第33話 土下座と補正下着

 嫌々ながらラブホテルに入ると、突然〈クズ〉が私に抱き着いてきた。

 入った直後だから、私は不意ふいをつかれてしまって、上手くかわすことが出来なかった。


 お尻をギュッと鷲掴わしづかみにされて、ハアハアと臭い息を首筋くびすじへかけられている。

 私は必死で〈クズ〉の胸を押して逃れることが出来たが、寒気おかんが全身をおそいい夫に申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。


 「あぁー、どう言うつもりだ。 僕に逆らったら、ただじゃおかないぞ。 動画をさらされても良いのか」


 「くっ、そんなことは止めてください。 三百万円用意できますから、これで動画を消去してほしいのです。 どうかお願いします」


 「はっ、消してほしいのか。 それだったら、それが人にものを頼む態度か、が高いんじゃないか」


 私は両膝りょうひざをつき、床にひたいをこすり付けて、土下座どげざで頼むしかない。

 私を卑猥ひわいな動画で脅迫きょうはくしている、〈クズ〉の方に非があるのは当然だけど、私が土下座をすることで問題が解決するなら、躊躇ちゅうちょする必要は無い、私のほこりなんか安いものだ。


 「お願いしたします。 動画を消してください」


 「ゲヘヘヘッ、消してほしいのなら、考えてやっても良いぞ。 ただし、言うことを聞くことが条件だ」


 〈クズ〉は私の後ろうしろがみを乱暴に掴み上げ、顔を強引に上へ向かせたが、私は痛みをこらえてされるがままだ。

 今は耐えるしかいない、張り付いたような笑顔を無理やり浮かべるしかすべはない。

 中腰になった〈クズ〉が私の顔をニヤニヤと見下ろしているのが、とても屈辱的だけど、私が我慢することで皆が幸せになれるのなら、何も辛いことはない。


 顔に悪臭をはなつばがかかってもだ。


 「なんだその顔は、文句でもあるのか。 相変あいかわらずブスだな」


 笑顔のつもりがそうは見えなかったようだ、私は痛みをこらえて、もっと無理やり笑っている顔を作りあげよう、〈クズ〉の機嫌をそこねる訳にはいかないんだ。


 「へへっ、文句などありません。 ただ一千万も持っていません。 三百万円でどうかお願いします」


 「三百万円程度のはした金で、お前は僕の楽しみを奪うつもりか。 お前は素直に言うことを聞くしかないんだよ。 そうだ、良い事を考えたぞ。 お前はこれからストリップをしろ。 それと三百万円で動画は消してやるよ。 次回次々回じかいじじかいのストリップの参考のためだ、また動画で撮ってやるよ。 グヘヘッ」


 くっ、三百万円を渡して動画が消えたとしても、自分で裸になる動画が残るのでは何の解決にもならない。

 それどころか、自分の意思で裸になったのだから、もっと醜悪しゅうあくな動画だととられてしまう。


 動画を消す約束もこんな態度では、信用する方がバカだ。


 〈クズ〉が私をもてあそぶつもりなのは分かっていたはず、三百万円は私にとっては大金だが〈クズ〉は部長職だ、それほどのお金じゃないのは想定出来たはずだ。


 追い詰められていたとしても、自分の見通しの甘さに腹が立ってしようがない。


 私は怒りに任せて手で思い切り床を押すと共に、首を大きく振り髪を掴んでいる〈クズ〉の手を振り払った、そして勢い良く立ちあがってから、〈クズ〉が私のストリップを撮ろうと取り出したスマホを奪ってやる。


 〈クズ〉は私が反撃に出るとは思って無かったようで、すきだらけで簡単にスマホを奪うことが出来た。

 引き千切られた私の髪がハラハラと舞っているが、そんなことに構ってはいらない。


 屈辱の痛みじゃなくて、反抗の痛みは私を鼓舞こぶしてくれる。


 「てめぇ、許さないぞ。 人のスマホを盗るなんて立派な犯罪だ。 泣いて許し下さいと言っても、ぶっ続けでなぶってやる。 バイブを奥まで突っ込んでやるからな、良い声で鳴けよ」


 私は〈クズ〉のスマホを手に持ったまま逃げようと、扉の方へ駆けだしたが、〈クズ〉もバカじゃ無かった、私に体当たりをかましてくる。

 体重差もあり私は吹っ飛ばされて、床をゴロゴロと転がり肩を強打したが、再度扉を目指して走るしか道はない、痛む肩のことは今は忘れるしかない。

 扉の取っ手を掴んだ瞬間に〈クズ〉の手が伸びてくる、もうちょっとだった、後三十秒あれば。


 汚い手で私の邪魔をするな。


 〈クズ〉は力任せに私の手を強く締めあげてくるけど、痛くても我慢するんだ〈美幸〉、ここが踏んふんばりどころだ。

 私は手をブンブン振って必死に抵抗していたけど、注意していなかった、もう片方の手を掴まれてしまった。


 でもスマホは決して離さないわ、この中の動画を絶対に消したいの。


 私は両腕に力を込めて必死にあらがっている、だけど徐々に態勢が崩されていく。

 中年と言っても男だから、力で〈クズ〉にかなうはずもない、私の両手は引き延ばされて〈クズ〉の唇が私へ迫ってきた。


 「ゲヘヘッ、捕まえた。 ほら待っていたんだろう。 キスをしてやるぞ」


 くっ、私が口づけを許すのは夫だけだ、〈クズ〉になんかされてたまるか。

 私はねらいを定めて男の急所である股間に、渾身こんしんの力でりを放ってやった。


 私の全ての筋肉を動員した、最高のキックだったと思う。


 「おぉ、中々良いりだったな。 ただ残念な事に、蹴る場所をそんなに見詰めちゃバレバレだ。 僕の股間に熱い視線を送ってくれたから、お返しに僕の熱いあそこをズボズボとしてやるよ。 まあ、その前にお仕置きだな」


 私に蹴りは無念にも、太ももを閉じてふせがれてしまった、おまけに足が挟まれて抜けない状態になっている。

 〈クズ〉は私の足を両手で掴んだため、片足でやっと立っている状態だ、それなのに〈クズ〉は足を大きく振り回してくる、私は踏ん張ることも出来ずに思い切り壁に叩き付けられてしまった。


 「ドゴォ」と大きな音がした、私はうずくまったまま動くことが出来なくなっている。

 頭が壁に強く当たり、脳震盪のうしんとうを起こしているんだと思う。


 「キャハハ、スマホは返して貰ったよ。 これでお前の凌辱りょうじょくシーンを撮れるってもんだ。 ゲハハッ」


 スマホで動画を撮りながら、〈クズ〉は動けない私の頬に「パーン」「パーン」と平手打ちを二回もする、左右の頬が痛いが私はそれを映画のワンシーンのように感じてしまう。

 まだ私の脳は麻痺まひした状態なんだ。


 平手打ちは〈クズ〉なりの理由で怒っているのだろうが、〈クズ〉の論理はまるで理解出来ない。

 〈クズ〉が下手糞へたくそだったから、謝って手の腹が私に鼻に当たりドクドクと血を流しているらしい感触がある、だけどまだ頭がぼーっとして濃霧のうむの中へいるようで現実感がない


 私の抵抗が無い事を確かめられたためだろう、〈クズ〉が私の服をビリビリに破り始めた、手にはスマホを持って撮影しているようだ。


 「ちっ、これは補正下着じゃないか。 ブヨブヨの嫁を思い出すから萎〈な〉えるぞ。 止めてくれよ、下着もブスさん。 ゲハハッ」


 最後の頼みのナイフはどこにある、働かない頭ではハンドバックがどこにあるのさえ覚えていないし、とても取りに行けそうにない。

 私はスラックスも破かれて、ボディスーツだけの姿にされてしまった、それも今肩ひもに手をかけられて、私が裸にされるのは時間の問題だ。


 〈クズ〉の手と舌でいやらしいことを一杯されて、それを動画に撮られるんだ、バイブでねっちこく私のあそこがなぶらられるんだ、とてもじゃないが耐えられない、もう消えてなくなりたい。


 涙がこぼれてしまう、私がバカだから勇気がなかったから、夫にひどい事をしてしまった。

 好き放題弄もてあそばれるために、私は〈クズ〉の誘いに乗ってしまったんだ、結果論だけど現実はそうなっている、〈ごめんなさい〉と謝ってももう遅いね。


 恐くても相談すれば良かった、楽しいことや辛いことも共有出来て本当の夫婦だ、それを私は自分で放棄してしまったんだ。


 「おぉ、おっぱいが片方見えたぞ。 顔は血だけだから、キスはあそこにしようかな」


 あぁ、夫だけのものなのに胸が見られてしまった、あそこも舐められてしまう。

 うっ、〈あなた〉本当にすみません、私を許してとは言いません、私の事は綺麗サッパリと忘れて、どうか他の女性と幸せになってください。


 だけど〈あなた〉に、〈クズ〉から救い出してほしいと願ってしまう、私はどうしようもないバカだ。


 「〈あなた〉、許して、私を助けて」


 「ゲハハッ、《美幸》もっと泣けよ。 股の間もビチョビチョの号泣ってか、グハハッ。 あの間抜けなら、今頃ボロいアパートででもこいているさ」


― ドーン ―


 私の壊れていく音が世界に響いている。

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