第41話 見間違い

 ライオネルはシャロンのことを好きと言ってくれるけれど、それは婚約者として彼のやさしさからの言葉である。彼のタイプはシャロンとは真逆なのである。


「アンソニー様、わたくしが今言ったお願いを聞いていただけますか?」


 アンソニーはシャロンから手を離し、小さく首肯した。


「ああ」


 アンソニーは横を向く。


「おれはこの国をしばらく離れる。手助けは、その後になるが」


 シャロンはぱちぱちと瞬いた。


「え、この国を離れる?」


(どういうこと?)


「そうだ。ガーファル王国に留学する。少なくとも二年は帰るつもりはない」


 シャロンは瞠目する。


「二年!?」

「今決意を固めた。このまま兄上と君のそばに、おれはいられない。頭を冷やさなければ。今月中に国を出ようと思う」


 ゲーム開始は、来春。

 今アンソニーが留学すれば、登場しなくなり、彼とヒロインとの出会いがなくなってしまうのでは!?

 彼は拳を握り、視線をおとす。


「兄上の相手の件は帰国後、手を貸す」


 いや、留学中に終わってしまうかも。


「シャロン、元気で」


 退室しようとするアンソニーに、シャロンは慌てた。


「アンソニー様、留学を取りやめるということは……!」

「今のおれには時間が必要なんだ。取りやめることはない」


 呆然とするシャロンを置き、彼は去っていった。




※※※※※




 公爵家をあとにし、アンソニーは王宮に戻って、父の執務室へ直行した。

 留学の許可を得、今月国を離れることが決まった。

 シャロンは兄に違う相手ができれば、その相手と兄が結ばれるよう協力してほしいとアンソニーに願った。

 

 もちろん協力する。

 そうなればシャロンは兄と結婚しないことになる。

 今、彼女にアンソニーと結婚する意志がないとしても、将来的にはわからない。

 

 昨日の宴ではっきりと自覚した。

 シャロンが好きだと。

 これまで兄が一番大事だったのに。

 

 今ふたりのそばにいれば、すべてを滅茶苦茶に壊してしまいそうなので、しばらく離れることを決めた。

 自分がいない間に兄と結婚すれば、潔く諦めて祝福しよう。

 

 だが、帰国までに結婚しないのなら。

 本当に兄に他に相手ができたら。

 そのときはシャロンを奪う。




※※※※※




 アンソニーが帰った後、午後からルイスの授業があった。

 シャロンは離れに行って授業を受けたが、ルイスとクライヴの顔を見られなかった。

 アンソニーに抱きしめられていたところを、ルイスに見られた。

 

 クライヴには、ライオネルと四阿にいたところを目撃された気がする。

 それはシャロンの見間違いだと思うけれど。

 

 領地の視察に父と出ているエディは、ここ数日留守にしている。


「今日の授業はこれで終わりだ」


 シャロンはルイスに会釈した。


「ありがとうございました、ルイス様」


 離れを出る彼を見送った後、シャロンは椅子に座り直した。


(力が入らないわ)

 

 今日はこれからもう授業はない。

 シャロンはすこぶる焦っている。

 アンソニーは二年間も留学する。

 来春から、ゲームが始まるというのに!

 本来、彼は留学などしない。

 エディ同様、飛び入学を果たすのだ。


(攻略対象がひとり消え、ゲームは無事進むの……?)

 

 ハッピーエンドに導けるのだろうか……?

 ハーレムは不可能。メインヒーローであるライオネルルートに入る可能性が高いし、グッドルートに入れば大丈夫なはずである……。

 するとクライヴに心配そうに尋ねられた。


「お嬢様、どうなさったのですか?」

「ううん、なんでもないの」


 心配かけるわけにはいかない。シャロンは吐息を零し、腰を上げる。

 狼狽していたシャロンは椅子に足が絡み、そのまま倒れてしまった。


(!)


「お嬢様」


 クライヴがシャロンを支えようと手を伸ばし、そのまま一緒に床に倒れてしまった。


「ご、ごめんなさい」

「いえ」


 彼は身を起こし、シャロンの手を取り、起き上がらせてくれた。

 そこで今日はじめてしっかりと目が合った。

 この際はっきりさせてみよう、とシャロンはおそるおそる口を開く。


「ちょっと聞きたいんだけれど」

「はい」

「昨晩、王宮庭園の四阿にいた?」


 彼はかぶりを振る。


「いいえ。王宮の庭園には行っていませんが。どうしてですか?」

「そう。なんでもないわ」

 

 やはりあれは見間違いだったのだ。

 シャロンは深く安堵して、部屋へと戻った。

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