第6話 悪魔な義弟1

 ひとりで将来、生きていくには力が必要である。

 以前からシャロンは、母の実家オーデン家に通い、武術を学んでいる。

 今日も祖父の知り合いに稽古をつけてもらうため、馬車で向かっていた。

 従者のクライヴも同行してくれている。

 

 最初彼に警戒心をもっていたが、大切なことを気づかせてくれた人物である。

 真面目で、慎み深くて仕事ぶりもいい。移動する際、一緒に来てもらうことになった。


「どうして武術を学ばれてらっしゃるのですか」


 馬車の中でクライヴに訊かれ、シャロンは流れる街の景色を見ながら返事した。


「元々身体を動かすのが好きで、興味をもったのよね。今は、ひとりで生き抜くために必要だと思って」

「ひとりで生き抜く?」


 彼は不思議そうに呟く。


「どういうことです?」

「それは……賊に襲われたりしたでしょう。身を守れるようにしなきゃ、と感じて」

 

 事実は話せない。


「俺もお嬢様と一緒に武術を学んでみたいです」


 窓の外を眺めていたシャロンは彼のほうを見た。


「なら、一緒に学びましょう」

「よろしいのですか」

「うん、いいわよ」


 稽古にひとり増えても構わない。

 そうしてその日から、クライヴも共に武術を学ぶことになった。




 シャロンは家でも公爵家が雇った騎士から、武術を学びはじめた。

 クライヴも一緒だ。

 護衛も兼ねることができると、父が許可したのである。


 ある日、庭にいれば、義弟のエディがやってきた。


「姉様、それ誰ですか? 見ない顔ですね」


 エディは不審げにクライヴに視線を投げる。


「エディ」

 

 義弟は、ゲームの攻略対象のひとりである。

 デインズ公爵家の後継者として、親戚の中から選ばれ養子に入った少年だ。

 キャメルの髪、ライムグリーンの瞳の義弟は現在八歳。

 見た目は天使、中身は悪魔にゲーム時にはなっていた。


「従者となったクライヴよ」

 

 シャロンはクライヴを紹介する。クライヴはエディに頭を下げた。

 エディは無言でいた。

 従者になって数日経つが、義弟は今ようやくクライヴの存在を認識したのだろうか。


「姉様、王太子殿下の婚約者であられるのに、下々の者と親しげにするのってどうなのでしょう」

 

 この世界は、中世ヨーロッパ的だ。

 身分制度がはっきりしていて、前世自分のいた世界とは価値観が異なる。

 記憶が戻る前は自分もエディと同じ考えだった。

 だが前世を思い出した今、違和感をもつようになった。

 同じ人間であり、上も下もない。


「そういう考え方は、よくないと思うの」


 すると義弟は、身を強張らせた。


「どうしてです。よくないのは姉様のほうでしょ。使用人などと一緒に過ごし、和気あいあいとして。高位貴族の令嬢ですのに!」

 

 貴族として一般的な考えかもしれないが、今のシャロンには受け入れがたかった。


(まだ公爵家にやってきて間がないエディは、こうしてわたくしに意見するのね)

 

 一人娘でちやほやされていた悪役令嬢は、エディが養子に入り、屋敷中の関心が義弟に移ったことで腹を立て、義弟につらくあたり、いじめる。

 それによって義弟は傷つき、屈折する。

 

 元々世の中を冷めた目でみる少年だったが、徐々に本心を口にしなくなり、心を閉ざしてしまう。

 義姉と衝突しないよう処世術を身につけ、立ち回りがうまくなる。表面上優等生だが、鬱屈したものを抱えるようになり、悪魔の少年ができあがる。

 

 シャロンはどうしようかしら、と内心思った。

 今エディは心を完全に閉ざしてはいない。

 王太子の婚約者になることが決まり、浮かれていたこともあって、シャロンは意地悪を本格的にしていなかった。

 

 幼くして両親から離され、公爵家にきて。

 記憶が蘇った今は、大変だろうなと感じる。 

 意地悪しようなんて、まったく思わない。


 こうして自分に意見してくる義弟を好ましく思うくらいなのだが、彼の考え方は少々ひっかかる。 

 ヒロインがエディルートに入らなくても、義弟に人を大切するやさしい子になってもらいたかった。


「ねえ、あなたも一緒に武術の稽古をしてみない?」


 共に身体を動かし汗を流せば、心を通わせることができるのではないだろうか。

 それで誘ってみたけれど、義弟はあり得ないとばかりにかぶりを振った。


「いいえ。ぼくは武術に興味はありません。そんなことは、野蛮な人間のすることです!」


 ぴしゃりと言い放たれる。


(わたくし、野蛮と思われているのかしら……)


 こんなことを言われようものなら、前なら癇癪を起こしていただろうが、八歳の義弟に怒りは湧いてこない。

 ただちょっぴり悲しい……。


「エディは何に興味があるの?」


 せっかく話しかけてきてくれたのだ。気になって尋ねてみれば、エディは真面目に答えた。


「デインズ公爵家の後継者として、立派になることです。公爵家を今以上に栄えさせるため」

 

 しっかりしている。

 子供なのに家のことを考えていて、感心してしまう。

 シャロンはこの家を傾けてしまう危険性があった。

 そうならないよう気を付けなければ……!

 

 クライヴに指摘され、シャロンは考え直した。

 どうしてもある程度影響を及ぼしてしまうかもしれないけれど、周りに迷惑をかけないよう、細心の注意を払い、悪役になるのだ!

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