yuki

高校1年生4月

始まりの一歩

そこにはまだ段ボールが積まれていた。


一面の窓の外は茶色の土。

主のいないグラウンドは、穏やかな風がその表面を撫でわずかに土が舞う。


今、目の前で段ボールをガサガサと

「どこ入れたっけな」

何かを探すその人の音だけ。

グラウンドに面した長いカウンターデスクに広げられたパソコンは、電池マークが赤く点滅していた。


デスクも壁も真っ白。


「あった」

束ねられたコードをパソコンに挿し、反対側をそこに挿せと私に差し出した。


「パソコンわかる?」

「えっと…」

「わからなかったら聞いて

 これに全部記録とってあるから」

「はい」

「何を記録するかなんてわかるだろ」

ニコリともしない。

詳しい説明もない。

「その辺のファイルなんかは

 時間ある時に適当に見といて」

大きな棚を目線で指した。

「まだだな」

マウスを動かしてパソコンの満腹具合を確認。

「これは学校に出す分

 適当でいいけど毎日な」

黒い厚紙に紐の通ったノートの表には


野球部


「あとはまぁ、今まで通り

 中学でやってたようにやっていいから」

「今まで通り?」



「言ったろ?即戦力だって」




中三の夏、中学のグラウンドでこの人は私に言った。



『お茶くみ係のマネージャーはいらない

 お前は即戦力だから』




だから私たちは誓った。


夕日のオレンジ色に染めたマウンドで




『あと三年、一緒に野球をしよう』



『最強青藍作ろうぜ』






まだ終わりたくない




だから私はここに来た。



こんな大きなグラウンドに。



こんな大きなチームに。





いやでもさ、マネージャーの即戦力って何って感じだけど。




「とりあえず片付けてくれる?」

所狭しと積まれた段ボール。

ここは建て替えたばかりの球場本部。

グラウンドの左右のベンチも倉庫も裏の部室も。


青藍高校の野球部は、この春、新品になったばかり。


「俺職員室戻るからやっといて」

「はい」


春休み真っ只中。

青藍野球部は昨日センバツから戻ったばかりで、今朝しんちゃんは、練習の前に補習があると言って私より先に出かけた。

だから初日の今日。

1人でドキドキ緊張しながらここに足を踏み入れたとこだった。


1人になった球場で、とりあえず給湯室の段ボールを開けてみた。

雑に巻かれた新聞紙を一つ一つ外すと、白い湯飲みが顔を出したけど、巻き方が甘くて割れてるのが二つ。

茶筒はこぼれるのを恐れたのか、ガムテープがんじがらめで使用不能。

キッチン用品から新品のテーピングが出てきたり、賞味期限の切れたガムシロップが、袋二重で大事に入れてあったり。


給湯の小さなキッチンと裏口のドア。

その反対側には大きなステンレスドアの冷蔵庫。

スポーツドリンクのボトルや水でいっぱい。

広い流しには、大きなドリンクキーパーが4つ伏せて置いてあった。


開けっ放しの裏口から、まだ冷たさの残る春の風が吹き込む。


のと同時に


ダダダダダ!!


足音が猛ダッシュで近づいてきた。



「かなーーー!」



スライディングな勢いで裏口を一旦通過したのはしんちゃん。


「かなちゃんおひさ~」


そんなしんちゃんのボケを無視して


「田沢さん!」


顔を出したのは田沢さん。


「うわ~!

 かなちゃんがここにいるとかウケる!」

「田沢さん、センバツお疲れ様でした」

「帰ってきて早速補習とかマジ鬼〜」

「しんちゃんは?」

「そこで死んでる

 ツッコまれるの待ってるからシカトで」

「おい!つっこめ!」


「マネージャーさん、これからヨロシク」


「こちらこそ、キャプテン!」



田沢さんはキャプテン。

ツッコミを待ってるのはうちのしんちゃん。

2人は仲良いから田沢さんはうちに来たりするしよく知っていた。

だから現時点、この青藍野球部での頼みの綱はこの2人しかない。


補習が終わり、裏の部室棟にはどんどん部員が集まってくる。

知らない人ばかり。

しかも全員年上の先輩。

一個が二個しか違わないし、しんちゃんと同じなのになんか大人に見える。


そしてなんだろう



アウェー感すごい



だから本当は、しんちゃんが飛んできてくれたのは安心した。

きっと心配してたと思う。

補習が終わって校舎からグラウンドまで猛ダッシュ。


はぁはぁ息切らして、額に汗をにじませてたのが証拠。


さすがに少し不安だったから。







それからすぐに部員が集まり、グラウンドでは練習が始まった。


さっきまでの音のなかったグラウンドとは別物。

まるで生き返ったみたいに選手の放つエネルギーで満ちていた。



さて問題です。

私はこのまま片付けをやってていいのでしょうか。


監督が言うように、中学の頃にやってたようにやっていいなら、バッテイング練習は手伝うし口出す。

でもこんなアウェーで、どのタイミングでそこに出て行き、どこにマネージャーが入り込んでいいのか。

全くもって不明だし、そしてそんな勇気は持ち合わせてない。


これまでマネージャーのいた歴史のない青藍は、選手だけで何でも出来るように仕組みは整っていて、私が入っていかなくともたぶん困ることはない。



じゃあなんで監督は私をスカウトしたのか



「え…何で?」



監督はまだ職員室から戻らない。

どうしていいのかわからず、片付けをしながらグラウンドのバッティング練習を窓から眺めたりしてた。


そうしてたら


「かな、来て」


しんちゃんが呼びに来た。


グラウンドのバックネットにあたるこの球場本部。

しんちゃんはフェンスと窓越しにグラウンドから言う。

「トスあげて、あっちから」

入ってこいと一塁側を指した。

一塁側ベンチの横のフェンスの切れ目がグラウンドの入り口だった。



その入り口の前に立つと、一気に緊張がこみ上げた。



思わず息をついてそれを抑え



グラウンドに向けて一礼



それから私は

この青藍の土に



一歩



踏み込んだ。



これが最初の一歩だった。



これから始まる3年間の



最初の一歩







始まりだった。

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