セルフケア、白いふわふわ

 セルフケアという言葉は、私にとっては絵空事のように聞こえる。一日、朝起きて仕事をするだけでも一杯一杯なのに、その上自分にまで労力を割かなくてはいけないのか!と大きなため息を吐きたくなる。

 

 冬は血の季節だ。

 ささくれを剥いてしまう癖が抜けない。そのせいで私はありとあらゆる場所で血を流してきた。

 腹心の友のように付き合ってきたこの癖のせいで、指先の痛みには随分と鈍感になってしまう。流血していてもしばらく気づかないことが多々あり、街行く人は、指から血を流している人間を見ると驚く。そうして私は初めて、自分の指先がひどい有様になっていることを知る。絆創膏を持ち歩いてはいるが、気づかなくては無用の長物だ。

 

 自分を大事にすることは存外難しい。だって私以外の誰も困らないから。私だけがちょっとした不利益を被るだけでいいなら、と考えてしまう。悲しいことに。

 爪を切るとか、髪の毛先を整えるとか、肌に化粧水を塗るとか、そんな最低限のことすらやめてしまいたいと思う時がある。

 

 私は白くて丸いふわふわの生き物にでもなりたい。存在するだけで周りを癒す毛玉になりたい。そうして愛嬌を振り撒いて生きていきたいと夢想をする。そうなったら私はきっと、喜んで自分を手入れするだろう。ふわふわが損なわれては、愛らしさも半減してしまうだろうから。

 

 実際のところ、私にはふわふわの白い毛はないし、体も丸みというものからは随分とかけ離れている。せいぜい、球体といえば眼球くらいのものだ。四つ足でぽてぽてと歩く可愛い生命体には程遠い。

 白いふわふわになれない私は、誰かに世話を焼かれることなく、私は自分を大事にするしかない。面倒くさくとも、いつかそれが実を結ぶと信じて、私は今日もハンドクリームを塗る。

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