第2話 ノース王国女王誕生

「あのー」


「ええい!邪魔だッ!」


ゴスッ!


渾身の肘鉄がロホスの脳天にめり込む。


「うっ……離さん、離さんぞ!色ボケめ!」


ロホスには今しかチャンスがなかった。

この世界でこの王を殺しても咎められない唯一の存在。

それすなわち、王の正統性を担保するアースドラゴン。


この方が来た今、王を逃がしてはならない。

その想いが、回した手を固くする。


一方アースドラゴンは、困惑していた。

ずーっと怒ってる人間、その人間にしがみついてる人間、地面を舐めてる人間。

挨拶しているのに、誰も彼もまともに話を聞いてはくれないのだ。


「おい下民!今すぐこのジジイを殺せ!そうすれば我に口を利いた不敬を赦してやる」


「アースドラゴン様!このクソ王を殺してください!コイツが王になったら国が滅びます!私の娘も変な病気に掛かってしまうのです!私が掴んでいるうちにお早く!」


「病気など持っておらんわ!この下民をアースドラゴンと見紛うとは、お前も耄碌したなッ!」


「アースドラゴン様も分からんボケナスがぁぁ!国王などできるかあッ!」


初対面の2人から、相手を殺せとせがまれるアースドラゴンは、その言葉の意味を理解できずにいた。


「殺すってどういう意味です?」


ドラゴンとは、不死である。

死に怯えることのない存在である。

生にしがみつく生物とは隔絶した存在なのだ。


だから殺すという言葉の意味が分からなかった。


「みんな死なないでしょ?どうやって殺すんです?」


そう、アースドラゴンは知らなかった。

ドラゴン以外の遍く種族に、死が訪れるということを。


「もう良い!茶番は終わりだロホス!」


新王は、アースドラゴンを相変わらず下民だと断じていた。

だから意味不明な言動をしているのだと、簡単に納得して、儀礼用の剣を抜き放った。


「死ねロホス!」


「ぐほっ」


儀礼用と言えども、一応刺すことはできる。

腰にしがみついていたロホスの背中に、剣が突き刺さり胸へと貫通した。


「死ねッ!死ねッ!死ねッ!」


「……そ、そんな。アース、ドラゴン、様。お助け、を」


「死ねえい!」


何度も何度も剣を突き立てられ、王の足元には血溜まりができる。

ドサリと倒れ込むロホス。

もはや虫の息となり、アースドラゴンを見つめている。


「ふんッ。我は北域の神アースドラゴンに認められし王ぞ!よくも楯突いてくれたな!エリーゼは……一応味見して、適当な騎士に下賜してやる。下民の子を孕ませてやるわ!」


「……ゲホッ」


アースドラゴンは、その光景を見て不思議に思う。

血を流し倒れている男の魔力が、空へと還っているからだ。

しかも生命の輝きが、みるみる失われている。


「……これが死?」


アースドラゴンは、生まれて初めて死を目の当たりにした。

誰にも殺されたことがなく、誰にも殺気を向けられたことがないアースドラゴンは死という言葉を知っていても、実在するとは思ってもみなかった。

ただの現象や概念を表しただけの、言葉でしかないと思っていた。


けれど現実は、とても酷く感じた。


同じ人間が、同じ人間を殺して嗤っているのだ。

悔しそうにこちらを見つめる人間は、何かを必死に伝えようとしている。


「……お、け、を」


「まだ生きていたか。さっさとくたばれ!」


王が剣を振り上げた瞬間だった。

アースドラゴンの胸に正体不明の感情が沸き上がる。

今までに感じたことがない、無味で無機質な胸の奥に、真っ赤な熱いものが。

そうそれは、44億年過ごしたあの、融解した岩床のような。


「やめてください」


「……何か言ったか下民」


「やめなさい」


「……ふぐっ!き、貴様なに、を」


ぶわりと広がる、アースドラゴンの魔力。

それは生命を育み、天候を変化させ、自然を自然たらしめる、世界の根源。


濃い魔力は、人間が瘴気と呼ぶ通り、毒となる。


その魔力が、ノース王国全土へと一挙に広がったのだ。


「……うーん、これでいいかなあ?」


アースドラゴンは片膝をつき、ロホスに触れて治癒を施した。

それは世界最強の治癒魔法。

瀕死のロホスが、一瞬で回復した。


けれど濃い魔力のせいで、苦しそうにもがいている。


「アース、ドラゴン、様。ど、どうか気を、鎮めて、ください。何卒……」


「ああ、ごめんよ。魔力は毒になるんだね」


ロホスの言葉を聞き入れ、魔力を引っ込めたアースドラゴン。


「感謝します。不肖の身をお助けいただき、感謝致します」


「うん。ところで、彼はなんなの?僕に認められたとか言って、とっても偉そうだけど」


「はっ。コイツは――」


ロホスが新王について語ろうとした時、当の本人はブチギレていた。

下民にこんな力があっていいはずはない。

下民が我に膝をつかせた。

許せん、殺してやる。


新王は立ち上がり、据わった目で剣を振り上げた。


すると、とある騎士が言った。


「捕らえろ!」


その言葉と同時に、近衛騎士たちが一斉に王へ飛びかかったのだ。


「このボケ王が!」

「アースドラゴン様に不敬だぞ!」

「国を滅ぼす気か!」


数名の騎士に取り押さえられた王は、暴れに暴れた。

しかしながら、鍛えられた騎士と遊興に耽る王とでは比べるべくもない。


「ぜえ、ぜえ。離せー」


肩で息をしながら、不様にも捕獲された。


「失礼致しました。先程の続きですが、コイツはノース王国の国王でございます。かつて貴方様が祝福されたというノース王国初代国王の直系子孫ですが、その血をもって認められたと言っているのです」


「……王かあ。だから偉そうなんだね。でもさ、僕は誰も祝福したことないよ。そもそもここに来たのは今日が初めてだし」


「えっ!?」


ロホス、並びに騎士、そして同室する大臣やら貴族たちは目を剥いて驚いていた。

ゆっくりと集まる、新王への視線。

ところが王は、嘘つけ!偽ドラゴンめ!下民のくせに!と、アースドラゴンを疑う始末。


「……確か二千年前。この地で舞を披露したと、建国神話になっているのですが」


「二千年?ああ、初めて東に行った時かな?」


「そうです!東方で途轍もない未曾有の災害が起きた年です」


「それじゃあ、たまたまここを通っただけだよ。たぶん、久しぶりに飛んではしゃいでたのかな?踊ったつもりはないけどなあ」


「……マジですか?」


「うん」


「……おぅ」


建国神話は崩壊した。

ロホスは言葉を失う。

けれど同時に、歓喜した。


「であれば、このボケは王ではないですね!そうですよねアースドラゴン様!」


「んまあ、王って感じではないかなー。同族を嗤いながら殺そうとするし、身分を笠に着て同族を見下すし、ただの愚か者じゃないの?」


「そうですよね!ざまあみさらせ!愚か者があ!」


アースドラゴンの祝福は、王の身分の源泉であった。それが否定されたことで、新王はもはやただの人。

散々バカにしてきた下民と変わらない。

いや寧ろ、アースドラゴン直々に愚か者と言われたのだから、下民以下の存在に成り果てた。


言質を取ったロホスは、勝ち誇った表情で元王を罵倒した。


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」


うるさいしか言えなくなった元王。

その周りを飛び跳ねながら、中指を立てるロホス。


その光景を見ていたアースドラゴンは、少しだけ収まったけれど、未だふつふつと沸いている胸の熱に嫌悪感を表した。


「ねえ君。うるさいと言っている君」


「うるさい!」


「どうしてそんな簡単に同族の命を奪えるの?あんなに酷い行いを、嗤いながらできる理由を教えてよ」


「うるさい!」


「そっか。じゃあ他の人に聞くね。君はもう、何も聞かなくていいよ」


「うるさい!」


アースドラゴンは手をかざした。

最強たるドラゴンの一挙手一投足は、自然をも作り替える。

意図を持ってすれば、世界の根底すらひっくり返す。


そのドラゴンが手をかざしたのだ。


「これで静かになったでしょう」


元王は、黙り込んだ。

騎士に押さえつけられ、両膝をついたまま。

怒りに歪んだ、醜い表情で。


「……うわぁっ」


騎士は怯えきった声色で元王の拘束を解いた。

すると、元王はバタリと倒れ込む。


これで静かになったでしょう。


アースドラゴンが言った言葉の意味。


元王の癇癪が止まったから、静かになったろう?そんな意味ではないと、この場にいる誰もが悟った。


うるさい!


周りの言葉に耳を貸さず、ドラゴンの問いにすら答えないられないほど、うるさいというのならば……同族の悔恨すら聞けないのならば。


消してやろう。


「怒ってたんだ僕は、彼にね」


新王の暴挙がドラゴンの怒りを買ったのだと、人間たちは平伏し怯えていた。

こんな者を王に据えてしまった我々に、罰が下されるのではと。


しかし言葉の真意は別にあった。


苦しむ同族へ死を容易く与えてしまう者がいる。

その事実に感情が沸き立っていたのか。

これが怒りなのか。

そうやって、アースドラゴンは実感していただけであった。


「北域の支配者たる大地の神アースドラゴン様!ノース王国は王を欲しております。何卒、我らの導き手となる王をお与えください!」


「王って、必要なの?」


ロホスは黙り込んだ。

王は必要、なのだろうか。

他国では、市民から選出した者を国家の代表としたり、王の権限を制限して議会の力を強くしたりと様々な政治の体制が確立されている。


けれどこの国に馴染むかどうかは別だ。


王は……。


「今は必要、です。いずれ王制を廃するとしても、今は必要でございます、アースドラゴン様」


「そっかあ」


アースドラゴンは辺りを見回す。

城下に平伏していた人々よりも、随分と綺麗な装いをしている人間たちがいる。


「……無理だね。君らのことな~んにも分かんないもん」


「え?いや、そんな。ドラゴン様なら、そのお力でズバッと見抜けたり」


「才能を見抜くって?僕は無理だよ。うーん、そうだなあ。君がやれば?」


「……私ですかッ!?」


「うん。ロホス君だよね、君が王になればいいよ」


「……私は、王の器ではありません」


「じゃあ君が選びなよ。王の器を知ってる君なら、選び出せるでしょう?」


「……マジですか?」


「マジです」


ロホスは悩みに悩み、この場にいる閣僚や貴族と話し合った。

平時ならば、それぞれが色んな思惑で誰かを推挙するものだが、今日は違った。


「人間も大変だねえ」


隣に立っている青年こそ、世界最強のアースドラゴンなのだ。

しかもたった数分前に、王を殺した張本人。


「わ、私はロホス殿にお任せするぞ。うん」

「私も!」

「そうだな。ロホス殿が誰を選んでも応援しよう」


骨の髄までしゃぶりつくす連中が、骨抜きにされていた。

そりゃあそうだ。

権力欲しさに変なやつを王にしてみろ。

下手したら、慈悲もなく殺されてしまうのだから。


結局話し合いの意味はなく、ロホスが決断することに。

そして、選んだ人物とは。


「わ、私が王に!?」


「エリーゼ頼む!アースドラゴン様も認めてくださったのだ!お前にしかできん!頼む!私が全力で支えると誓うから、頼む!」


「マジですか父上」


「マジ」



城下は再び歓声に溢れた。

バルコニーで手を振るのは、地味な装いの少女エリーゼ。

引き攣った笑顔で、チラチラと隣の青年を見ていた。


「頑張ってねエリーゼ」


「かかかかかか畏まり、ました」


「ところでさあ」


「はい!?何でございましょう」


「友だちを探してるんだけど、どこにいるか分かる?」


「……その友だちのお名前はなんでしょう。必ずや探し出してみせます」


「いないよ、まだね。だから探してるんだ」


「……ハハハ、ハハハ」


意味不明な質問と、降って湧いた王座。

歪んだ笑顔で手を振りながら、失礼がないようにと、眼球はドラゴンを捉えている。

そんな彼女に、アースドラゴンの質問はあまりにも酷で、思考の息の根を止めるには十分だった。


「何か面白いの?」


「ハハハ、ブッヒャヒャヒャ」


「人間は変わってるね」






――――作者より――――

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