第2話 呪われた運命
悪役令嬢の行く末については、詳しく言及されていないので、どうなるかわからないが、マシな『国外追放』にかける。
死亡や廃人状態ではなく、なにしろ生きている。
決意を固め、シャロンが確認した紙をポケットにしまえば、突如馬車ががたん、と止まった。
(?)
窓から外を見る。
数日前に地震があり、道が一部崩れていたため、今日は迂回した。いつもとは違う道を通っていたのだけれど。何かあったのか。
すると外では護衛が何者かに襲われていた。
(!?)
扉が開き、護衛が切羽詰まって叫ぶ。
「シャロン様、賊です! お逃げください!」
賊!?
シャロンを馬車内から出してくれた護衛は剣を握り、襲い掛かってくる賊に立ち向かう。
「シャロン様、お早く!」
棒立ちになっていたシャロンは、慌てて駆け出した。
自分がここにいれば邪魔になるだけだ。
必死で走るが、後ろからひとりが追ってきている。
焦って足がもつれ、転んでしまうと、賊がシャロンの前に立ち塞がった。
「デインズ公爵家の一人娘だな。たんまりと身代金を手に入れられるぜ」
残忍に笑う大男に、シャロンはぞわっと鳥肌が立った。
腕を取られそうになったとき、誰かが男の手を切り付けた。
「っ!?」
「来て」
(え?)
シャロンより少し年上の、目を見張るほどの美少年が、シャロンの手をつかんだ。
身を起こし、彼と走る。
混乱状態であったが、シャロンは路地裏に入った彼に言った。
「待って……これ以上走れないわ」
少年は頷いて、足を止める。
シャロンは肩で息をした。
「助けてくれて……ありがとう」
少年は首を横に振り、じっとシャロンを見る。
アッシュブロンドの髪に、ラピスラズリの瞳をした美しい少年だ。
すると追いついてきた大男が、路地裏に現れた。
「このガキ!」
剣を振り回す大男から、シャロンを庇うように少年が前に立った。
危ない。
少年は切りつけられ、血が舞う。
目の前でひとが剣で傷つき、シャロンは恐ろしさに震え、悲鳴を上げた。
「きゃあ!」
「シャロン様!」
そこに護衛が駆けつけてきて、大男に剣を突き付けた。
「ぐぅ……っ」
賊は呻き、その場に倒れる。
「シャロン様、お怪我は!?」
顔をのぞき込んでくる護衛にシャロンは返事をした。
「わたくしは大丈夫、でもわたくしを庇ってこのひと……!」
腕から血を流し、少年はふらりとよろめいた。
シャロンは少年を受け止めようとし、一緒に倒れそうになって、護衛に支えられた。
「馬車にお戻りください。賊は仕留めました」
「少年も公爵家に一緒に。手当てをしなきゃ」
「承知しました」
護衛は少年を抱え上げる。
馬車に戻ろうとしたシャロンは、冷や汗を拭ったとき、手に赤く光るものがあるのに気づいた。
それは腕飾りだった。
(ブレスレット?)
引き寄せられるように魅入る。
とてもきれいだった。
少年のものかもしれない。
後で彼に聞こうと、シャロンは腕飾りをハンカチに包んだ。
◇◇◇◇◇
賊は捕縛され、気を失った少年を馬車に乗せ、シャロンは公爵家に戻った。
両親は留守だった。
少年を二階の一室に運び、医師を呼ぶ。
幸い、腕に少し傷を受けただけで、他に怪我はないようだった。
手当て後、寝台で眠る少年のそばに、シャロンはメイドと共についていた。
少し経てば、少年の瞼が動き、目を開けた。
彼は周囲に視線を巡らせた。
「ここは……」
「デインズ公爵家のお屋敷です」
メイドが彼に説明する。
「公爵家のご令嬢であられる、こちらのシャロンお嬢様が、怪我をしたあなたの手当てをしてくださったのですよ」
「大丈夫かしら?」
シャロンが少年に尋ねると、彼は頷いた。
「はい」
彼は寝台から出、シャロンの前で頭を下げた。
「手当てをしてくださって、ありがとうございました」
シャロンは慌てて首を横に振った。
「いいえ。手当てをしてくれたのはお医者様よ。お礼を言わなければいけないのはわたくしのほうだわ。助けてくれてありがとう」
「いえ」
「あなたの名前はなんというの?」
「クライヴです」
彼は心配そうにシャロンに問う。
「あなたにお怪我はありませんでしたか?」
「ええ。わたくしは平気よ」
「ご無事でよかったです」
シャロンは、ポケットからハンカチに包んだ腕飾りを取り出した。
「あのね、路地でこれを拾ったの。あなたのものじゃない?」
赤い石の嵌めこまれたブレスレット。
血が付いていたので、怪我をしたときにこれが外れ、シャロンのほうに飛んできたのではないかと思った。
彼は瞠目し、しばし押し黙ったあと首肯した。
「はい。そうです」
「とてもきれいな腕飾りね」
シャロンは腕飾りに見惚れる。
「父の形見です。お気に召しましたか」
シャロンは頷く。
「ええ。吸い込まれそうに美しい赤い石が飾られていて」
「ではあなたに差し上げます」
「え?」
シャロンはびっくりして瞬いた。
「お父様の形見なのでしょう? 大事なものだわ、もらえない」
「あなたがそれを拾い、気に入ってくださったのなら、すでにもうあなたのものです」
形見の品をもらって、果たしてよいのだろうか。
シャロンが迷っていると、部屋の扉が開き、両親が入ってきた。
「シャロン、賊に襲われたと聞いたぞ!? 大丈夫なのか!?」
「なんてことなの!」
護衛から事情を聞いたのだろう。父も母も、顔面蒼白である。
シャロンは安心させようと笑顔を作った。
「わたくしは大丈夫ですわ、お父様、お母様」
ぴんぴんしているシャロンの姿を見、両親はほっと息をついた。
「無事なようだな」
「よかったわ……」
父は室内にいるクライヴにふと視線を向けた。
「シャロンを救った少年か?」
「はい、わたくしの恩人ですわ。彼がいなければ、わたくし、賊に攫われておりました」
クライヴは礼をする。
「クライヴ・エメットと申します」
少年の簡素な身なりを父は眺め、彼に問い掛けた。
「どこに住んでいる?」
「ウーナで暮らしていました」
「ずいぶん田舎だな。娘を救った褒美を取らせるから、なんでも欲しいものをいいなさい」
するとクライヴはかぶりを振った。
「何もいりません」
父は笑う。
「私の愛娘を、将来の王妃を助けたのだ。遠慮なく言えばいい」
ためらいをみせ、クライヴは意を決したように、切り出した。
「では──俺をこちらで雇ってはいただけないでしょうか」
「君を?」
「はい」
クライヴは目線を落とす。
「先日両親を亡くし、親戚を頼って王都にやってきたのですが……。親戚は引っ越したあとで。住み込みの仕事を探していました。こちらで雇っていただければありがたく思います。シャロンお嬢様の身の回りのお世話をさせていただければ」
父はちらとシャロンに視線を流した。
「シャロン、どうする? こう言っているが」
(どうしましょう)
助けてくれたクライヴに深く感謝をしているシャロンだが、屋敷で彼が働くことに躊躇する。
なぜなら、こんな少年はゲームに登場していなかったからだ。
これほどの美少年。登場していれば覚えている。
悪役令嬢側の人間でないし、ゲームのどこにもいなかった。
自らの命、ひいては世界のため、シャロンは悪役令嬢としてヒロインを幸せにする使命がある。
未登場で異分子的存在の彼に、本能的に警戒心を抱いたのだった。
自分の勘はあなどれない。
前世、亡くなった日も、悪いことが起きるような気がして近所の神社に参拝したのだが、その帰りに転んで亡くなった。
参拝したから転生できたのだろうか。
が、なぜ呪われた運命の悪役令嬢なのだろう……?
脱線して考え込んでしまえば、クライヴが静かに尋ねた。
「いけませんか、お嬢様」
「ええと……」
彼は身寄りがなく、行き場がなく困っている。
駄目だ、とはいいにくい。
父と母の様子をうかがうも、ふたりは反対ではなさそうである。
クライヴは礼儀正しいし、シャロンを救ったことで、両親の心証はいいだろう。
ここで自分が決めれば、決まるはずだった。
「シャロン?」
何か変わることがあればどうしようと思うけれども。
「彼の希望通りに」
シャロンは父にそう答えた。
(大丈夫なはずよ)
数年後、違う場所に彼は移っているかなにかで、ゲームの舞台には登場しなかっただけだ。
克明に悪役令嬢側は描かれていなかったから、クライヴという人物は存在していたものの、ゲームに登場していなかったのかもしれない。
「では従者としてこの公爵家で勤めてくれ」
クライヴは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「シャロンに危険がないよう、今日のように、これからも娘を守ってちょうだいね」
「はい。お嬢様をかならずお守りすると誓います」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます