白百合の影 〜ギギ・アンダルシアの孤独な誓い〜

湊 町(みなと まち)

第1話 シグマ・ステーションの夜

銀河の果てに広がる宇宙コロニー「シグマ・ステーション」は、今宵も煌びやかな光に包まれていた。地球連邦政府の要人たちが集う社交界が開かれ、豪奢なパーティーが賑やかに進行している。シャンデリアの下でグラスが交わされ、笑顔と称賛が飛び交う中、ギギ・アンダルシアはその中心に立っていた。


ギギは、白いドレスに身を包み、まるで絵画から抜け出したような美しさで周囲の視線を一身に集めていた。彼女の笑顔は完璧であり、誰もがその魅力に惹きつけられる。しかし、彼女の心はその華やかな外見とは裏腹に、冷たい孤独に包まれていた。


「ギギ、君は今夜も最高に美しいよ。」


連邦政府の高官であるファイン・アリスタスは、ギギに近づき、優雅に微笑みながらそう言った。彼はギギにとってただの一人の取り巻きに過ぎなかったが、彼女の笑顔は崩れることはない。ギギは、彼に向かって軽く頷き、そっと視線を逸らした。


「ありがとう、アリスタスさん。でも、今夜は少し疲れたかもしれないわ。」


ギギは穏やかに答えながらも、その言葉にはどこか真実味を感じさせた。彼女はこのような場が嫌いではなかったが、それが彼女にとってどれほど無意味であるかをよく理解していた。彼女がここにいるのは、ただの飾り物としてではなく、もっと深い理由があったからだ。


彼女はふと、窓の外に広がる星々を見つめた。無限の闇に輝く星々は、彼女にとって自由の象徴だった。地球連邦政府に囲まれたこの閉ざされた世界から、いつか抜け出したいという切なる願いを、彼女は常に抱いていた。


その時、ギギの視線は、会場の隅で静かに佇んでいる一人の男に引き寄せられた。ハサウェイ・ノア――彼は他のどの客とも違っていた。彼の目には鋭い決意と深い悲しみが宿り、その存在感は彼がただの若者ではないことを示していた。


ギギは彼に興味を抱き、そっと彼に近づいた。彼女は直感的に感じた。彼こそが、この退屈で虚飾に満ちた世界から彼女を解放してくれる存在かもしれないと。


「こんばんは、ハサウェイ。」


ギギは静かに声をかけ、彼の隣に立った。ハサウェイは少し驚いたように彼女を見つめたが、すぐに表情を引き締めた。彼の瞳の奥には何かを決意した強い光が宿っていたが、それは同時に彼自身をも追い詰める危うさを孕んでいた。


「ギギ・アンダルシア……。君がこんなところにいるなんて、意外だな。」


ハサウェイの声は落ち着いていたが、その中には鋭い警戒心が隠されていた。彼は彼女が何を望んでいるのか、なぜ自分に近づいてきたのかを測りかねていた。


「私もあなたに会えるとは思わなかったわ。」


ギギは微笑みながらも、その笑顔の裏に秘めた本音を悟られないよう、慎重に言葉を選んだ。彼女はハサウェイの目を見つめながら、彼の心の奥底に何があるのかを探ろうとしていた。そして彼女は、彼が抱える重荷と、彼の心に秘められた痛みを感じ取った。


「この場所にいるのは退屈だわ。あなたとお話しできるのなら、少しだけ楽しくなりそうね。」


ギギの言葉にはほんの少しの挑発が含まれていた。彼女はハサウェイを試すような気持ちで言葉を発したが、それと同時に彼に対する本物の興味も感じていた。ハサウェイがどう反応するかを見守りながら、ギギはこの夜が単なる社交の場を超えた、何か重要なものへと変わる予感を抱いていた。


ハサウェイはしばらく黙ってギギを見つめた後、静かに息を吐き、少しだけ口元に笑みを浮かべた。それは彼が彼女の言葉に応じる意思があることを示していた。


「それなら、ここから離れてみるのも悪くないかもしれないな。」


ハサウェイはそう言って、ギギに歩み寄った。彼女の心に潜む孤独と同じく、彼もまたこの世界からの脱出を望んでいるかのように見えた。


二人はそのまま、喧騒を背にして静かな場所へと向かった。その時、ギギは初めて感じた。自分がずっと求めていた自由への道が、目の前に開かれたかもしれないと。

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