魔法少女あたらよ歌集

雨希

夕立に追われて二人バス停で一樹の蔭と交わしたコード

 薄らと空を覆う雲のすき間から、夕焼けの色が漏れている。山の木々の上にざあざあと降りそそぐ雨や、しぶきで真っ白になった田んぼを眺めながら、私はなんだか現実感を失って、湿ったカーデガンの袖を指でいじった。バス停の屋根にも雨が激しく打ち付けて、まるで打楽器のように鳴っている。

 祖母の家に遊びに行く途中だった。大した距離じゃないので歩いて行くつもりだったのに、夕立に遭ってしまって目に付いたバス停に駆け込んだ。そうしたら、先客がいた。

 生まれつき色素が薄いのか、血管の温かい色の透けた頬。茶色くてさらりとした髪は、夏物の白いセーラー服の襟の所まで伸びている。少し目尻が上がっているけれど、キツい印象はなく、瑞々しい好奇心が滲み出ている。

 とてもきれいな、女の子だった。

 雨が降り出す前からここにいたらしく、服も髪も全く濡れていなかった。

 バス停の中は狭く、私たちはぺったんこの通学カバン一つだけを挟んで隣り合っている。雨の檻に囚われて、どきどきするほど距離が近い。息をするのも恥ずかしくて、早く雨がやんで欲しいと切実に願っていると、ふいに彼女が私の方を見た。

「もしかして君、歌を詠める?」

 きゅるん、という効果音がぴったりな喋り方だった。美しい女の子が、あっという間に親しみやすい同年代の子になる。私はほっとして、息をついた。

「歌を詠むって……短歌のこと?」

「もちろん。あのね、君のカバンから短歌用のノートがちらっと見えたの」

 参考書や雑誌を詰め込んだトートバックから、百均で買った短歌ノートがはみ出していた。短歌用のノート、つまり縦書きのノートだ。

「新聞の歌壇に出すのが趣味で……」

「何年ぐらい詠んでる?」

 マウントっぽい質問に身構えながらも、

「三年ぐらい」

 と小声で答える。すると、彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「それなら十分だね! 私はミカモ。ミカモちゃんって呼んでね。こう見えて魔女っ子なんだ」

「へ?」

 唖然とする私に、ふふんと笑いかけると、ミカモちゃんは立ち上がった。そして、どこから出したのか短い木の棒を天に向ける。


雨の中名前を交換し合ったら空は晴れるよ星も見えるよ


 歌いながら、少女は天に文字を描いた。そのとたん、さあっと雨が上がり、雲の切れ間から気の早い一番星が現れて輝き始めた。

 少女が私の方に振り向く。楽しそうに微笑んでいる。

「君も使えるよ、魔法!」

 私は深く息を吸って吐いた。雨上がりのキラキラと輝く世界の中で、ミカモちゃんはまるで天使のようでも悪魔のようでもあった。――そっか、魔女っ子だった。

「あの、私、名前言ってないんだけど」

「あれー? そうだったっけ」

「私は乃音(のおと)って名前」

「のおとちゃん! 可愛い名前だねー!」

 後から振り返ると、私は雨上がりの山の空気に呑まれて、現実と夢の境が分からなくなっていたのだと思う。あっさりと、信じてしまった。目の前で起こった奇跡も、この不思議な女の子のことも。

「のおとちゃん、ライン交換しよ!」

 私たちはQRコードを交わした。

 ミカモちゃんのアカウントのひと言メッセージには、【魔法短歌会】と書かれてあった。

「雨上がったし、私行こうかな」

「待って、ミカ――」

 呼び止める間もなく、少女は走り出す。その背中を見送りながら、私は歌を詠んだ。


雨の檻鍵はあなたが持っていた

本当はずっと囚われていたい


 水たまりで滑って、ミカモちゃんが転んだ。私は慌てて、彼女に向かって駆け出した。

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