第26話 どのルートでも

 そういうことになっていた。

 シャロンが王宮に行く際、クライヴも同行することが多いのだが、今日は珍しくそうではなかったのだ。

 シャロンはこそっと彼に話す。


「実はライオネル様とお忍びで街に出る約束をしていたの。このことは内緒にしておいてね?」

「はい。口外しません」


 彼は口が堅いから、大丈夫だろう。

 前世を話してしまったけれど、シャロンを変人扱いしない。

 ポーカーフェイスで、本当のところどう思われているかはわからないが。


「あなたは何をしていたの?」

「ガーディナー家へ届け物をするよう旦那様から仰せつかりました。今はその帰りです」

「そう」


 そのとき前からきた通行人とぶつかりそうになり、クライヴがシャロンに手を伸ばした。


「お嬢様」


 肩を抱かれ、寸前でぶつからずに回避できた。


「ここは人通りが多いので、少し移動しましょうか」

「そうね」


 シャロンはクライヴと横道に入り小さな公園に行った。

 そこはひとけがなく、小さな子供たちがきゃっきゃと遊んでいた。

 楽しそうである。

 シャロンはその様子を眺めながら、クライヴとベンチに腰を下ろした。


「ライオネル様は、なぜアンソニー様だけ連れていかれたのでしょう?」

「わたくしにも、わからないわ」


 シャロンも宿屋の外で待ったのに。

 クライヴは今日シャロンに付き添うのとは違う仕事をしていた。

 こうして今、自分に付き合わせてしまうのも申し訳ない。


「あなたはもう屋敷に戻って。他に仕事があるんじゃない?」

「俺はお嬢様の従者です。お嬢様をおひとりにはできません」


 彼の立場ではそうなるのか。

 屋敷に帰ったあと、フォローしておこう。

 木々の葉が輝き、公園はのどかだった。


「体操でもしようかしら」


 平民に扮しているし、周りを気にすることはない。

 先程食べ過ぎたので、シャロンはベンチから立って、伸びをしてストレッチをした。

 

「何をしているの?」


 すると子供がやってきてシャロンに訊いてきた。


「ストレッチをしているのよ」

「すとれっち!」

「一緒にする?」

「うん!」


 それでシャロンは子供たちと一緒に体操し、その後遊んだ。

 風が心地よくて共にスキップを踏む。

 

 自分はよくスキップをする。

 それに見慣れているクライヴは、驚いてはいない。

 他にいるのは子供たちだけで、シャロンは気が緩んでいた。

 石に躓いて、思いきりばたっと転んでしまった。


「っ!」

「お嬢様、大丈夫ですか!?」


 クライヴが慌てて駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫」


 久しぶりに転んだ。

 しかし平面だったし、怪我はない。

 ライオネルに危ないから手を繋ごうとよく言われるけれど、まさか本当に転んでしまうなんて。


「お顔に」


 クライヴがシャロンの頬についた汚れを、ハンカチでやさしく取ってくれる。


「ごめんなさい、クライヴ」


 クライヴはシャロンの服の汚れも払ってくれた。


「若様がお嬢様から目を離せないというのもわかるな……」

「え?」


 呟かれた言葉に、シャロンが首を傾げると、クライヴはいえ、と言った。


「お嬢様は運動神経が良いですが、たまにびっくりするようなことになりますよね」


 確かに四年前、階段から豪快に足を踏み外し、転がりおちた。

 前世の記憶が戻るきっかけになったが。

 

 帰る子供たちに、シャロンは手を振り、クライヴとベンチに座り直した。

 事実を話してから、最初のころよりクライヴと大分打ち解けている。


「お嬢様が転生されているということを、ライオネル様はご存知ではないのですね?」

「ええ、知らないわ。今後も話すつもりはないし」


 唯一知っているクライヴは他言せずにいてくれ、態度が変わらないが、それは運が良かったから。

 もし他のひとに知られてしまえば、百%変人扱いされるだろう。


「一緒に街に出られたり、仲がよろしいのに。婚約破棄となるのですか?」

「ゲームがはじまったら、どのルートでもいずれ破棄されていたわ」


 悩んでも仕方ない。穏便に国外追放されるよう、がんばって備えようとシャロンは思っている。

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