39. ずっと一緒に

「……。分かりました。どうぞ……」


 そう言って俺は勇者に背中を向けた。かなり痛いとは思うが、レベル差は5倍もあるのだから死にはしないだろう。


「ユータ! ダメよ! 勇者様のムチなんて受けたら死んじゃうわ!」


 ドロシーが必死な顔で叫ぶ。その声には、深い絶望と悲しみが込められていた。


 従者は『また死体処理かよ』という感じで、ちょっと憐みの表情を見せる。


 俺はドロシーの頬を優しくなでると、ウインクをして言った。


「大丈夫だって。何も言わないで」


「え……?」


 涙目のドロシーはどういうことか分からず、小首をかしげる。


「ほほう、俺もずいぶんなめられたもんだなぁ!」


 勇者は俺を壁の所まで引っ張ってきて、手をつかせる――――。


 ムチを思いっきり振りかぶり、勇者は目にも止まらぬ速度で俺の背中にムチを叩きこんだ。


「死ねぃ!」


 叫び声には、狂気じみた興奮が滲む。


 ドン!


 ムチはレベル二百を超える圧倒的なパワーを受け、音速を越える速度で俺の背中に放たれた。服ははじけ飛び、ムチもあまりの力で折れてちぎれとんだ――――。


「イヤーーーー!! ユーターーーー!」


 悲痛なドロシーの声が店内に響く。


 誰もが俺の死を予想したが……。


 俺はゆっくりと振り向いた。


「痛たたた……。これでお許しいただけますね?」


 勇者も従者たちもあまりに予想外の展開に、目を丸くした。その表情には、驚愕が浮かんでいる。


 レベル二百を超える『人族最強』のムチの攻撃に耐えられる人間など、あり得ないのだ。空気が凍りつくのを感じる。


「お、お前……、なぜ平気なんだ?」


 勇者はポカンとしながら聞いた。


「この服には魔法がかけてあったんですよ。一回だけ攻撃を無効にするのです」


 俺はニッコリと適当な嘘をつく。レベル千を超える俺にはムチなど痛い程度の話でしかない。その事実を隠しながら、俺は平然とした表情を保つ。


「けっ! インチキしやがって!」


 勇者は俺にペッとツバを吐きかけ、


「おい、帰るぞ!」


 と、出口に向かった。その背中には、屈辱と怒りが滲んでいた。


 途中、棚の一つを、ガン! と蹴り壊し、武器を散乱させる勇者。その行為に、幼稚な怒りの発露を感じる。


 そして、出口で振り返る。


「女! 俺の誘いを断ったことはしっかり後悔してもらうぞ!」


 勇者はドロシーをにらんで出ていった。その言葉には、底知れぬ悪意を感じる。


「ユーターーーー!」


 ドロシーは俺に抱き着いてきてオイオイと泣いた。その体の震えに、彼女の恐怖と安堵が伝わってくる。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 涙をポロポロとこぼすドロシー。その涙に、俺の心が揺さぶられる。


 俺は優しくドロシーの背中をなでた。


「謝ることないよ、俺は平気。俺がいる限り必ずドロシーを守ってあげるんだから」


 俺はしばらくドロシーの体温を感じていた。その温もりに、俺は安らぎを覚える。


「うっうっうっ……」


 なかなか涙が止まらないドロシーに、俺は胸が締め付けられる思いがした。


 十二歳の頃と違ってすっかり大きくなった胸が柔らかく俺を温め、もう少女とは違う大人の華やかな香りが俺を包んだ。


 あまり長くハグしていると、どうにかなってしまいそうな俺は静かに深呼吸をし、冷静さを取り戻そうとする。


 窓の外では、夕暮れの空が赤く染まっていた。その光景が、今日の出来事の激しさを物語っているようだった。


 最後の勇者の言葉、あれは嫌な予感がする。あの執念深そうな視線が、俺の心に重くのしかかった。


「そうだ……」


俺は静かにドロシーを腕から放し、

棚から『光陰の杖』を出すと紐を工夫して、ドロシーの首にかけた。


光陰の杖 レア度:★★★★

魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20

特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える


 夕闇の中、杖が放つ微かな光がドロシーの顔をほのかに照らす。


「いいかい、これを肌身離さず身に着けていて。お守りになるから」


 おれはドロシーの目をしっかりと見据えて言った。


「うん……分かった……」


 ドロシーはれぼったい目で答える。その瞳には、まだ恐怖の痕跡が残って見えた。


「それから、絶対に一人にならないこと。なるべく俺のそばにいて」


 その言葉には、ドロシーを守り抜くという俺の覚悟が込められていた。


「分かったわ。ず、ずっと……、一緒にいてね」


 ドロシーは少し照れてうつむく。その仕草には、幼さと大人びた雰囲気が同居しており、鼓動が高鳴るのを感じた。


 窓の外では、建物の隙間から真っ赤な夕陽がのぞいている。その赤い光が、二人の影を長く伸ばした。


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