ショタ主人と男装従者が男子校に通うお話。

詩月結蒼

第1話 弱い主人と強い従者




「……よし」


 ユキの一日が始まった。

 専用の服に着替え、屋敷の外に出る。

 軽く剣を振り、感覚を研ぎ澄ませる。


(……ここ)


 音もなく稽古用の藁が切れたかと思うと、ぼとりと落ちた。


「ん」


 ユキはそれを拾い、捨てると、屋敷に戻った。

 そしてある部屋の前に来て、勢いよくドアを開けた。


「ほぅら朝だぞ起きろ〜?」


 カーテンを開け、ベッドの中でもぞもぞと動く何かをくるんでいた毛布を剥ぎ取った。


「あっ、ちょっ、やめっ……」

「朝だっつってんだろ。おーきーろ」

「む、むり」

「無理じゃない。さっさとしな」

「うぅっ……ユキちゃんのいじわる……」


 のそのそと起き上がり、ハルはベッドから降りた。


「あ、あの、ユキちゃん」

「ん? なに?」

「ぼ、ぼく、着替えるんだけど……」

「はぁ。早くしなよ」


 ユキは気だるそうに切り捨てるが、ハルは顔を赤らめて言った。


「ぼ、ぼく、男の子だよっ! ユキちゃんは女の子、だよっ!」

「知ってるよ。それがどうかした?」

「だ、だからちょっとだけ外に、いて」

「……はあ」

「なっ、なんで面倒そうなの!?」


 ユキが普通でないことはハルも知っている。

 だが、二人が異性である以上、さすがに歳も歳なので着替えは見られたくない。


「ハルの着替えなんて何度も見てるんだし、今さら恥じることないでしょ」

「恥じることですっ! とっ、とにかくユキちゃんは外で待ってて!!」

「はいはい」

(ったく、ハルは細かいな……)

(ひどいよユキちゃん……ぼくも男なのに)


 二人は主従だ。

 勘違いされやすいが、ハルが主人でユキが従者である。

 大事なことなので復唱しよう。

 ハルが主人でユキが従者である。


「も、もういいよ。ユキちゃん」

「やっと終わったか」

「ご、ごめんね……」

「もっと早くしろよ?」

「が、頑張る……」


 もう16歳なんだから、とユキが言った。


「ハルは全部遅いよね」

「うっ……」

「私よりも弱い。根性もない」

「うぅっ。返す言葉もありません……」


 でも、とユキは続けた。


「誰よりも頑張ってる」

「っ……! ありがとう、ユキちゃん」

「いちいち言わなくていいよ」

「ご、ごめん……」

「謝罪もいらない」

「ご、ごめ……じゃなくて、わかった」

「ほらいくぞ」

「あっ、待ってよユキちゃん……っ」


 ユキは平民、ハルは貴族だ。

 だが、ユキの方が力も気も強い。

 ハルは弱くていつもオドオドしている。

 主従の態度は真逆だ。


「今日は大事な話があるんだろ? 急いで行かないとな」

「う、うん。そうだね」


 けれど、これが二人の形。

 きっとこれからも、ずっと。

 そう、思っていた―――




「ハル。お前には明日から学校に行ってもらう。全寮制の男子校だ。護衛としてユキきみも一緒に行ってもらう。決して女とバレるなよ」

「ええええええっ!?」

「はあああああっ!?」




 これは、子犬系の弱弱なショタ主人と負けん気が強いカッコかわいい少女従者が男装して学校に通うお話。



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