19. 憧れの魔法使い

 レベルを上げるためには、もっといい武器をもっと多くの人に使ってもらわないとならない。


 それからというもの、俺は魔法石の研究にも没頭した。儲けた金を湯水のように注いで水、風、火、雷の属性耐性に加え、幸運や自動回復を付与する方法も見つけ出す。


「全部盛りにしちゃおう」


 俺は決意した。売る武器には、これら全ての特殊効果を惜しみなく詰め込んだ。手間もコストも増えるが、買った人のため、より多い経験値のため、必死に作業を続けていった。


 夜遅くまで作業を続けるユータの姿を、月明かりが優しく照らす。その小さな背中には、大きな夢と責任感が宿っていた。



        ◇



 夕暮れ時の孤児院の裏庭。ユータは自分のステータスを見つめ、思わず溜息をついた。MPや魔力、知力の値は一般的な魔術師を超えているというのに、魔法の使い方を知らないのだ。


「もったいない……」


 その言葉が、静かな空気に溶けていく。


 俺は決意を固めると目の前の木に向かって手のひらを突き出した。


「ファイヤーボール!」


 しかし、何も起こらない。木々のざわめきだけが聞こえてくる。


「う~ん……。以前見た魔術師さんはこうやってたんだけどなぁ」


「発音が悪いのかもしれない! ファイァァボール!!」


 しかし、何も出てこない。


「あれぇ? どうやるんだろう?」


 俺はムキになって、何度も試行錯誤を繰り返す。


「ファーーイヤーボール! ……、ダメか……」


 その時、背後から突然声がかかった。


「な~に、やってんの?」


「うわぁ!」


 驚いて振り返ると、そこにはドロシーが立っていた。銀髪が夕日に輝き、その姿は妖精のように美しい。


「なんでいつもそう驚くのよ!」


 ドロシーはプリプリしながら言った。


「後ろからいきなり声かけないでよ~」


 俺は動悸を押さえながら答える。


「もしかして魔法の練習?」


 ドロシーの声には、好奇心のトーンが混ざっていた。


「うん、できるかなーと思ったけど、全然ダメだね」


 俺は肩をすくめる。


「魔法使いたいならアカデミーに通わないとダメよ」


 その言葉に、俺は顔をしかめた。


「孤児じゃ無理だね……」


 アカデミーに通うにはそれなりの家柄が要求されてしまう。孤児では願書すら受け付けてもらえないのだ。


「孤児ってハンデよね……」


 ドロシーもため息をつく。


 二人の間に、一瞬の沈黙が流れる。


 俺はため息をついて迷いがちに呟いた。


「院長に教わろうかなぁ……」


「え? なんで院長?」


 ドロシーの声には驚きが混じっている。


 俺はしまったと思って口をキュッと結ぶ。院長が魔術師だということを、子供たちは誰も知らないのだった。


「あー、院長だったら知ってるかなって……ほら、院長は孤児院一番の物知りだし……」


 あれは冷汗をかきながら説明する。


「さすがにそれは無理じゃない?」


 ドロシーは首を傾げた。


 「あ、丁度院長が来たわよ、いんちょーーーー!」


 呼ばれて、マリー院長が優しい笑顔で近づいてきた。


「あら、どうしたの?」


「ユータが院長に魔法教わりたいんですって!」


 ドロシーが無邪気に直球を投げた。


 院長の目が驚きに見開かれ、ユータをじっと見つめる。その眼差しには、何か深い意味が隠されているようだった。


 ここまで来たらもうごまかせない。


「もし、魔法を使えるならお願いしたいな……って」


 俺は渋々そう言った。


 院長は柔らかな笑顔を浮かべる。


「ざーんねん。私は魔法なんて使えないわ。教えられたら良かったんだけど……」


「ほ~らね」


 ドロシーは少し得意気に言った。


「あ、ユータ君、ちょっと院長室まで来てくれる? 渡す物あるのよ」


 そう言いながら、院長はユータにウインクを送った。


 俺はその意味を即座に理解し、落ち着いた様子で答える。


「はい、渡す物ですね、わかりました」



      ◇



 薄暗い院長室に入ると、マリー院長はテーブルに向かい、静かにお茶を注ぎ始めた。


「そこに腰かけて。今、お茶を入れるわね」


 俺は緊張した面持ちで静かに椅子に座る。


「いきなりすみません」


「いいのよ」


 院長は優しく微笑んだ。


「誰に聞いたの?」


 俺は一瞬躊躇したが、考えておいた嘘をつく。


「ギルドに出入りしているので、そういううわさを聞きまして」


「ふぅん」


 院長は深くため息をつく。


「で、魔法を教わりたいってことね?」


 院長は鋭い視線で俺を射抜く。


「は、はい。お手すきの時でいいので……」


 院長は目を閉じ、何かを思い出すようにしばらくうつむいていた。


 重苦しい沈黙が部屋を満たす――――。


 俺はいたたまれなくなってそっとお茶をすすった。

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