第6話 陰謀の影
数日後、ギギはシグマ・ステーションの一角にあるカフェテリアに姿を見せた。昼間の柔らかな陽光が差し込む静かな場所で、彼女は誰にも気づかれないようにテーブルの片隅に座り、コーヒーカップを手に取った。
彼女の心は穏やかでない。ハサウェイとのやり取りが続く中、彼が計画している次の行動がどれほど危険なものであるかを、彼女は痛感していた。しかし、彼に協力し続けることが自分にとって唯一の道だと信じていた。
カフェテリアの扉が静かに開き、スーツを着た中年の男が入ってきた。彼は周囲に視線を走らせると、ギギの座るテーブルに向かって足早に歩み寄った。男はギギの前に立ち止まり、軽く頭を下げると、対面の席に腰を下ろした。
「お久しぶりです、ギギ・アンダルシアさん。」
男は冷静な声で挨拶し、その瞳には油断のない鋭い光が宿っていた。ギギは彼の顔を見つめながら、微笑みを浮かべたが、その笑顔には緊張が含まれていた。
「お久しぶりね、アレン・バーンズ少佐。今の私に何の用かしら?」
アレン・バーンズ少佐は、地球連邦軍の情報部に所属する男で、ギギとは過去に何度か顔を合わせたことがあった。彼は連邦軍内部での陰謀や諜報活動に精通しており、その冷酷な手腕で知られていた。
「実は、最近あなたの行動が気になっていてね。あまり表には出てこないのに、時々奇妙な動きを見せる。これはただの偶然だと思いたいが…。」
バーンズは軽く肩をすくめながら、コーヒーカップを持ち上げた。彼の表情には皮肉な笑みが浮かんでいたが、その目は鋭くギギを観察していた。
「あなたが何を言いたいのか、私にはわからないわ。」
ギギは平静を装いながら、彼の視線に耐えた。彼女は自分の行動が既に誰かに監視されている可能性を考え、冷静に対応しようと心を落ち着かせた。
「もちろん、何もなければそれでいいんだがね。だが、君がハサウェイ・ノアと接触しているという噂を耳にしたんだ。これが本当なら、君は非常に危険な立場にいることになる。」
バーンズの言葉は、まるでナイフのようにギギの心に突き刺さった。彼がどこまで知っているのかは定かではないが、彼の疑念が彼女の周囲に危機感を漂わせたことは確かだった。
「ハサウェイ…ノア?ただの知り合いよ、彼とは。あなたが考えているような危険な関係ではないわ。」
ギギは冷静さを保ちつつも、心の中で警鐘が鳴り響いていた。彼女の言葉には真実の一部しか含まれていなかったが、それをバーンズに見抜かれないよう、注意深く言葉を選んだ。
「そうか。君がそう言うなら信じるしかないが…。」
バーンズは再びコーヒーを一口飲み、ギギの顔をじっと見つめた。その視線は、彼女の内面を見透かそうとしているように感じられた。
「だが、ギギ。もし君が何かに巻き込まれているとしたら、君自身の安全も危うくなる。君のような存在は、連邦にとって非常に価値がある。だからこそ、君を守るために何でもする覚悟がある。」
その言葉には、バーンズがギギに対して特別な感情を抱いているわけではなく、彼女をただの駒として見ていることが明らかに感じられた。彼は連邦軍の利益のためなら、どんな手段も厭わない男だった。
「ありがとう、バーンズ少佐。でも私は自分の行動には自信を持っているわ。あなたに心配してもらう必要はない。」
ギギは強い口調で答えたが、その心の中では次第に不安が募っていた。彼女の行動が監視されていることを知り、ハサウェイとの接触がさらに危険なものになることを自覚した。
「そうか。それならいいんだ。」
バーンズは立ち上がり、コートを整えながらギギに一瞥を送った。その目には、まだ何かを探ろうとする冷たい光が残っていた。
「だが、君がもし何か問題を抱えているなら、私に相談してくれ。君を守るために、最善の手を尽くそう。」
その言葉を残して、バーンズはカフェテリアを後にした。ギギは彼の背中が消えるまで、その場にじっと座っていた。心の中で、彼女は自らがどれほど危険な立場にいるかを再認識し、その場から逃れる方法を模索し始めた。
「私は、どうすればいいの…。」
ギギは小さく呟きながら、頭を抱えた。彼女の選択肢は限られており、次の一手が全てを決定づけることになると理解していた。ハサウェイとの関係、ケネスの思惑、そしてバーンズの陰謀――全てが絡み合い、彼女の運命を縛りつけていた。
ギギはゆっくりと立ち上がり、カフェテリアを後にした。外に出ると、冷たい風が彼女の頬を撫でた。その風に包まれながら、彼女は一歩ずつ進んでいった。彼女の心には、次の行動に対する覚悟が固まりつつあった。
彼女の背後には、誰もいないはずの影が、静かに動いていた。
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