第32話 相談1

(兄上……?)


 その眼差しは氷のようで、感情がよめない。


「それに偽りはないな」

「……もちろんです」

「僕はおまえを信じるよ、アンソニー」


 冷ややかだったライオネルが、一転、花開くように微笑んだ。


「近頃、僕たちは険悪になっていたかもしれない。シャロンにおまえと仲良くすると約束した。僕にとって、おまえは大切なたったひとりの弟だ」

 

 兄は剣を下げる。


「兄上は、おれにとって大切なたったひとりの兄です」


 正直な気持ちだった。兄を大切に思っている。


「僕は、心は縛らないが、行動に移せば別だよ。その時点でおまえは僕の弟ではなくなる」

「……」

「剣合わせを続けようか?」

「……はい」


 兄には一生敵わない、とアンソニーは思った。




※※※※※




(なぜ私はこんなことを)

 

 ルイス・ガーディナーは、こめかみを押さえる。

 ガーディナー家令息であるルイスは、数年前からデインズ公爵家で魔術を教えることになった。

 今、公爵家の離れには、自分のほかシャロンとエディという姉弟がいる。

 

 いつもはクライヴもいるが、今日は仕事のため欠席である。

 シャロンは自分の幼馴染。だが特別親しくしていたわけではない。

 互いに代々続く名家の出で、親同士に付き合いがあったため、顔見知りだっただけだ。

 同じ空間にいることが子供のころからあった、それだけ。


 指示を受けたため、魔術を教えることになったのだが。

 デインズ家の離れの勉強部屋にいる姉弟を眺める。


(このふたりに教えて。私にとって意味がない。何をしているのか)


 とは思うものの、仕方ない。

 ふたりは熱心に、授業内容をノートに記している。

 授業を終えれば、ルイスは帰ろうとした。


(ようやく終わった)


「ルイス様!」


 するとシャロンの義弟エディに呼び止められた。


「たまには母屋に寄って一緒にお茶でも飲みませんか!」

「結構だ」


 今この家にいる理由はなかった。

 シャロンがエディの横に立つ。


「もしお時間があれば、ぜひお寄りくださいませ」

「…………」


 このあと用があるわけでもない。

 ただここに残る必要がないというだけだ。


「だが」

「少しだけでも」

 

 シャロンに重ねて言われ、ルイスは仕方なく首肯した。


「……では少しだけ」


 三人は離れから、母屋に移動する。

 広々とした居間で、ルイスはデインズ家の姉弟とお茶を飲んだ。

 前に座るシャロンは、つんけんしたところがなくなり、やさしい表情をするようになった。

 昔とは別人である。

 

 元々目鼻立ちは整っていたが十四歳になり、美しさに磨きがかかった。

 素直で、真っすぐな内面がにじみ出ている。

 物事に集中して向き合う、その一途なひたむきさが彼女を輝かせているのだろう。

 

 お茶を飲みつつ、幾つか会話を交わせば、シャロンは立ち上がった。


「ルイス様、申し訳ありません。わたくしはこれで失礼しますわ。そろそろ次の授業がはじまりますので」

「そうか」


 彼女は家庭教師が何人もいる。日々忙しくしているようだ。


「どうぞ、ルイス様はごゆっくりなさってくださいね」


 彼女は居間から立ち去った。

 その姿を見送って、自分も帰ろうと腰を浮かせたとき、エディが声を発した。


「ルイス様、ご相談があるのです」

「相談?」

「はい」


 エディは両手をテーブルの上に置く。


「ぼく、姉様が心配で。何か悩んでいるのではないかと……」

「どうして?」


 エディは目線を落とす。


「姉様はいつも明るいです。でも何か胸に抱えているものがある気がしてならないんです。たまにとても深刻な顔つきになるときがあるんで」

「気のせいじゃないか? 放っておけ」


 エディは、きっ、と目を吊り上げた。


「放ってなんておけません!」

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