第52話 惹かれたはず

 問いかけてみれば、少女は吐息を零した。


「あたし、婚約前に恋をしたひとがいて。そのひとについてシャロン様に話していました」

「好きなひと?」


 彼女の婚約者が顔色を変えて少女に訊く。


「誰なの、ドナ?」

「クラスメートの、クライヴさん」


 彼女は婚約者に答え、ライオネルのほうを向く。


「クライヴさんはシャロン様のお付きですから、シャロン様にご相談を。それだけです!」

 

 彼女は力強く言葉にする。

 ライオネルは逆に疑問を抱いた。

 本当にそれだけか?


「今は好きじゃないのかい?」


 婚約者に問われた少女はこくっと顎を引いた。


「ええ。今はあなたに恋をして、あなた以外のことは考えられないもの……!」

「ドナ……!」


 またふたりの世界に入ってしまった。


「邪魔をしたね……」

 

 もう少し詳しく聞きたかったが、仕方なくライオネルはそこをあとにした。

 どうやら少女は以前にクライヴのことが好きで、そのことでシャロンに相談をしたらしい。

 なぜ、それをシャロンは話さなかったのか。

 個人的なことだからか?

 

 自室へと戻れば、シャロンが寝台で寝息をたてていた。

 サイドテーブルにはグラスがある。

 ワインを飲み、眠ってしまったようだ。


 ライオネルはシャロンの隣に横になった。

 長い髪を撫でる。


「シャロン」


 愛おしさが込み上げ、シャロンを抱きしめると、ふっと彼女は目を開けた。


「ライオネル様……?」




※※※※※




 瞼を持ち上げると、目の前にライオネルがいて、シャロンは心臓が飛び出るかと思うほどびっくりした。

 美しい双眸が間近にあり、自分を見つめている。

 起き上がろうとすれば、ライオネルはそれを止めた。


「待って」


 ライオネルはシャロンを抱きしめながら言う。


「しばらくこうしていて」


 やさしく抱擁され、冀うようにささやかれ、身じろぎできなかった。

 どうしよう。

 なぜこんな状況になっているのだろう?

 

 ライオネルを待っているうちに、眠ってしまい、目を覚ますと彼が戻ってきていて、こうして抱きしめられていたのだ。

 シャロンはライオネルに言い募った。


「も、もう少し離れてくださいませんか?」


 これでは会話すら難しかった。


「わかった」


 彼は抱きしめるのをやめ、少しだけシャロンから離れた。

 その代わりに今度は手を握った。

 どきどきするシャロンを、ライオネルはまっすぐに見つめる。


「さっき、君のクラスメートに聞いたよ」

「き、聞いたって……何をです……?」


(本当に聞きに行っていたの……)


「クライヴへの恋の相談を彼女は君にしたらしいね」


 すべてドナは話してしまった?

 全部でなくとも、今の婚約者と出会う前にクライヴに恋をしたことを彼女が話したのなら、告げてしまって問題ないだろう。

 ライオネルに怒られるかもしれないが。


「……本当はわたくし、彼女に相談を受けたのではなく、彼女を呼び出し、意地悪をしたのです」

「意地悪?」

「そうですわ」

「どうして?」


 ゲームをハッピーエンドに導くため、悪役令嬢として暗躍しようとした。

 だが、それを説明しても仕方ない、理解してもらえない。


「……校内でライオネル様と知り合った彼女が、ライオネル様に近づいているのではないかと思ったのですわ。それで彼女に確認したのです」


 すると彼は目を点にした。


「どういうこと……? 僕は確かに彼女と校内で会ったけれど、道を教えただけだよ。彼女のほうは覚えていないようだったし。僕も彼女に何の興味もない」


 シャロンは、その言葉がにわかには信じ難かった。

 ゲーム内で彼は、ヒロインに最初から興味を抱いていたからだ。

 素直で明るく、物怖じしないヒロインの性格や、ふわりとした外見に惹かれていたのだ。


「それは嘘ですわ、ライオネル様」

「え?」 

「惹かれたはずです」


 覚悟していたことだけれども、実際言葉にすれば、じりっと胸が焦げるような気がした。

 ライオネルはかぶりを振る。


「惹かれてなんていないよ」

「彼女のことを覚えてらっしゃいましたわ」


 イベントはほんの短い間だ。惹かれたからこそ、印象に残っているのだろう。

 ライオネルは呆気にとられたようだ。


「髪色が珍しかったのと、豪快に迷子になっていたから覚えていた。案内図が横にあったのに迷っていて」


 確かに彼女は珍しい髪色をしている。

 ゲームでも案内図がそばにある場所で、迷子になった。

 シャロンが探るようにライオネルを見てしまえば、彼はなぜか嬉しそうにした。

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