ひとりでいきる、について考えること
おいしいお肉
第1話
自分の人生を肯定したい、と思う。
たとえば誰の手も借りずに毎日起きられて偉い、とか借金してなくて偉い、とか。ゴミをきちんと出せてすごいみたいに取り留めのないことを褒められたい。
承認されたいという思いは、時々じわじわと私の脳みその中や心の内側から発生して、逃げられなくなる。
わたしはひとりだ。どうしようもなく。
漠然と自分はパートナーを持たないだろうと思ったのは、昨年の夏のことだった。私は、マッチングアプリで出会った女性(便宜上そう表記する)とふたりでコーヒーを飲んでいた。なにか甘いものを食べれば、会話も弾むだろうかと思ったけれど彼女と私の間には埋め難い程の価値観の相違と、初対面ゆえの緊張があり、難しかった。
結局、彼女とは二回めのデートで水族館に行ったきり、連絡をとっていない。水族館は楽しかったし、魚と戯れるのはなかなか有意義な体験であったけれど、多分一人でここに来ても同じように思っただろう。
他者と対峙するとき、自分に恋愛感情というものが存在しない存在であることを余計に強く認識する結果となった。
私にとっての他者は白いゴムのようなブヨブヨとした存在なのだ。手触りを確かめようにも、他人の体に触ることはひどく億劫で嫌悪感のある作業だった。
私にとっての、ひとの顔の形は区別できない記号であり、異国の言葉のようなものだった。
眼鏡をかけているとか、髪が長いとか短い、いつも綺麗な青い服を着ているとか、そういう記号がなくては判別がつかない。通常、人間というのは毎日同じ服を着ているわけではないし、そこから大きく逸脱したものを昨日と同じ誰かと判別するには、途方もない確認と時間がかかった。
彼女は髪が短く、後ろを刈り上げていて、涼しそうだった。スポーツをしているからか引き締まっていて、うっすらと日焼けしていた。親につけられた可愛らしい名前が、自分には合わないとはにかみながら言った彼女。彼女の生きづらさや、私の人生の話をした。もしかしたら友達にはなれたかもしれない、でもたぶんわたしはあなたの恋人にはなれない。私はあなたに恋愛感情というものを抱けない。
パートナーを持たない、という決断は世間的には女というものにカテゴライズされる私には一つの大きな決意というか、暴力的な言い方をしてしまうとテロリズムのようなものだった。幼い頃から少子化であるとか子供を産めとか、女は子供を産む機械であるとか、書ききれないくらいのひどい言葉を投げつけられ、とても人間扱いをされない世界で生きてきたこと。それを誰とも共有できないこと、洗脳されたようにみんながいつか自分は結婚して子供を産んで……、と夢想する中、そのレールに乗れない自分がいたこと。恋愛という人類の一大ムーヴメントに共感できないこと、理解し得ないこと、他者から向けられる好意に恐怖したこと。
全部が全部、私が未熟で、子供で、恐れてばかりいる存在だったから受け入れられなかっただけで、高校生になったら、大学生になったら、大人になったら自然とそれを納得できるんだと信じていた頃。
そうやって刷り込まれていた呪いを少しずつ解いて、世間には自分と同じように恋愛という人類のメインストリームに乗り切れず、苦しんだり嫌な思いをしたりしている人がいるのだと、知った。
私は多分一人で生きて、一人で死ぬのだろう。いいや、友人や、家族といったものはいるだろうが、他者と現代の婚姻制度を用いたパートナーシップを築く事はないのだろう。子供を産むこともない、そうやって生きていこう。これからも。
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