第43話 ゲーム開始

 春。

 魔法学校入学の日がやってきた。

 シャロンは十五歳になっていた。


 攻略対象が留学したのはゲームと異なる出来事で、想定外ではあったものの、それ以外では特に、何事も起きず平和に時間は流れた。

 なんとしてもハッピーエンドを目指すのだ。


(悪役令嬢として暗躍する!)


 シャロンが気合を入れ、馬車から降りれば、クライヴが言った。


「お嬢様、おっしゃっていたゲームがはじまるのですね?」

「そう。今日から全てがはじまるのよ……!」


 シャロンはすうと息を吸い込み、魔法学校の門をくぐった。




 ヒロイン──ドナ・イームズとは同じクラスとなった。

 彼女はゲーム通りの容姿で、見た瞬間にヒロインだとわかった。

 

 可愛らしい姿をしている。

 ミルクティー色の珍しい髪に、緑青色の瞳、小さな鼻、艶々した唇。

 数ヵ月前、魔力保持者と判明した彼女は、王都の親戚に引き取られ、魔法学校に入学することになったのだ。

 

 これから、心躍る恋がはじまる──!

 乙女ゲー『聖なる魔法と恋』、シンデレラストーリーの開始だ!

 

 さて、彼女はどちらと恋をするのだろうか。

 それをシャロンは見守る。時に意地悪をし、恋の後押しをして。

 他人事ながら、どきどきと胸が高鳴った。

 

 父に命じられ、自分と入学を合わせることになったクライヴも同じクラスである。

 彼はゲームに登場していなかった。申し訳ないし自分に合わせる必要はないと父に話したが、クライヴが一緒に入学すると言ったので、結局合わせてもらうことになったのだ。

 

 ──魔法学校の初日が終了した。

 

 教室から出ると、目の前を歩いていたヒロインが、鞄をおとして中身を廊下にぶちまけた。


「す、すみません!」

 

 周りの同級生は平民のドナを無視し、嘲るように見ている。

 拾って渡してあげたいところだが、自分は悪役令嬢。

 彼女に意地悪をしなければならない宿命である。


 するとシャロンの隣にいたクライヴが、ドナの荷物を拾い、彼女に渡してあげていた。

 さすがやさしい。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 ヒロイン、ドナはクライヴを見、頬を染め上げる。

 現在十七歳のクライヴは水も滴る美少年だ。

 攻略対象に引けを取らないイケメンである。 

 ドナはぽうっと彼に見惚れ、頭を下げた。

 



 それから、シャロンはヒロインを秘かに観察した。

 彼女が攻略対象と急接近している様子はみられない。

 ふたりの攻略対象が消えたため、四人全員と結ばれるハーレムルートのセンはない。

 

 しかもライオネルは数日前から外交で学校を離れている。

 シャロンは、悪役令嬢としての役回りを兼ね、現状を知るため威圧的にヒロインに声を掛けた。


「あなたにお話がありますの、ドナさん」

「お話ってなんでしょう……」


 屋上に呼び出し、睨み上げればドナは怯えをみせた。

 名家の令嬢で、眼差しが鋭く、いかにも悪役の自分に呼び出されたらこうなるというもの。

 

 貴族の多い学校内で肩身の狭い思いをしている彼女に同情するが、シャロンは悪役をまっとうするしかない。

 放課後の屋上で、いいがかりをつけた。


「あなた、生意気よ!」


 とりあえずゲームにあった台詞を吐く。

 あれほどのことはできないけれど。


「わたくしの婚約者、ライオネル様に近づいたでしょう!」


 指を突き付けて叫んでみれば、彼女は青ざめながら、首を傾げた。


「ライオネル様というのは……?」

「──え?」

 

 彼女はこの国の王太子の名前をまだ知らないのか。

 入学式でも新入生代表として彼は挨拶をしたのに。

 あれだけ目立つ人物を、いまだ把握できていないことにシャロンは驚愕しつつ、説明した。


「ライオネル様というのは王太子殿下で、この学校で最もきらきらしているかたよ」

「知りませんでした」


(……おかしいわ)


 ライオネルと出会う共通イベントが、すでにあったはず。

 入学してすぐ、ヒロインは校内で迷い、そこに通りがかったライオネルが道を教え、会話を交わす。

 シャロンは自分がいれば邪魔になるので、このシーンの確認を行わなかったけれど。


(たぶん……ヒロインは天然だから、ライオネル様と出会ったけれど、彼が王太子殿下だとまだ気づいていないのだわ!)

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