第20話:蠢く者

巨大なガラス窓から東京の夜景が一望できる68階建てビルの最上階に位置するサイファー・アーキテクチャ社。実質的に、ライフコードの管理運営を行っていた。ただ、表向きは政府から委託されてライフコードの管理運営を行っているのは最大手のIT企業であるジャパン・データマネージメント社であったから、複雑なスキームによって隠蔽されているサイファー・アーキテクチャ社の存在を知るものはほとんどいなかった。


サイファー・アーキテクチャ社の役員室。その中心にいるのは、エターナル・ソサエティのリーダー黒川彰だ。25歳でサイファー・アーキテクチャ社を創業し、予告通り50歳でCEOを退任、会長を経て相談役に収まった。その野心的な風貌はとても54歳には見えない。鋭い眼光で、部下たちを見回している。


「状況報告を頼む」


黒川の声が低く響く。


羽田真琴はねだまことが一歩前に出る。33歳の彼女は、広告代理店から黒川にスカウトされ、サイファー・アーキテクチャ社の現CEOにして彼の右腕だ。野心に満ちた眼差しで、彼女は報告を始める。


「はい。真島樹たちの動きが活発化しています。特に、ライフコードへの不正アクセスが増加しています。ただ、既に対処済みです」


「具体的には」


黒川は冷静だ。


羽田が続ける。


「真島と橘の2名は既にクオンタム・ダイナミクス社を解雇されています。こちらで、そのように仕向けました。政府から付与されていたライフコードへのアクセスキーも、内閣府に依頼して既に無効化しています」


「そうか」


黒川が頷く。


「ただ、政府がアクセスキーを無効にするまでの10日間に、彼らは我々のアクセスログを入手しています」


レイチェル・チェンが静かに答える。彼女は29歳の天才的プログラマーで、AI関連の国際学会でもその名前を知られている。


「詳細を」


黒川が促した。


「真島らはクオンタム・ダイナミクス社のサーバー経由でライフコードのコアシステムに到達し、隠しディレクトリ内のアクセスログを入手しました。どうやらドクター御厨も関与しているようです」


黒川が呟く。


「奴らを過小評価していたか」


レイチェルが続ける。


「それとは別に、詳細不明の方法で、ライフコードへの不正アクセスを不定期に行っている人物がいます。ハッカーの吉岡結月です」


黒川は目を閉じ、腕を組んで聞いている。


そこに、サイファー・アーキテクチャ社から内閣官房に出向中の五十嵐剛いがらしたけしが口を挟む。


「橘澪のSNS工作も我々の障害になりつつあります。ジャーナリストの西村恭平の影響力も無視できません。また、斎藤蓮も動いているようです」


黒川は深いため息をつく。


「より強硬な手段が必要だな」


「物理的な排除も可能ですが」


身長180センチを優に超える大村康平おおむらこうへいが前に出る。黒川の警護を主に担当する元特殊部隊員の彼は、冷酷な表情で言葉を続ける。


「私が直接行動しても構いません」


黒川は一瞬考え、首を振る。


「いや、まだその時ではない。彼らを社会的に孤立させる。家族、友人、全ての関係者の評価値を操作しろ」


全員が無言で頷く中、黒川は最後にこう付け加えた。


「そして、吉岡結月には特別な対策を。レイチェル、彼女のハッキング能力を永久に封じろ」


レイチェルが無言で頷いた。エターナル・ソサエティの攻撃が、今まさに始まろうとしていた。

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