ep13 俺はすげー美少女だしな!
とても嗅ぎなれた安心する匂いに包まれて目を覚ますと、そこはワンコの家のベッドだった。昨日、ワンコに助けられて運ばれてる内に眠ってしまったらしい。
整然とした室内はすっかり見慣れたもので、身を丸めてソファで眠るワンコの姿もいつも通りだった。俺が何を言うでもなく、ベッドを譲ってくれたらしい。相変わらず何だかんだ言って優しいやつだ。
ベッドから起き上がり、しゃがみ込んでワンコの寝顔をじっと見つめる。長いまつ毛にシュッとした細い鼻筋、肌はシミ一つないし、今は瞑ってるけど赤くて大きな瞳は凄く綺麗で、改めてまじまじと見てみると、やっぱり格好良いなって思う。そりゃあ前からイケメンだとは思ってたけど、それはどっちかって言うとこのイケメンめ! って感じだったんだけどな……。
昨日感じた胸のドキドキは朝になればなくなってるはずだと思ったけれど、こうしてワンコの寝顔を見ているとどんどん顔が熱くなって鼓動が激しくなるのを感じる。勘違いだって思ったのに、何かの間違いだって思おうとしたのに、もうこの気持ちを否定することなんて出来なかった。
俺、ワンコのことが好きなんだなぁ……。
それを自覚して認めると、途端に胸が締め付けられるような高鳴りを感じて、余計に顔が熱くなった。
なんだよこれ! 誰かを好きになるのって、こんな、こんなに……!
言葉ではとてもいい表せないような高揚感だった。
前世でも今世でも、俺は誰かを本気で好きになったことなんてなかった。
だから、誰かを好きになるってことがこんなにも心地いいものだなんて知らなかった。
世界に絶望して死のうなんて思ってたことが馬鹿らしく思える。
たとえこの凶悪な世界で無力でも、ワンコが一緒なら怖くない。ワンコが居てくれれば生きていられる。だって、ワンコは俺のことを一生守るって言ってくれたから。あいつだって俺のことが好きに決まってる。俺はすげー美少女だしな!
前世が男だとか、そんなことはもうどうだって良いんだ。重要なのは、俺がワンコのことを好きだっていう事実。そこはもう変えようがないんだから、心の性別がどうのこうのなんて些細なことだ。そもそも今までだってあんまり性別になんて拘ってなかったしな。
思えば、ワンコと一緒にいると落ち着くって言うのは今に始まったことじゃない。二年前に出会って一緒に戦うようになってから、こいつは背中を預けられる、信頼できるやつだって思ってた。もしかしたら自覚がなかっただけで、その時からひかれ始めてたのかもしれない。それを自覚する切っ掛けがなかっただけで。
こじつけだろうか。別にどっちだっていい。俺はワンコが好きだ。大好きだ。心の中で言葉にするたびに、ドキドキが激しくなる。今すぐこの気持ちをワンコに伝えたい。だけど、気持ちよさそうに眠ってるし起こすのは可哀想だ。
そうだ! 朝飯を作ってやろう! 朝食の匂いで目が覚めるなんて、新婚の鉄板イベントだもんな! あんまり料理とかやったことないけど、何とかなるだろ!
・
結論から言うと、失敗した。
アニメみたいに爆発したりとても食べ物とは思えない毒物ができるようなことはなかったけど、卵焼きはグチャグチャな上に少し殻が混じってるし、ウインナーは表面が黒焦げ、ベーコンはすげえ小さく縮んでカリカリを通り越してカチカチになってしまった。しかも米を炊くという作業を完全に失念していて、完成品はおかずだけになった。
ワンコは料理の途中で起きてきて俺を手伝おうとしたけど、俺が頑なに断った結果大人しく部屋で待っていた。いつも飯を作るのはワンコだし、俺が作るのはカップ麺くらいだから驚かせてやろうと思ったのに、完全に裏目に出ていた。
「誰でも最初はこんなもんですよ先輩。食べてみれば、うん、味付けは良いですよ」
米はそうすぐに炊き上がるものでもないから、ワンコは生の食パンを主食におかずを食べている。
最初は失敗したから全部俺が食べるって言ったのに、こいつは俺も食べますなんて言ってきかなかった。まったく、俺のこと好きすぎだろっ。自分も一緒に食べてるからわかるけど、確かに味はするけどそれ以上に焦げの苦みが強くて美味しくはない。
「同情するなぁ……! 次はちゃんと練習して驚かせてやるからな!」
「先に宣言したら驚くも何もないと思いますけど……。っていうか、いきなりどうしたんですか? 料理なんて」
「べ、別に! 新しいことに挑戦してみたくなっただけだ!」
ワンコが目覚めるまでは、この胸の高鳴りをすぐにでも伝えたいと思ってたのに、いざこうやって向かい合って話してると何だか気恥ずかしくてすんなり口に出すことが出来なかった。
でもまあ、ワンコは俺のことかなり好きなんだろうし、別に俺が好き好き言わなくても離れて行ったりはしなさそうだ。もうちょっとの間だけ、ワンコを焦らしてヤキモキさせてやるのも面白いかもしれない。
「それで、先輩。今後のことですけど……」
「ああ、わかってる。病院じゃ悪かったな。あの時は正直、余裕がなかった」
食事を終えたワンコと一緒に食器や調理器具の片付けをした後、ワンコは真面目な表情で切り出した。まあ、そりゃそうだわな。色々と急展開過ぎて全然ワンコとは話せてなかったし、ちゃんと話し合っておかないといけないよな。二人のこれからに関わる話だしな。
「ちゃんとわかってる。俺はお前とのチームを解散してライセンスを返上する。ユーザーは引退だ」
入院していた時は、俺を捨てるのかとか、お前は能力が使えて良いよな、なんて思ったりもしたけど、そんなの八つ当たりもいいとこだ。俺が能力を使えなくなったからって、ワンコが新しいチームメイトを探しちゃいけない理由なんてない。
だから、ワンコの口からは言い出しづらいだろうから言ってやった。別にユーザーとしての繋がりなんてなくても、ワンコは俺のことを一生守ってくれるんだから。
「そう、ですね……。先輩にはきっと辛い選択だと思います。俺には先輩の気持ちはわからないかもしれないですけど、でも、それが良いと思います」
「戦いもしないのにユーザーの資格を持ってても良いことはないだろうしな」
とくに俺は、ダイヤモンドクラスへの内定まで決まってるんだ。理由も明かさずにそれを蹴っとばすってのは協会に対してあまり良い印象を与えないだろう。かと言って、正直に理由を話せばライセンスの返上を案内されるのは間違いない。恐らく最初は自主的な返納の勧告で、それを断れば正式な手続きに則って取り消される。それもまた、良い印象にならないのは確かだ。
どうせユーザーをやめる以上、協会の印象がどうなろうが関係ないなんて思うかもしれないけど、意外と世の中ってのは狭いもんでな。そういうのが後々影響してこないとも言い切れんのよ。もっと言えば、ワンコの肩身が多少狭くなる。それは俺の望むところじゃない。
「なーに、一生守ってくれる番犬がいるらしいからな。心配はしてねえよ」
「はい。守ってみせます。だから安心してください」
「お、おぅ……」
揶揄うつもりで軽く昨晩の言葉を出してみたら、すっげー真面目で真摯な言葉が返ってきて思わず面食らった。ちょっと顔が熱くなってるのを感じる。こいつぅ……、人の気も知らないでぇ……!
っていうかこいつ、態度は明らかに俺に好意的なくせに、今まで一回も好きとか言ってないんだな。プロポーズじみたことはされたけど、直球ではまだ言われてない。
「言っといて何だけどさ、何でそこまでしてくれるんだ? 俺なんてもう何の力もない、ただの美少女だってのに」
そりゃあ俺のことを好きだからに決まってる。決まってるけど、俺を照れさせた意趣返しにあえて言葉にさせてやる。そしたらまあ、俺も言ってやっても良い。っていうかいい加減伝えたくなってきた。気恥ずかしいは気恥ずかしいけど、それ以上に俺の本能が、獣のオーラが言え! 言え! と俺の背中をグイグイ押してるんだ。早く両想いだとハッキリさせてイチャイチャさせろと叫ぶんだ。
だからまずはワンコが言え! そしたら俺も言ってやるから! そうすれば晴れて恋人だ。まあ、もう実質恋人みたいなもんだけどな!
「恩がありますから」
「――は?」
え?
「先輩は覚えてないかもしれませんけど、先輩は俺の命の恩人なんです。俺はあの日から、ずっと先輩に憧れて、先輩みたいになりたかったんです。まあ、一緒に戦ってるうちに結構ダメ人間なんだなってわかってからはそれだけでもないんですけど……、とにかく先輩には返しきれない恩があるんですよ」
「……それで?」
「それが理由ですよ」
「照れ隠しすんなよっ。俺のことが好きだからだろ? あんな、プロポーズみたいなことまで言っただろ?」
「ああ、いえ、昨日のあれは俺も少し混乱してたというか、言い回しを間違えたというか……。心配しないで下さい、邪な気持ちはありませんから。弱ってるところにつけこもうとか、そんなんじゃないです」
え? いや、あれ? 嘘、だよな……? ワンコは、俺のこと、好き、なんだよな……? 照れてるだけ、だよな……?
「だいたい、あんなにいつも我儘放題の先輩を好きになるなんて……」
ワンコが思わずと言ったように笑った。そこに嘘があるようにはとても見えなかった。
そっか、そうだったのか。ワンコは別に、俺のこと好きじゃなかったのか。俺が勝手に、一人で舞い上がってただけだったのか……。
そっかぁ
「え!? せ、先輩!?」
「え……、み、見るなっ!」
「いや、人としては今でも尊敬してますよ! だからこそ守りたいと思ってるわけですから!」
いきなりボロボロと涙を流し始めた俺を見て、ワンコが驚いて焦ったようにそう言った。わかりやすい嘘だ。俺が泣き出したから、咄嗟に慰めようとしたんだ。
驚いてるのは俺だって同じだ。こんなことで、ワンコが俺を好きじゃなかったっていう、ただそれだけのことで、こんなに涙が止まらなくなるなんて思ってなかった。
止めようとしても、止められない。何度涙を拭っても、次から次にあふれ出てくる。胸が痛くて苦しい。さっきまであんなに楽しく弾んでいて胸の鼓動が、今はただ息苦しく感じる。
ただ失恋しただけだっていうの、こんなにも悲しい。
胸が張り裂けそうなほど痛い。
ワンコが俺を守ってくれるのは、恩があるから。
俺のことを好きだからじゃなくて、恩を返すための義務感。
あんなに一緒にいたのに、俺はワンコがどう思ってるのかなんて知りもしなかった。美少女だから、特別だから全て許されると思ってた。嫌がってるなんて、思ってなかった。
今更後悔しても遅い。
大好きな人に疎まれたまま、望んでもいないことをさせるなんて耐えられない。
もう充分恩は返してもらったって、だから守らなくても良いって、ワンコを俺から解放するんだ。
そうだ、口に出せ。もう良いって。俺のことは放っておけって。
声をあげて泣き出しそうな口を無理矢理開いて、絞り出せ。
「好きだっ」
「え……?」
脈絡を無視した俺の言葉に、ワンコが呆気にとられて目を見開いた。
違う、そんなことが言いたかったわけじゃない。口にするつもりなんてなかった。それなのに、感情を揺さぶられて、気持ちが抑えられなくて……! 獣のオーラが勝手に口を動かしたんだ!
内心でどう言い訳しても、もうなかったことには出来ない。
なーんてな、なんて誤魔化そうとして、口が震えて言葉が出て来なくて、俺はもうワンコの前に居ることが辛くなって、逃げ出そうとした。
怖かったんだ。ワンコの答えを聞くのが。拒絶されるのが。
「待ってください!」
だけど、逃げられなかった。
立ち上がって駆け出そうとした俺の腕を、ワンコが強く掴んだ。
咄嗟に振り払おうとして腕を振っても、ワンコの手は離れない。俺を捕まえて、逃がさないように。
「離せよっ!」
とにかく今はワンコの顔を見たくなかった。言葉を聞きたくなかった。だから全力で暴れて逃げ出そうとしたら、掴まれた腕を強引に引かれてワンコに抱きしめられた。すっかり俺よりも背が高くなったせいで、俺はワンコの胸板に顔をうずめてしまっていた。嗅ぎなれた、安心する匂い。俺が暴れるのをやめると、ワンコも腕の力を緩めて優しく抱きしめるように腕を背中と頭に回した。
「離しません。今離したら、先輩が二度と帰って来ない気がするんです」
「こんな……、こんなことするなっ! 俺のことなんて好きでもないくせに!」
やめろよ……!! こんな風に優しく抱きしめられたら、頭を優しく撫でられたら、慈しむ様に背中をさすられたら、勘違いしちゃうだろ……! 俺はこの人を好きになっても良いんだって、俺を大切にしてくれるんだって、思っちゃうだろ……。
「先輩、その気持ちは多分、勘違いですよ。襲われた時のドキドキと、恋のドキドキを勘違いしたんだと思います。落ち着いて考えてください」
「俺だってそう思ったよっ!! でも、そうだとしても! お前を見ると胸が熱くなるんだ! ドキドキするんだ! クラクラするくらい、お前のことが好きだって思うんだ!! 勘違いだって良い! だからワンコ、もしもさっきのが嘘だったなら、俺を少しでも好きだと思ってくれるなら、一生俺を勘違いさせてくれよ……」
こんなのはズルいってわかってる。
好きだとか嫌いだとか、そんなものをすっ飛ばして男の本能にアプローチする、汚いやり方だってわかってる。
それでも俺は、俺を抱きしめるワンコの腕が、誰かほかの人を抱くのは嫌だった。これから先ずっと、俺だけを抱きしめて欲しいと思った。
だから、ワンコに抱きしめられながら服をはだけさせ、肌を密着させる。その意味がわからないほど、ワンコだって無知じゃない。
「や、やめてください先輩! そんなのダメです! 自暴自棄にならないでくださ――ん!?」
「んぅ。ありがとな、ワンコ。心配してくれて。でも、もう火が付いちまった。ここまできたらもう抑えられねえ」
この期に及んでぐだぐだと言葉を連ねるワンコの口を、つま先までピンと伸ばして背伸びをしながらキスすることで塞いでやった。その瞬間に固有能力を発動する。俺に唯一残された力『天使の口づけ』。キスをした相手に自分のオーラを譲り渡す、戦闘では何の役にも立たないクソみたいな能力。今まで何度自分の固有能力を恨んだかわからない。こんなクソ能力何の役に立つんだよと。でも今ならわかる。きっとこれは、今この時の為にあったんだ。奥手でヘタレなワンコをその気にさせるために。
「な、なに言って!? うぅっ、なんだ、これ……!? 身体が熱いっ!?」
「俺はお前が好きだよ、ワンコ」
ワンコに抱きしめられてよしよしされた時点で俺の身体はとっくに臨戦態勢に入ってしまっていた。
だから、ワンコも同じようにしてやることにした。たとえ俺のことを好きじゃなくても、男ならここまでアプローチされてそういう欲望を持たないわけがないんだ。後はそれを、獣のオーラで素直に解放させてやるだけ。
ああ、でもワンコには俺の固有能力を『天使の口づけ』じゃなくて『正史知識』って説明してるんだった。じゃあワンコにしてみれば、俺にキスされたらムラムラして我慢できなくなった感じになっちゃうのか。ふふ、それも良いな。
「もう、どうなっても、知りませんからねっ……! 先輩が、悪いんですよ……!」
強引にベッドに押し倒されても、以前のような恐怖は感じない。もう逃がさないというように力強く俺を押さえつけるワンコの逞しさが愛おしい。興奮した様子のワンコの必死な姿が愛おしくてたまらない。
「どうなってもいいから……、俺をワンコのものにして」
俺は、獣のように俺を求めるワンコの全てを受け入れた。
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