騙されたフリをして結婚したんだ、不倫の慰謝料をたんまり盗ってやる

品画十帆

第1話 俺と私

 俺は人を信用していないサラリーマンだ。


 決まった時間に毎朝会社の入り口をくぐって、夜7時頃になったらアパートへ帰るという生活を、もう数年惰性だせいのように繰り返している。


 朝食は食パン一枚だけで、夕食はコンビニ弁当かカップラーメンが多い。


 ボーナスが支払われる年二回、一人焼き肉で豪遊するのが、唯一の楽しみで至福の時なんだ。

 豪遊と言っても、生ビールを三杯飲んでロースやタン塩を腹一杯食べるだけだが、あぁ、生きてて良かったと心から思える瞬間だ。


 待ちに待っていたボーナスが三日前にようやく出たので、ネットで当たりをつけていた焼き肉屋を探していたんだが、一筋道を間違てしまったらしい。


 新しい店を開拓しようと、軽い浮気心に従ったのが失敗だったか。

 繁華街を過ぎて、ホテル街のケバケバしい看板が、林立りんりつしている所まで来てしまったぞ。


 ちっ、だるいな、あの狭い通りで合ってたんだ。

 心の中でそうつぶやいた時に、知った顔がホテルへ入るのを偶然見てしまった。


 あれ、あの子は経理部のものすごく地味な女子職員じゃないか。

 根暗で容姿も良くなくて、いつもオドオドとしているから、他の女子職員からいじめにあっていると噂が流れていたはずだ。


 安い服しか買ったことのない俺から見ても、おしゃれとはとても言えないおかたい服を若いのに平気で着てくる、真面目だけが取りとりえだったはずなのにな。

 俺が経理部に行った時も、モゴモゴと小さな声でろくに挨拶あいさつも出来ないような、超大人しい子だと思っていたのだが。


 意外すぎるぞ。


 おっ、それに相手はなんと、〈町田部長〉じゃないか。

 俺が今いる部署のお偉いさんだ。

 異動前は経理部だったから、その時にいかがわしい関係になったんだな。


 真面目だと思っていた子が、不倫のためにラブホテルに入ろうとしているのか、やっぱり人って裏の顔はいやらしいものだな。


 ただ〈町田部長〉は常務の娘と結婚して、コネで部長にしてもらったって言う評判だぞ。

 会社の若い女性と不倫なんかして、離婚となったら、出世コースから永遠に脱落してしまうな。

 へたをしたら地方の営業所へ飛ばされてしまうぞ、これからは部長と一定の距離を置くことにしよう。


 俺は自分には関係ないことだと思い、新しい焼き肉屋で俺が言うところの豪遊をしてアパートに帰った。


 新しい焼き肉屋は味が普通なのに、値段が高かったので、今一との評価になる。


 〇■☆◆


 くっ、また〈町田部長〉の唇が私に迫ってくる。

 ナメクジみたいにぬめっとした感触が、すごく気持ちが悪い、心が悲鳴をあげて体にどうしようもなく悪寒が走ってしまう。


 この唇の感触が、もう直ぐ私の胸や股間に移っていくんだ。

 想像もしたくない。

 最後には、この男のものが私の体の奥へ差し込まれてしまうなんて、ひどい悪夢でしかない。


 私は体を固くして、地獄の時間が過ぎ去るのを待つことしか出来ない。



 私の仕事のミスをかばっってくれた時は、何て頼りになる人だと思ったのに。

 親身になって私の悩みを聞いてくれたし、高級なレストランでご馳走されたこともある。

 小さな頃に亡くなったお父さんは、こんな感じかなって、嬉しく思っていたのに。


 どうして私は、お酒があまり強くないのに、あの日はあんなに飲んでしまったのだろう。

 〈町田部長〉に勧められるまま、口当たりの良い甘いカクテルを沢山飲んでしまったんだ。


 私は暗い性格で話下手だから、職場にあまり馴染なじめて無かった。

 その私を気にかけてくれる〈町田部長〉の機嫌を、悪くするのが怖かったんだと思う。

 それに心から信頼もしていた。


 だけど記憶が無くなるまで、何も考えずに飲んでしまったのは私の大きなミスだ。

 今更いまさらだけど、悔やんでも悔やみきれない。


 酔いがめた私は、入った記憶がないホテルの部屋にいたんだ。

 それも一糸まとわぬ姿で、ベッドの上に転がされていて、私の下着は散らばったまま床に落ちていた。

 おまけに裸の私のお腹には、中身が入った避妊具が、べちゃっと貼り付いているのが見える。


 私は「いやー」と大きな悲鳴をあげたと思う。


 血のちのけが引いて倒れてしまいそうだったけど、股間を確認しない訳にはいかない。

 例えそれが、絶望をもたらすことであってもだ。


 もう分かってはいたけど、取り返しのつかないことになっていた。

 確認しなくても分かっていた、めた瞬間から股間に違和感がハッキリとあり、今もジンジンと痛むのだから、自分自身をだますことは出来ない。


 うぅ、初めては好きな人にあげたいと思っていたのに、私は酔って記憶のないまま、大切なものを失ってしまったんだ。

 〈町田部長〉を良い人だと思っていたのに、お父さんと重ねて見てたのに、ひどい人だったんだ。

 酔っているのを良い事に、欲望を満たすため乱暴をするクズだったんだ。


 庇ったり優しくしてくれたのは、警戒心を下げるためにしたことで、私はお手軽な女だと思われていたってことだ。

 〈町田部長〉の評判は悪かったのに、まんまとわなめられた私は、大間抜けで大バカだ。


 〈町田部長〉は自分だけ帰って、ホテルの部屋にはもういなかったが、いない方が良かった。

 〈町田部長〉に抱えられて、フラフラと歩いていた記憶が残っている。

 お尻を触られて嫌だなと思っていたけど、私は酔ってボーっとしていたんだ。

 正常な判断が出来ていなかった。


 あぁー、どうして私はあんなに酔ってしまったんだろう。

 自分で自分をめ殺したくなる。


 時計を見るともう真夜中になっていた。

 早く帰らなくては。


 家で私を待っててくれる、〈おばあちゃん〉だけには、このことを知られる訳にはいかない。

 怒りすぎて哀しみすぎて、持病の心臓の病気が、どれだけ悪くなるだろう。

 あまりのショックで…… 。

 この先は想像でもしたくない。


 家に帰った私は、〈おばあちゃん〉の問いかけに曖昧あいまいにしか答えられなかった。

 心配そうに私を見ている〈おばあちゃん〉に、すがりつきたくなってしまうけど、

私のおろかかさで負担をかける訳にはいかないし、誰にも知られたく無い。


 私は〈汚された皮膚なんかやぶれろ〉といかりに任せて体を洗い、シャワーの音にまぎれて大声で泣くしかなかった。



 次の日は、何とか気力を振り絞って会社へ行った。


 〈町田部長〉と顔を合わせるのはものすごく嫌だったから、本当は行きたくは無かったのだけど、〈おばあちゃん〉に心配をかけたくないし、私が働かないと生活に困ってしまう。

 奨学金の返済もまだ残っている。


 だから歯を食いしばり、死んでしまいたい心を隠して、会社へ行かなければならない。


 〈町田部長〉は私を見てニチャッと笑っていたな。

 殺したくなってしまう。


 部長室に入った後、メッセージも送ってきた。


 「次は死んだマグロじゃなくて、声を出して腰を振れよ」


 ぐっ、こんな男に私は、体を好き放題されてしまったのか、会社だけどトイレで泣くのは仕方しかたがないよね。


 私は〈町田部長〉に乱暴されたが、泥酔していたため、キスをされた感触や胸やあそこに触れられた記憶がないのが救いだった。


 でもそれは甘い考えだったと思い知らされる。

 〈町田部長〉からまた届いたメッセージが、私をさらなる地獄へ突き落していく。


 最悪のメッセージだ。

 私の裸を動画で撮ってあるって言うんだ。

 それをネットにさらされたくなければ、言うことを聞けっていってきた。


 ここまでクズだとは思はなかった、私が一体どんな悪い事したって言うのよ。

 怒りと憎しみで頭がどうにかなってしまいそう。

 恥ずかしさと情けなさで、死んでしまいたい。


 私の裸が皆に見られたら、もう会社に居られないし、家の外へも出られそうにない。


 でも私が死んだら、私がお金を稼げなくなったら、〈おばあちゃん〉はどうなるの。

 ひどい事になってしまう。

 直ぐに死んでしまうよ。


 そんなの嫌だ、私のせいで〈おばあちゃん〉を不幸には絶対にしたくない。



 だから私は今、屈辱と羞恥に耐えている。


 クズの〈町田部長〉にラブホテルへ連れて来られ、裸の体を舐め回されているんだ。


 下着は上下とも濃いベージュで着古した物をはいてきたから、〈クズ部長〉は顔をしかめて「その汚い物を早く脱げ」と怒鳴っているけど、私は心を閉ざしているから気にならない。

 私は始めからずっと表情を表に出さないようにしていた。

 全くのノーメイクでもあり、生気のない土色の顔をしていたと思う。


 だって、私には身を固く強張こわばららせて、地獄の時間をじっと耐えることしか出来るすべがない。

 地獄の責め苦が、少しでも早く終わってくれることを祈るしかいない。


 「けっ、おまえはブスのうえに、声も出さないし反応が無さすぎる。まるで死体を抱いているようで、〈みすず〉とは大違いだ。心底つまらない女だな。時間の無駄だから、早く出ていけ」


 私はクズの言うように死体になっていたんだ。

 クズに抱かれるのだから、死体になるのは当然だと思う。

 クズは生きる気力とほんの小さな幸せまでも、その汚い口で全て吸い取ってしまう。


 〈もう出ていけ〉、その言葉を必死に耐えて待っていた。

 クズに裸を見られて触られているのは、死ぬことより辛いんだよ。

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