第35話 感謝と愛

〇■☆◆


 ― ドーン ―


 私の人生が壊れていく。


 ― ドガァ ―


 また壊れる音がした、だけど声も聞こえる。


 ― ドガァ ―


 まだ音が続いている、今度は「クズ部長」という声が聞こえた。


 はっ、私が壊れていく音じゃないんだ、〈クズ〉の動きが固まりおびえているような表情をしているじゃない。

 音がした方を見ると、ホテルの扉が壊されようとしている。


 飛び散った木屑きくずが、桜の花びらのように舞っているのが見えた。


 ― ドガガァ ―


 扉の裂け目からチラッと見えたのは、〈あなた〉に間違いない、私が夫を見間違えるはずがない。


 私はカッと身体が熱くなり、どこにあったのか体の奥から力が湧き出してきた、まだ唖然あぜんとしている〈クズ〉の手を振り払って、すくっと立つことが出来た。

 もう〈クズ〉の言いなりにはならない、ならなくても良いんだ、歓喜で胸が燃えるように熱くなる。


 ― ドガガァン ―


 「〈町田部長〉、あなたはもう終わりよ。 私の夫が助けに来てくれたから、覚悟しなさい」


 夫はやっぱり私のヒーローだったんだ、ヒロインである私が危機に陥ったら、颯爽さっそうと駆けつけて華麗に悪をやっつけてくれるんだ。

 もうれているけど、また惚れちゃうよ、私のヒーロー様。


 〈クズ〉は驚愕で固まっているのか、本来は弱虫なんだろう、声も出せずにただ震えている。

 私の夫の迫力に腰を抜かしたんだ、情ない格好で座り込んでいる、哀れな男だ。


 こんな弱い男に私は良いようにされていたのか、もっと強気になれば良かったんだ、動画を拡散すれば〈クズ〉にもリスクがあったはずだ、部長と言う地位を失う恐れもある。


 ―ドガガァン― ―ドガガァン― ―ドガガァン― 


 扉がベリベリと恐ろしい音を立てて、壊れていく。


 〈クズ〉は恐怖のため目を見開き、「ヒィー」と情けない悲鳴を上げている、うわぁ、股間が濡れているのは、おしっこだ、汚すぎるしもう笑うしかない。


 ―ドガガァン― ―ドガガァン― ―ドガガァン― 


 夫が《美幸》と、私を何度も呼んでくれている、私は「ここよ」と返事をするけど、扉を壊す音が大き過ぎて聞こえやしない。


 だけど、名前を呼んでもらった私は、最上級の幸せに包まれて昇天しそう。

 だって悪党にひどい事をされそうになった時に、愛している人が猛然と救いに来てくれたのよ、こんなの物語でもないわ、あまりにも出来過ぎだもの、それが現実なのよ、昇天してもおかしくないでしょう。


 扉は跡形も無くなり、ぽっかりと空いた空間から、夫がゆっくりと歩いてくる。


 ヒーローのご登場だ。


 悪を滅ぼす主役だから、勿体もったいぶった演出が必要なんだと思うわ。

 カッコイイ姿に私はしびれてしまうの、〈あなた〉を見詰める私は恋にがれているヒロインなんだ。


 「あぁ、願いが〈あなた〉に届いたんだ。 私を助けに来てくれたのね」


 私は〈あなた〉を待ち望んでいたのよ、私を救ってくれた勇者様なんだ。

 〈あなた〉はヒロインの心からの憧憬しょうけいをぶつけられて、戸惑っているのね。

 でもヒーローってそう言うものよ、賞賛を素直に受け取れば、かなりの俺様だもん。


 「うぅ、〈あなた〉はやっぱり私のヒーローだ。 絶体絶命のピンチから救い出してくれたんだ」


 私は我慢することがもう出来ない、〈あなた〉の胸に抱かれることを欲しているの、妻でありヒロインだから許してください。

 涙が止まらない、私はほんの少し前は絶望していたんだ、とても怖かったんだ。

 それを〈あなた〉は、小気味良く解決してくれたわ、そんなのヒーローにしか出来っこない、私を愛してくれている夫にしか出来ないことよ。


 〈あなた〉と結婚して本当に良かった。


 「黙っててごめんなさい。 〈クズ〉におどされていたの」


 あれだけ怖くて言えなかったことが、すんなりと声に出せたわ、〈あなた〉にこんなにも愛されていると分かったから、もう何も怖くないの。


 だけどやり過ぎじゃない、ちょっと待ってよ。


 〈クズ〉を滅ぼしたいのは良く分かるけど、〈あなた〉が犯罪者になるのは良くないことよ。

 刑務所へ差し入れに行ってはあげるけど、私はもっと〈あなた〉に抱かれたいわ。


 ふぅー、杵のが折れて良かった、これがヒーロー補正ってことね。


 だけど止めてよね、今倒れられたらその先に〈クズ〉のおしっこがあるのよ、それは拷問ごうもんに近いことなの、〈あなた〉も理解出来るでしょう。


 「きゃー、〈あなた〉許して。 あんまりよ」


 私はヒロインなのに、こんな仕打ちはないわ、ユーモアよりもシリアスの方が私の好みなのに。


 〈クズ〉がやっと声が出せたのか、何か喚いているけど、浴室から出て来なさいよ。

 汚いおしっこが洗えないでしょう。

 そう思っていたら、優しい〈あなた〉がシーツで、おしっこと鼻血を拭いてくれたわ。


 「本当にありがとう。 私は〈あなた〉に救われました」


 最大限の感謝と愛を〈あなた〉に捧げよう、私は本当に救われたんだ、心からそう思えて最高に嬉しい。


 「触ってくれたのね。 〈クズ〉に汚された箇所が、浄化されていくわ」


 胸も触ってもらった、〈クズ〉に見られたけど気にしていないんだ、それが堪らなく心地ここちいい、もっと触ってほしいな。



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 読んでい頂き、誠にありがとうございます。

 この話にはもう少し続きがありますので、もうしばらくお付き合いをお願いします。


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騙されたフリをして結婚したんだ、不倫の慰謝料をたんまり盗ってやる 品画十帆 @6347

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