第17話 十本入りと丸缶

〇■☆◆


 備品倉庫で空になった弁当箱を返す時に、また〈美幸〉にお願いをされてしまった。

 今度は俺の家族に自分を紹介してほしいと、言ってきたんだ。


 「んぅ、〈あなた〉と私は付き合っているんですからね。 彼女だとちゃんと紹介してほしいんです」


 キスした後に〈美幸〉は、甘えた感じで言ってきた、これは男と女の仲になったのだから、結婚をして責任をとれと言う意味もあるんだろう。


 家族に紹介するのがすごく難しい訳じゃないけど、俺は過去に付き合った女性を、まだ一度も紹介したことがない。

 短い付き合いだったからそこまでは行かなかったのか、相手が全く俺と結婚する気が無かったのか、たぶん後者だと思う。


 〈美幸〉との付き合いはまだとても短い、数回しか会ったことがないのに、もう紹介しろと言うのは偽りの結婚だからだろう。

 早く俺と結婚して〈疑似寝取り〉を実現したいのだ。


 〈美幸〉はこの前俺に抱かれたけど、不倫相手の〈クズ部長〉と比べて、俺をあざ笑っているのだろうか。

 〈クズ部長〉と二人ベッドの中で、あのバカがと、爆笑しているのだろうか。


 ただわずかな可能性も生じているとも思う。

 俺に抱かれた〈美幸〉の反応は、とてもじゃないが、騙している感じじゃ無かった。

 好きでもない男に抱かれて、あんな顔をするんだろうか、〈美幸〉の真意が分からなくなる。


 〈クズ部長〉よりも俺のことが、好きになってきたのなら、俺は〈クズ部長〉に勝ったと言えない事もない。

 ははっ、きそう相手があの〈クズ部長〉だからな、そうであっても何の不思議もない。

 俺のプライドのために、そうであって欲しいとも思う。



 いい機会だから、俺は〈美幸〉を家族に会わせて、反応を見ることにした。

 〈立っているものは親でも使え〉と言うからな、親にも役に立ってもらおう。


 日曜に俺の実家に〈美幸〉を連れていき、家族に会わせることになった。



 今日は土曜なんだが、どうしてもと言うから、〈美幸〉の家へ行く事になっている。


 えらく長いメッセージを何度も送ってきたのだが、要約すると、俺の実家に行く前に作戦会議を開きたいとの意向だった。


 自分の個人情報も一杯送ってきた。

 生年月日に血液型、学歴に持っている資格まで送ってくる始末だ。

 おっ、秘書技能検定の1級を持っているぞ。


 それにしてもだ、両親が事故で亡くなったことを、事細ことこまかくかく教えて貰わなくても良いのにな。

 俺に知って欲しかったらしいけど、家族になると決まった訳じゃないんだぞ。

 また、お返しに俺の事を根掘り葉掘り聞かないでほしい。


 純粋に結婚を考えているのなら、相手の事をある程度は知っていないとおかしいと思うが、偽りの結婚ならそんな事を知ってもあまり意味がないだろう。

 レアリティを出すためだけに、大袈裟おおげさなことまでするんだな。


 俺を上手く騙すために慎重しんちょうになっているのか、ここまでされたら〈美幸〉の真意が本当に分からなくなる。


 午前中は買い物があると言うので、お昼過ぎから〈美幸〉の家で何だか分からない作戦会議の実施中だ。


 「はぁ、私まで緊張してくるわ。 明日は〈美幸〉ちゃんの援助をお願いしますね」


 「援助なんて必要ないですよ。 〈美幸〉さんはしっかりされていますからね」


 「ふふっ、そう願いたいものですわ。 私は〈子供食堂〉へボランティアに行きますから、ごゆっくりしていらしてね」


 「ぶー、〈おばあちゃん〉ひどい。 そこは笑うところじゃないよ」


 〈おばあちゃん〉は、〈美幸〉を家族に紹介するのを手放しで喜んでくれているけど、交際している場合には〈援助〉を使わない方が良いと思うな。


 まあ、〈おばあちゃん〉が喜ぶ気持ちは分からなくもない。

 それはそうだろう、結婚を前提とした真面目な付き合いと、普通はそう取るわな。


 でも悲しいかな〈おばあちゃん〉の孫は、〈クズ部長〉と不倫しているんだぞ。

 〈おばあちゃん〉には悪いけど、嬉しがるような話じゃないんだ、でも俺は悪くない。


 差し出された〈美幸〉という女を、抱くだけ抱いて利用もしようとはしているが、不倫に飽き足らず、下劣なプレイをしようとしている二人が悪いんだよ。

 金欲かねほしさと性欲に負けて、それに乗ったふりをしている俺は、ちょっぴり悪いだけさ。


 「この羊羹ようかん十本入りと、そのクッキーの丸缶はどっちが良いと思う」


 はぁ、手土産なんてどうでも良いじゃないか。


 「どっちでも良いよ。 むしろ無くても良いくらいだ」


 「もぉー、ちょっとは真剣に考えてよ」


 〈美幸〉はプーと頬をらませて、不満たらたらだ。

 大いに無駄だな、こんなことは早く終わらせよう。


 「はいはい、分かったよ。 年寄りには、やっぱ羊羹の方が良いんじゃないか」


 俺の両親は五十歳を超えているから、充分年寄りだ。

 それに俺は羊羹があまり好きではない、クッキーと言わなければ、後で食べられる可能性もある。


 「ふむ、やっぱり羊羹ですか。 初めて会いますからね。 無難ぶなんな線で行きますか」


 〈美幸〉は一人で頷いてしきりに頭を縦に動かしている、自分自身を納得させているのだろう、いちいち邪魔くさいな。


 俺はその間に〈美幸〉の部屋をぐるりと見渡した。

 〈美幸〉の部屋は二階にあって、八畳ほどの大きさの和室だ。

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