空の色

古びたプラスチックのコンテナに、使い込まれて糸は切れ、表面ガサガサのボールがいっぱいに入っていた。


1球ずつふわっと下投げで、バットを握るしんちゃんのストライクゾーンに投げると、しんちゃんはそれをネットに打ち込む。

テンポよくリズミカルに。

「はいはいはいはい」ポイポイポイポイ

「ちょ…早い!」

時々わざと早く投げると、しんちゃんは1球も落とすまいと高速バッティングをする。

「打てるかーー!」

そんな事して笑ったり。



「かな、ボール拾いに行くぞ」

「うん!」

一時中断のボール拾いタイム。

空のボールかごを取って外野に走ったり。


「もう!しんちゃん全然入ってないじゃん!」

しんちゃんは少し遠くから拾ったボールを投げる。

「かな行くぞ!」

パシッと受け取るとまた投げてきて、ぽんぽん投げてくるから右手左手でキャッチ。

「痛った!もう早いって!」

受け損なって腕に当たりかごに落ちるボール。

「ウヒャヒャヒャ」

痛がる妹を笑う。


中学の時みたい


強豪校に行ってもしんちゃんはあの頃のまま、アホな顔で楽しそうにボールを投げた。



「投げてもらっていいですか?」


ローテーションするバッティング練習は、いつまでもしんちゃんと遊んでるわけにいかないらしい。

しんちゃんはマシーンのブースへ入り、トスバッティングのネットの前には知らない人が回って来る。


「あ…は、はい!」

「しゃーーす」


ふぅ…

脇汗やばい



「かな!こっち!」


練習しながら何かと私を呼ぶしんちゃんは、私に何が出来るかをみんなに教えてるみたいだった。






そしてグラウンドの空気が変わる。

どうやらバッティング練習が終わったらしい。

終わったタイミングもわからなかったけど、マシーンやネットを片付け始めたから終わったんだと思った。


このネット持ってっていいんだよね…

ズズズと少し動かしてみる。

チラッ

あっちに持ってくんだよね。

「あ、いいですよ」

「え」

とられた。

じゃあトンボやろうかな…

「や…自分やります」

またとられた。


「かな、そのボールかごこっち」

ノックを打つつもりのしんちゃんが、バット振りながら私に言う。

「はーい!」

仕事きた!

「あ、いいよ持つ」

「え…」

「あ!俺が持つから!」

「真一!

 なに女の子に満タンかご持たせてんだ!」

またとられた。


「女子だって」

「女子だし」


なんだかヒマ。


「やば、監督きた」


グラウンドの外に監督の姿が見えて、部員はみんな一斉にピシッと背筋が伸びた。



「「「しゃーーっす!」」」



グラウンドの外に向かって礼

からの

一目散にシートについた。


監督が職員室から戻ってきた。


監督は無言でバット持ってたしんちゃんに手を出し、しんちゃんはそれを渡してセンターに走る。



一気にグラウンドの空気が変わった。



緊張感のある空気


やっぱ強豪っぽい



中学の時も強かったけど、こんな空気感ではなかった。



ピリピリッとした感じ



これは強さの空気なのかな




ホームに置かれたボール籠から左右の手に2球ずつ取り、監督の動きを様子見。


ノックを打つ人は、手に直接置いてほしいタイプと、少し離れて投げ渡してほしいタイプがいる。

だから監督がどう構えるのか


と思っていたら



「かなーー!センター来い!!」



しんちゃんがセンターで大きく両手を広げる。



やっぱ変わってない




「しんちゃん行くよーー!」



ボールを見せて合図


「監督、8番お願いします!」


監督が手を出したからその手にボールを置いた。



キィーーーン



打球は大きくセンターに飛ぶ。




「しんちゃんナイスキャッチ!」





野球の練習は久々だった。


全中が終わって以来。


近所のグラウンドでキャッチボールするのをボケーッと見てるのとは全然違う。


打球を追う真剣な顔

元気をつける大きな声


打球音


舞い上がる土煙り



汗を拭く腕



野球だ




なんかワクワクする




あ!今のナイス!


あーー!惜しい!


うわ!ナイス送球!




のど元までそんな声が出かけて飲み込んだ。




「どう思う?」


監督は背中を向けたまま、ボールを追う選手の動きを見る。



「どうって…」


「任せるから」



何を?




「ここを

 お前の色に塗ってくれ」




キィーーン



白球は空高く弧を描く




甲子園の空は




何色なのかな








「かな~帰るぞ~」


グローブを小脇に挟み、しんちゃんが本部事務所に顔を出した。


「何見てんの」

「監督が今まで付けてたらしい記録」

「監督そんなマメなことやってんの?」

「ほぼ空白」

「また明日やれ、帰るぞ腹減った」

「うん」


てことで、事務所は監督に預かった鍵で戸締まりをして外に出ると


裏から楽しい笑い声に喋り声。


本部事務所の裏。

十数段の階段を降りるとそこには、2階建ての部室棟と2階建ての倉庫、それに洗濯機の置かれてる小屋がある。

その三つの建物が取り囲んでちょっとした広場になっていた。

水道があって物干しがあってベンチがある。


そこで洗濯物を干してたり、道具を拭いてたり、顔を洗っていたり、ふざけて笑ってお喋りして。


練習中とは違う緩んだ顔。

楽しそうな日常がそこにあった。


明かりの漏れる部室棟




「あ!もう洗濯終わった?!」

「終わりました」

「ちっ…」


「真一!スティックパンじゃんけんするぞ!」

部室棟二階の窓から田沢さん。

「ジャンケンってなんだよ!

 それそもそも俺のだから!」

「いるなら早く~ラス1〜」

「いやいや!練習前4本ありましたけど!」

ってしんちゃんが二階の窓と話してる間


「ねぇ野球やってたの?」

「女子マネってすげえね、ノックが平和だった」

「や、マジで信じらんねぇくらい平和だった」

「てかトス投げるの上手いね」

「可愛いし」

「ホント可愛い」

「え、ホントにあの人の妹?」


「何か言ったか新見」


「いえ何も…」


「新見スティックパンいる~?」

「いります!」

「だから俺の!」


しんちゃんはズカズカ部室棟に入っていく。


「や……」


えぇ?!待ってよ!置いていかないでよ!

アウェーなんだってば!

コミュ力ないの知ってるでしょ!




「着替えなくていいの?」



え?


切れ長のイケメンが、脱水で固まったタオルをパンパン広げそれをピンチに留める。

「あ…あのこれで来たから…」

「真一さんまだ時間掛かるだろうから

 そこ座ってれば?」

目線は端っこのベンチへ。


「て…手伝います」

「別に大丈夫」

でもなんか居た堪れない。

「じゃあこれ伸ばして」

「はい」



「あーーー!翔ちゃんがナンパしてる!」



ザワッ


「ぬけがけか!」

「お前が一番ナンパしちゃダメなキャラ!」

「雨が降るぞーーー!」

ギャーギャー


なんかどうしよう



「こぉぉぉぉらぁぁぁぁ山下ぁぁぁぁ!

 うちの妹になにしてくれとんじゃぁぁぁ!」



↑二階の窓からしんちゃん


「怖えな」

「スミマセン…」



こうして私の青藍高校野球部デビューの日は終わった。

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