大きな学校が良いだろうということになった。


「こちら、ささやかながら路銀でございます。使い方はお伝えしたとおりです」


「ありがとうね。初めて使うけど、上手くやってみるよ」


「アースドラゴン様、いやアスドーラ様。

くれぐれも力は抑え、使う場合は最小限に留めませ。あまりにも多量の魔力は、弱い生物にとって毒になり得ます。

さらには、敏い者に只人ではないと看破されてしまうやもしれません。もしもアースドラゴン様であるとバレてしまえば、友だち作りは困難を極めるでしょう」


「うん分かった!頑張ってみるよ」


世界最強のドラゴン。北域の支配者にして大地の神たるアースドラゴンは、人として生きるためアスドーラと名乗ることになった。


目指すは隣国にある、ラハール初等学校。

目的は言わずもがな、友だちを作るためである。


「アスドーラ様、道中お気をつけて」


わざわざ国境付近まで送ってくれた女王エリーゼと宰相ロホス。

それから、使命感に駆られた近衛騎士から大臣、貴族まで。

車列はもはや、賓客の護送レベルになっており、さすがの民衆たちも誰が乗っているのか察しがついていたようで……。


「アースドラゴン様!」

「ちっさくて、かわいいわアースドラゴン様!」

「やはり子どものお姿でも、隠しきれない神々しさがありますよアースドラゴン様!」


国境付近には民衆の大群が集っていた。

隣国にしてみれば、軍事的な緊張を覚える大事であるが、その辺は女王以下も、諦めているようだ。


「ありがとうエリーゼ、ロホス。なんか騒ぎになっちゃったね」


「騒ぎの範疇を超えておりますが、まあ、アスドーラ様をお見送りしたいと思うのは当然でございます。感謝しきれないご恩があるのですから」


「恩?なにかしたかな?」


「この国を、我々に任せていただけました」


「うん?そんなの当然じゃないかなあ。でも、ありがとうと言うのなら、どういたしましてだね」


「またお越しください。心よりお待ちしております」


「うん、いずれ必ず来るよ!バイバイ!」



アースドラゴン改め、アスドーラは森をひた歩いていた。

「この先に乗合馬車の待合小屋があるので、そちらでお待ちください」

とロホスに言われていたので、言葉を信じ歩き続けて、はや1時間。


「もしかして僕、迷った?」


一本道だから、整備された道を真っすぐ行けばいい、はずなのだが。

どこで迷ったのか、行けども行けども木しかない。

緑が茂る森の中、整備された様子はないけれど、とにかく真っすぐ進まなければ。

そんな想いでアスドーラは歩き続けた。


結果。


「おおっ!これが待合小屋だねえ」


さらに2時間歩いて、辿り着いた、まさかの小屋。

半ば諦めていたアスドーラは、一旦空へ飛んで上空から街を探そうと考えていた頃に、奇跡的に見つけた小屋。


こんな森の中にあるはずもない、乗合馬車の待合小屋。


誰にも見つからなそうな、人気のない場所にポツンと佇む小屋である。


「このムズムズ……ワクワクだねえ。ここで馬車を待つぞお!」


一般常識を持つ人なら、すぐさま逃走しそうな場所だが、アスドーラは小屋に近づき、あろうことか戸を叩く。


「こんにちは!乗合馬車に乗りたいので、ここで待ってていいですか!?」


まずは礼儀正しく、打ち解けたら徐々に砕けた口調にすると、親密度が上がりますよと、例の友だち会議で習った。

だから戸の前で直立し、敬語を正しく使用して相手の反応を待つ。

どこに友だちチャンスが転がっているか分からないからなあ。とアスドーラはワクワクである。


すると戸の向こうで反応があった。


「乗合馬車ってなんだ?」

「いや知らん。ガキっぽいぞ」

「お前出ろよ」

「ちっ」


ドタドタと床板を踏みしめる音がして、ドタンッ!と乱暴に戸が開け放たれた。


「あんだ?」


睨みがキツイ、いかにもな御仁の登場である。

アスドーラの持った第一印象はとても悪く、友だちにしたくはないと思ったようだが、別に喧嘩腰になる必要もない。

礼儀正しく、言葉を交わす。


「乗合馬車を――」

「ここじゃねえよ」

「え?じゃあどこでしょうか?」

「知るかよ」

「うーん、道に迷って困ってるんです。助けてくれませんか?」

「……お前一人か?」

「はい!一人で旅に出まして、ラハール初等学校を目指してます!」

「……本当に一人か?親が探し回ってるんじゃないのか?」

「いえいえ、僕に親はいません。僕一人ですよ」

「……そうか」


いかめしい男はニヤリと笑った。


「じゃあ入れ。乗合馬車が来るとこまで連れてってやるからよ」


「おお!ありがたいです!」


世界最強を隠すアスドーラは、不用心にも、不審者の住処へと足を踏み入れたのであった。




「んじゃあ、ここで大人しく待ってな」


「はいッ!よろしくお願いします!」


「……変わったガキだ」


いかめしい顔の男は、鉄格子を施錠して階段を登っていった。


「ふう。皆さんも乗合馬車をお待ちになってるんです?」


アスドーラは、鉄格子に集う人々へ声をかけた。彼にしてみれば、ここで蹲っている皆さんは乗合馬車を待つ方々。

友だちを作るには、まず交流。

共通の話題から探っていく戦法だ。


「……」

「何も知らないんだな」

「はあ。世も末だ」


一方、声を掛けられた者たちは悲しげにアスドーラを見つめる。

これから売られるとも知らずに、騙されて連れてこられたのだろう。

不憫に思っている様子だが、彼らもまた被害者。優しさで包み込む余裕すら無いようで、会話する素振りを見せない。


「いや~、ラハール初等学校に向かう途中で道に迷ったと思ったんですけど、運良く待合小屋に着けて良かったです。ラハールってどんな国なんでしょうねえ。出身の方はいらっしゃいます?」


会話のヒントとして、自分の失敗談や自分の目的を明かし、それらに関連する話題を振ると良い、と教えられた。

教えを見事に体現してみせたアスドーラは、心の中でガッツポーズして反応を待つ。


しかしここは、牢屋である。

皆、売られることに怯え、売られた先でどんな仕打ちを受けるのかに恐怖していた。


明るく、何も知らない少年が、何気ない会話の取っ掛かりを探しているのだろうと分かってはいても、答えられる精神状況ではない。

それに、受け流せる余裕もなかったようで、とある男が声を荒げた。


「頼むから黙ってくれ!俺たちは人拐いに捕まって、これから売られるんだ!お前に構ってる余裕はねえんだよ!」


まさかの反応。

まさかの事実。


アスドーラは面食らう。


礼儀正しく話しかけたら怒られるという展開は、ノース王国の先王で体験したが、今回は様相が違っている。


「僕、拐われたんですか?」


「……ああ。そうなんだよ、ここに居る皆、拐われたんだ」


「……そんな」


アスドーラは遂に座り込み、がっくりと肩を落とした。

怒鳴ってしまった男は、その様子を見てバツが悪そうに口を開く。


「……怒鳴ってすまない。でも、今は静かにしててほしいんだ。悪いな」


「はい」


アスドーラは相変わらず、鉄格子に向かって項垂れていた。

やっぱり僕は迷子だったのか。

ここが乗合馬車の待合小屋じゃないのなら、どうやってラハール初等学校に向かえばいいのだろう。

明日、試験なのに……。

と、人拐いの被害よりも明日の試験が気になって、とても落ち込んでいた。


トントン。


そんなアスドーラの肩を誰かが叩く。


「はい?」


「大丈夫?」


この世界で初めて、声を掛けられたアスドーラは、一瞬だけ固まった。

なんせ初めてのこと。

なんて言おう、なんと言えば嫌われないだろう。

ぐるぐる考えて、結局何も思い浮かばなかったので、素直に答える。


「いえ、大丈夫ではありません。正直、明日が不安です」


「そうだよね……私はネネっていうの。あなたは?」


「僕はアスドーラです」


「拐われた者同士仲良くしましょ、アスドーラ」


フサフサした耳と、優雅に揺れる尻尾。

女の子は手を差し出した。

アスドーラはすかさず手を掴み、好機を逃すまいと息巻いた。


「はいッ!今後ともよろしくお願いします!」


「フフフ。変なの」


ノース王国を出て数時間。

人拐いに遭うという不幸もあったが、同い年ぐらいの猫人に出会えたアスドーラ。

明日の試験を不安に思いながらも、友だちができそうな予感に胸が躍るのであった。






――――作者より――――

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