第55話 この立場に
剣は黒から虹色に光り輝いた。
「何が目的なんだ、なぜシャロンの従者をしているんだ!?」
彼はそれに答えず、剣身を眺める。
「剣の色が変化しましたね。愛の力で、魔王の命を断てる聖剣になるんでしたっけ。今、俺が魔王ですし。俺を倒すことができそうですね。愛の力で聖剣になったんでしょうか」
この男が言う通り、王家の剣は真実の愛を抱く、魔力保持者が使用すれば、どんな強い魔でも滅すことができる。
クライヴは横を向いて続ける。
「お嬢様曰く、あなた以外の攻略対象ルートの場合、あなたがヒロインに剣を渡し、他の攻略対象が使うらしいですけれど」
ライオネルは眉をひそめる。
「なんだって?」
「いえ」
「まだ何か隠しているな……」
「隠していますが」
首を切る前に、はっきりさせなければならない。
「どうしてデインズ公爵家に入り込み、シャロンの従者をしていた?」
クライヴはこちらに向き直った。
「世界を滅ぼすか選ぶように父に言われたのです。母を失い、俺は殺されそうになった。母が亡くなった当時のことを調べようと思い。それにはデインズ公爵家に入り込むのが最適でした」
「世界を滅ぼす気なのか」
「今の状況をもう少し続けたいです。お嬢様の従者として」
「シャロンのそばにいたいと?」
クライヴはかすかに笑んだ。
「お嬢様はおもしろいので。ここであなたを殺すことも、あなたに殺されるつもりもないんですよ」
この男を、このままのさばらせておけない。
「邪悪な存在を、大切なシャロンのそばには置けるわけがない!」
ためらいなく剣を横に振るう。クライヴは剣を躱し、凍てつく鋭い双眸で、ライオネルの額に掌をかざす。
意識が急速に遠くなり、ライオネルはその場に崩れおちた。
上から言葉が降ってくる。
「邪悪な存在ね……。俺はこの立場に生まれたくて生まれてきたわけじゃない」
※※※※※
「──ルイス」
「はい」
後ろで控えていたルイスがクライヴの前にきて跪いた。
クライヴはライオネルを見下ろし、指示を出す。
「客室に移動させろ。酒に酔って倒れたことにでもなる」
「承知しました」
ルイスはライオネルを背負い、階段を降りる。
話し過ぎた。
ライオネルに正体を明かすつもりはなかった。
ライオネルの部屋の寝台で、シャロンが休んでいると知り、感情が逆なでされたのだ。
王太子の記憶から、今のことはすべて抹消しておいた。
自分らしくないと苦笑し、クライヴは階下に行き、王太子の部屋に入る。
寝台ではシャロンが眠っていた。
「お嬢様」
呼びかけても、返事はない。
いつもそばについているクライヴの声は、ひょっとして子守歌のように聞こえるのか。
なかなか起きてくれない。
彼女に近づき、眠る彼女の耳元に唇を寄せた。
「起きてください、お嬢様」
「ん……?」
目覚めないので、そのこめかみに口付けた。
愛おしさが突き上げる。
(ああ、俺はお嬢様が好きだ……)
最初は、利用するために近づいた。
王家で過去起きた事実を探ろうと、デインズ家に入り込んだ。
自分は魔王で、悪の最たるもの。
だが彼女は身分も気にせず、悪も頭ごなしに否定しない、変わった少女だった。
シャロンをおもしろく思い、興味をもち──いつの間にか惹かれていた。
そばにいて、シャロンの悩みも、どれだけ彼女が一生懸命で、純粋で心やさしいかクライヴは誰よりわかっているつもりだ。
世界を滅ぼせない。彼女の恋する男を殺せない。
シャロンを愛しているから。
(王太子を殺したくて仕方なくても)
「う……ん」
彼女は寝返りを打ち、クライヴの背に手を回してきた。
「お嬢──」
「ライオネル様」
彼女は寝ぼけて、自分を王太子と思っている。
彼女の婚約者──それは自分だったかもしれない。
父が魔族でなければ。
先王が亡くなったあと王位に就いたのも、彼女と婚約していたのも自分だったかもしれない。
シャロンの背に手を置き、長い髪に触れる。
彼女はまだ眠りの中にいる。
シャロンは、世界の滅亡を防ぐには、魔王を倒す必要があると言う。
ならばいずれ、自分はシャロンに倒されてしまうのだろうか?
その気になれば、世界などすぐに己の魔力で壊せる。
しかし滅亡など望んではいない。
そうなればシャロンもいなくなってしまうから。
だから世界を、人間を生かすほうを選ぶ。
彼女といられる時間が続くよう。
今しばらくは従者のままいたい。
いずれどうしようもなく、変わってしまうとしても──。
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