38. 望まぬ邂逅

 武器の扱いが増えるにつれ、店舗でゆっくりと見たいという声が増え、俺は先日から工房を改装して店としてオープンしていた。店と言っても週に二回、半日開く程度なんだけれども。その小さな一歩が、俺の人生に新たな彩りを添えていく。


 店では研ぎ終わった武器を陳列し、興味のあるものを裏の空き地で試し斬りしてもらっている。刃物が空を切るヒュンヒュンという音が、時折風に乗って聞こえてくる。


 店の名前は「武器の店『星多き空』」。要はレア度の★が多いですよって意味なのだが、お客さんには分からないので、変な名前だと不思議がられている。


 店の運営は引き続きドロシーにも手伝ってもらっていて、お店の清掃、経理、雑務など全部やってもらっている。本当に頭が上がらない。彼女の献身的な姿に、俺は感謝の念を覚える。


「ユータ! ここにこういう布を張ったらどうかなぁ? 剣が映えるよ!」


 ドロシーはどこからか持ってきた紫の布を、武器の陳列棚の後ろに当てて微笑んだ。その笑顔に、店内が明るくなったように感じる。


「おー、いいんじゃないか? さすがドロシー!」


「うふふっ」


 ドロシーはちょっと照れながら布を張り始める。その甲斐甲斐しい仕草に、俺は思わず微笑んでしまう。


 そののぞのぞまぬ改稿―――。


 ガン!


 いきなり乱暴にドアが開いた。その音に、平和な空気が一瞬で凍りつく。


 三人の男たちがドカドカと入ってきた。その足音が、床を震わせる。


「いらっしゃいませ」


 俺はそう言いながら鑑定をする。



ジェラルド=シャネル 王国貴族 『人族最強』

勇者 レベル:218



 嫌な奴が来てしまった。俺はトラブルの予感に気が重くなる。胸の奥に、不安がうごめく。


 勇者は手の込んだ金の刺繍を入れた長めの白スーツに身を包み、ジャラジャラと宝飾類を身に着けて金髪にピアス……。その姿は、まるで傲慢ごうまんさの具現化のようだった。風貌からしてあまりお近づきになりたくない。


 勇者は勇者として生まれ、国を守る最高の軍事力として大切に育てられ、貴族と同等の特権を付与されている。その強さはまさに『人族最強』であり、誰もかなわない、俺を除けば。その事実に、俺は複雑な思いを抱く。


「なんだ、ショボい武器ばっかだなぁ! おい!」


 入ってくるなりバカにしてくる勇者。その声には、傲慢ごうまんさと軽蔑が滲んでいた。


「とんだ期待外れでしたな!」


 従者も追随する。その言葉に、俺は怒りを覚えるが、絡まれたら最悪なのでスルーする。


「それは残念でしたね、お帰りはあちらです!」


 ドロシーがムッとして出口を指さす。ドロシーは彼らが勇者一行だとは気づいていないのだ。俺は冷や汗が湧いた。


 勇者はドロシーの方を向き、ジッと見つめる。その視線には、獲物を狙う猛禽類のような鋭さがあった。


 そして、すっとドロシーに近づくと、


「ほぅ……掃き溜めに……ツル……。今夜、俺の部屋に来い。いい声で鳴かせてやるぞ」


 そう言ってドロシーのあごを持ち上げ、いやらしい顔でニヤけた。


「やめてください!」


 ドロシーは勇者の手をピシッと払ってしまう。


 勇者はニヤッと笑った。その笑みには、残忍さが滲んでいた。


「おや……不敬罪だよな? お前ら見たか?」


 勇者は従者を見る。


「勇者様を叩くとは重罪です! 死刑ですな!」


 従者もニヤニヤしながら一緒になってドロシーを責める。


「え……?」


 青くなるドロシー。その表情に、絶望の色が浮かぶ。


 俺は急いでドロシーを引っ張り、勇者との間に入る。何とかしてこの場を収めねばならない。


「これは大変に失礼しました。勇者様のような高貴なお方に会ったことのない、礼儀の分からぬ孤児です。どうかご容赦を」


 丁寧に深々と頭を下げた。


「孤児だったら許されるとでも?」


 獲物をいたぶるように追い込んでくる勇者。


「なにとぞご容赦を……」


 必死に頭を下げる俺の髪の毛を勇者はガッとつかみ、持ち上げた。


「教育ができてないなら店主の責任だろ!? お前が代わりに牢に入るか?」


 間近で俺をにらむ勇者。その目には、人間性を失った獣のような光が宿っていた。


「おたわむれはご勘弁ください!」


 俺はそう言うのが精いっぱいだった。もちろん、ぶちのめしてもいいのだが、そうなれば重罪人、もはやこの国にはいられなくなってしまう。


「じゃぁ、あの女を夜伽よとぎによこせ。みんなでヒィヒィ言わせてやる」


 いやらしく笑う勇者。その言葉に、胸が悪くなるのを感じた。


「孤児をもてあそぶようなことは勇者様のご評判に関わります。なにとぞご勘弁を……」


 勇者は少し考え……ニヤッと嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべる。


「おい、ムチを出せ!」


 従者に手を伸ばした。


「はっ! こちらに!」


 従者は、細い棒の先に平たい小さな板がついた馬用のムチをうやうやしく差し出す。


「お前、このムチに耐えるか……女を差し出すか……選べ。ムチを受けてそれでも立っていられたら引き下がってやろう」


 勇者は俺を見下し、笑った。その笑みには、残虐な喜びが浮かんでいた。


 ムチ打ちはこの世界では一般的な刑罰だ。しかし、一般の執行人が行うムチ打ちの刑でも死者が出るくらい危険な刑罰であり、勇者の振るうムチがまともに入ったら普通即死である。


 え……?


 ドロシーは真っ青になって息を呑んだ。

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