第51話 恋ではない

「彼は従者としてついてくれているだけで、恋ではありませんわ」

「従者としてではなく、クライヴさんはシャロン様を好きです。そういう目でシャロン様を見ていますもん。大丈夫、あたし誰にもいいませんからね!」

 

 付き合っているフリなどしてしまったからだ。彼女は自分たちが恋仲だと信じてしまっている……。シャロンは嘆息した。


「あたし、来月結婚して、彼とガイエン王国に行きますし」

「ガイエン王国に行かれるの?」

「はい。彼が教師をやめて外交官になるので。あたしも彼について行くんですよ」


(彼女、この国を出るの……?)


 ガイエン王国はここからかなり遠い国だ。

 本当に急展開である。

 覚束ない足取りでシャロンがドナと大広間に戻れば、彼女はじゃ! と笑顔で婚約者の元に駆けていった。

 それを唖然と見送ると、ライオネルがシャロンの前に歩み寄ってきた。


「話は終わったかな、シャロン」


 はっとして彼に向き直る。


「ええ……お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした」

「いいけど。何の話をしていたの?」


 クライヴのことを諦めてもらうため、クライヴと付き合っているフリをしていたのだと彼女に説明していた。

 なんてこと、ライオネルにけっして言えない。


「あの……以前、彼女に相談を受けて。それに関するお話ですわ」

 

 ライオネルはシャロンの腰に手を回した。


「ちょっと移動しようか」


 ライオネルはシャロンを連れ、大広間を出る。

 シャロンは戸惑いながら、彼と廊下を歩き、庭に出て白亜の宮殿内に入った。

 ライオネルの宮殿である。

 シャロンは彼に問うた。


「ライオネル様、お部屋に行かれますの?」

「そうだよ、僕の部屋」


 大理石の廊下を進み、彼は大きな扉の前で足を止めた。


「入って」


 ライオネルは扉を開ける。

 シャロンは彼に促がされ、入室した。

 ライオネルの部屋には何度も来たことがある。広く、白を基調としていて上品だ。今夜はいたるところに薔薇が飾られていた。

 

 室内を横切り、彼は天蓋付きの巨大な寝台に、腰を下ろした。


「君も座って」


 ライオネルは隣をとんと叩くが。


「え」

 

 ここには誰もいない。

 今、昼ではなく夜だ。それに彼が座るように言っているのは、寝台である。


「どうしたの、シャロン?」


 シャロンは躊躇したが、隣に腰を下ろした。

 彼は金の髪をさらりと揺らせる。


「何の話をしていたの?」

「ええと」

 

 シャロンはごまかすしかない。


「……相談を受けていたのですわ」

「何の?」


 ライオネルはシャロンの頬に指をのせた。

 シャロンは自身の手をきゅっと握る。


「彼女の個人的なお話ですので……」

「もちろん、誰にも言わないよ。ここだけの話にする。口外しないから話して」

「……話せませんわ」

「ふうん、そう。なら直接聞いてくるよ」


 彼は髪をかきあげ、立ち上がった。


「飲み物を用意させるから、それを飲んで待っていて?」


 そう言って、ライオネルは部屋を出て行った。


(ライオネル様)

 

 まさか本当にヒロインに直接聞きにいったのだろうか?

 そんなことはない、だろう。

 だがシャロンは徐々に不安を覚えた。


 少しして、侍女が飲み物を運んできてくれたので、落ち着こうとワインを口にし、喉を潤した。

 



※※※※※




 大広間に引き返したライオネルは、先程の少女を探して、婚約者と一緒にいるのを見つけた。

 壁際でこちらが恥ずかしくなるくらい熱烈に見つめ合っている。

 恋の真っただ中のようだ。

 

 そばに寄るのも憚られたが、聞きたいことがある。

 彼らの前まで行けば、教師のほうが先にライオネルに気づいた。


「殿下」

「聞きたいことがある」

「何でしょう?」


 ライオネルに婚約者が尋ねる。

 ライオネルは少女を見る。

 小柄で、ふわふわした髪、大きな目をしている。

 

 以前校内で見かけた。

 そばに案内図があるのに迷子になっていて、驚いたので覚えていた。

 客観的にみて、可愛いのだろう。

 だがずいぶん前からライオネルはシャロンしか眼中になく、他の異性に興味がわかない。


「君はシャロンに何の相談をしていた?」

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