呪い呪われ、穴二つ

坂本 光陽

呪い呪われ、穴二つ①


 殺したい相手は誰だって一人か二人はいるだろう。


 もちろん、99%の人間は頭の中で考えるだけであり、実際に殺したりするわけではない。もし、そんなことになっていたら、殺人件数は優に百倍以上になり、刑務所は犯罪者で満員になっていることだろう。


 しかし、相手を殺しても誰にもばれず、絶対に捕まらない、としたらどうだろうか? 僕は人並みの正義感を自負しているが、その誘惑を拒絶することは難しい。


 前置きが随分と長くなってしまった。今回は僕の友人の話である。


 仮にYとしよう。Yは中学の同級生だった。親友というほどでないが、喧嘩と仲直りを何度か繰り返した関係である。社会人になってからも、毎年、年賀状のやりとりを続けてきた。


 そんなYから久しぶりに連絡をもらったのは、僕がテレビ業界で働いていた時だった。


「折り入って相談したいことがある。来週、上京するので、時間をつくってもらえないか?」そんな内容のメールをもらったのだ。


 僕たちはJR有楽町駅近くの喫茶店で待ち合わせた。年賀状のやりとりはしていたが、実際に顔を合わせたのは十年ぶりぐらいだったろう。


 Yは昔から小太りの体格だったが、その時は見間違えるほど、げっそりと痩せていた。聞けば、この数カ月で体重が20kg以上減ったという。病気や体調不良のせいではない。


 原因は、幼い息子を交通事故で失ったせいだった。


 雨の日に横断歩道を渡っていた時に、走行中の乗用車にはねられて、ほぼ即死だったという。しかも、ひき逃げだった。犯人は今も捕まらず、逃げ続けている。


 年賀状でYの息子が産まれたことは知っていたが、数カ月前の不幸については全然知らなかった。お悔やみの言葉を伝えるだけで、僕は精一杯だった。


 話題は、Yの相談事に移った。


「俺、犯人の奴を呪い殺してやりたいんだ。頼む。確実に呪い殺せる方法を教えてくれ」


 説明が必要だろう。Yが相談相手に僕を選んだのは、僕がスタッフとして参加しているテレビ番組で、〈呪い〉を扱ったことがあるからだ。


 その番組の内容は、心霊現象に襲われた家族を霊能者が救うというものだった。


 家族は何者かに呪われていた。病気や事故などの不幸が相次ぎ、家の中は澱んだ空気が支配していた。番組から依頼を受けた霊能者は、その家を訪れて家族にとりついていた呪いを祓うことで、見事、心霊現象を収めたのである。


 番組の中で少しだけ触れたのだが、一部の霊能者は呪いを祓うことだけでなく、呪いをかけることもできるという。


 つまり、呪い殺せる、ということだ。法に触れることなく、特定の相手を始末する。道義的に許されることではないが、そういったことは人知れず行われている。よく知られた方法を挙げれば、藁人形の「うし刻参こくまいり」ということになるのだろう。


 世の中には、呪いにしかすがれない人間がいる。Yもその中の一人だった。


「犯人は息子を殺したくせに、のうのうと暮らしていやがるんだ。絶対に許さねぇ。死んでも犯人の奴に復讐してやる」


「そういったことは止めといた方がいい。プロの霊能者も言っていたよ。〈人を呪わば、穴二つ〉。呪いってものは必ず、仕掛けた側に返ってくるらしい」


「返ってきても構わない。俺にはもう、失うものは何もないからな」


 聞けば、Yは先日、勤務先を辞めたばかりで、奥さんとも正式に離婚をしたという。


「だから、呪いのかけ方を知りたいんだ。いや、プロの霊能者を紹介してくれるだけでいい。カネなら、いくらかかっても構わないんだ」


 そんな風に頼まれたが、素直に「わかった。紹介しよう」とは言えない。僕は繰り返し、考え直すように説得した。


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