私と勇者さま

彩瀬あいり

第1話 はじまり


 ストレチア王国には、王家代々つづくなわわしがあります。

 それが、霊峰山の頂に咲く花を持ち帰ることです。


 むかしむかし、王国が災厄に見舞われた折に、守り神たる不死鳥が一粒の種を与えました。


 願いをこめて育て、花と成せ。

 万能の薬となろう。


 わざわいに心を痛め、哀しみ嘆く姫の純粋な涙を糧に育った種からは、美しい花が咲きました。煎じた薬はたちどころに病魔を散らし、ひとびとは生きながらえることができたといわれています。

 以来、王家の姫君は十七のとしに入山し、頂にあるとされる花を持ち帰ることが、成人の儀とされているのです。



 霊峰山への道は険しく、道中のそこかしこに魔物が生息しています。

 そのため、儀式へ向かう一行を守護する存在が必要で、それを担う存在が『勇者』でした。

 これもまた、過去の伝承になぞらえたものです。


 姫と勇者アーサーの物語は、戯曲の題材にもなるほど、世に知られた物語。

 か弱き姫を守るために戦い、傷ついた勇者を癒した姫君のロマンスは、役柄をそのままに、内容を変えながら民のこころに浸透しています。

 あるときは魔物の牙に斃れた勇者を救い、またあるときは、不死鳥に焼かれた姫を命がけで勇者が救う。


 どんなかたちであれ、そこには『花』が存在します。

 ストレチア人にとって『花』とは、想いを伝える手段であり、愛の象徴。


 りすぐりの花を一輪。

 まだ蕾の状態で差し出して求婚し、開いた花とともに返事をするのが、恋人たちが交わす愛の儀式でした。



     ◇



 国の外れにある村は貧しく、村人たちは慎ましやかな生活を送っています。おおきな町へ行くにも、朝早くから馬車を駆る必要がある、ちいさな村です。

 その村に住む大工の息子は、とても不器用な少年でした。


 子どもたちはみな、自身の親を手伝いながら仕事を覚え、後継ぎとなるものですが、少年はいつまで経っても、仕事がうまくできませんでした。

 木材を押さえていろと言われたら、その板を割り、釘を打とうにも金槌すら壊してしまう。

 物を直すどころか壊してしまうものだからたまりません。なにひとつまともにこなせない愚鈍な奴だと、周囲に笑われて過ごしています。


 こいつには、もっと違う仕事が向いているのかもしれねえなあ。

 父親は溜息をつきながら考え、母親は息子が破壊した品々を弁償するべく、お金のやりくりをしていました。


 自分は駄目だと嘆く少年を、リマはいつも励ましていました。

 たしかに彼は大工の仕事はうまくありませんでしたが、とても心の優しい少年です。母親が病気で亡くなったとき、ずっと一緒にいてくれたのは彼でした。ふたりが生まれたときに植えた樹木の傍で、よく遊んだものです。


 彼とその両親は、父子家庭となった隣家の自分たちに、なにくれと世話をやいてくれる気のいいひとたちなのです。ほんのすこしぐらい不器用だからって、それがなんだというのでしょう。

 それなりに器用だと自負するリマは、彼のぶんもせいいっぱい、自分が頑張ればいいのだと思っておりました。



 その日は、近くの町で大きなバザールが開かれる日です。見物がてら町へ出かける幼馴染一家とともに、リマと父親も出かけました。

 細工師であるリマの父親は、町に出たときに作ったものを売りに出し、必要な物を買っています。バザールに店を出す手伝いは、リマがいつもやっていることでしたので、その日もいつものとおり、商いをおこないます。

 すると、バザールの中心。そのひとだかりで大きな声があがったのです。

 なにごとかと思ったリマの耳に、渦の中心から伝播した言葉が届きました。


 勇者が現れたらしいぞ。

 それもまだ、子どもだとか。

 今の姫君の『勇者』になるのだから、似合った年頃になるのは必然じゃないのか?


 さわさわと、ひとびとがざわめきます。どうやら今回のバザールで、勇者の選定がおこなわれたらしいのです。

 勇者の選定は、剣の試練です。重くて重くて仕方のない『勇者の剣』を持つことができる者。それが、当代の『勇者・アーサー』です。


 興行のようにおこなわれる勇者選定は、身分に関係なく勇者の資格を得られることで、人気があります。歴代の勇者は、富裕層の人物ではなく、市井から出てくることも多いのです。

 いつ、どこの町で選定があるのかは、わかりません。それすらも引き寄せる幸運の持ち主こそが、勇者たりえるのでしょう。


 勇者の選定に立ち会ったひとびとは高揚し、周囲ではお祭りさわぎが始まりました。

 屋台は大盤振る舞いです。近くの店からは酒樽が持ち出され、道行くひとたちに振る舞われます。十二歳のリマはまだお酒を飲むわけにはいきませんから、果汁が手渡されます。それぞれに行き渡ったところで、誰かが音頭を取って、乾杯の声があがります。


 リマは辺りを見まわしました。

 幼馴染の少年の姿を求めて、きょろきょろと頭を巡らせました。

 けれど、彼も。彼の両親もどこにもいなくて。

 そうして次に彼の顔を見たのは、町のお偉いさんたちに連れられて、立派な剣を抱えたときだったのでした。


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