オカルティック珍道中

@mu4ha_3

いちわめ:これはつまり、はじまりはじまり。

 「なぁ、君は「幸福」を信じるか?」

 「まぁ聞いてくれよ。宗教勧誘みたいだろ?あながち間違ってもないけど、ただ少し違う。」

 「俺は、幸福なんてないと思ってる。だってさ、考えてもみろよ。この世で幸せな人類がいたとして、そいつらには不安が無いか?将来、金銭、人間関係、自分の事についてだ。」

 「この世にあるのは「幸福」じゃない、「満足」だ。腹が満たされる、懐が温まる、ぬくもりを感じる。その満足を、人は幸福と呼ぶ。愚かだろう?嗚呼、愚かだ。」

 「さて、長い前置きは置いといて、本題に入ろう。」

 「なぁ!ウチの教団に入ってくれねぇか~~~!?!?今月ピンチなんだよォ~~~!!!!」


 はぁ……なんで俺は、こんなことなってるんだろうな。もとはと言えば、全部あれが悪い。あの時、拾ってしまった"魔導書"が……!


――――――オカルティック珍道中――――――――――――――――――――――


 地球は汚い。

 ドブのような川の底には、ヘドロがたまっているのだろう。泡がポコポコと吹き出し、魚の死骸が浮かぶ。手すりには埃が付き、振れれば手を灰色に染めるだろう。仄暗い空とは対照的な赤い地平は、夜の訪れを告げている。

 俺、谷欠真門たにかけ まこと。今死にます!こんな世界、生きてられるか!学生時代から感じていた世間とのズレ、どこかかみ合わない会話。俺が発達障害であるということはすぐにわかった。忘れっぽく、怒りっぽく、それでいて飽きっぽい。

「発達障害は天才肌」なんてキレイゴトを並べれば、俺の存在も肯定されるような気がしていたが、そんなの子供に対して「すご~い!」と言っているようなものだった。

 もう何も信用ならねぇ。障害は世間の害だ、俺は死ぬ。それで誰かが悲しんでくれるなら、それはひどく喜ばしいことだ。ああ、今までありがとう。母さん、父さん、姉さん、姪っ子、隣の席ってだけで話しかけてくれた男の子……。

 俺は今、羽ばたくよっ……!


 ふと、目の端で何かが光る。

 光る、という表現は正しくないか。正確に言えば「ほのかな光を放つ」。

 そちらに目をやれば、あったのは一冊の本。

 抵抗できない魅力を感じる。なぜか、あれを読まなければいけないような……。

 手すりに掛けていた足を下ろし、数歩歩く。地面に落ちていた本を手に取る。

 重みのある厚い立派な本だ。どうしてこんなところに?さっきまであったか?

 固唾をのみ、恐る恐る表紙をめくる。

 すべすべとした紙面に指を滑らせ、ぺらりぺらりとページをめくる。


 なんだこれは。


 初めて見る言語だ。

 初めて見る言語なのに。

 意味が分かる。

 

 いや、意味が分かるんじゃないな。正確に言えば「頭の中に意味が流れ込んでくる」って感じか。

 クトゥ……ル……。


「……クトゥルフ?」


 その名を口にした瞬間、悪寒がした。

 まるで世界の触れてはいけないところに振れているような、知ってはいけないことを知ってしまったような。

 つい、本を手放してしまう。地面を滑った本は、意味の分からない言語を連ねたまま僕を待つ。いや、これは錯覚だ。俺の趣味の悪い妄想だ。そうであってくれ。

 そうであってほしい。そうじゃないのか?これは現実か?

 また、本を拾う。冒涜的な知識が頭に貯蔵される。そして俺は、完全に理解した。

 ああ、そうか。


 地球、リセットすればいいんだ!

 そうだ、簡単だ!何も地球にとって害なのは俺だけじゃない。人間という生物が何よりも害だ!

 それなら、簡単だ!

 この本に書いてある邪神を復活させて、俺ごと地球を滅ぼしてしまえばいい!

 そうとなれば決まりだ、さっそく復活の準備をしないと!この魔導書があれば、どうにかなる気がしている!

 死ぬ意志など何処にもない、今の心は「人類滅ぼそうモード」だ!

 橋を駆ける。家を目指して走り出す。

 これが俺の新しい人生だ!邪教徒も悪くない、だって俺は害な人間だから!何も変わりやしないさ!

 ハーッハッハーッ!待ってろよ人類!すぐに滅ぼしてやるからなーッ!

 夕日を背に走る俺の姿は、まるで漫画の1ページの様だったろう。



 

 ――さて。始まりましたね。

 嗚呼、失礼。私、とある邪神です。どうぞ、お見知りおきを。

 まぁ、何はともあれ、彼の人生はリスタート。実に面白い。

 フフッ……つまりこれは、"彼の人生"の、はじまりはじまり……ということです。

 皆さんもぜひ、眺めてあげてください。愉快な愉快な、彼の旅路を。

 それでは、また。

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