彷徨える貴方

黒井基治

第1話

 世界は、人間で溢れている。それを発展故の繁栄として捉える者もいれば、災難として受け入れる者もいた。

ある人間は、神から創られた人間を忌み嫌い、神の子に石を投げたとして、罰を与えられたそうだ。奴は不死となり人間の歴史を見てきた。故に、人間のいない土地を目指すようになったそうだ。





ユリウルス暦 875年


幌馬車の中で、横になる男がいた。乗せてもらっている身分なのに、幌馬車の真ん中で大の字になって寝ている。辺りには香辛料や毛皮の入った木箱で密集しており、獣臭さと辛い匂いが鼻につく。馬がぶるると鼻を鳴らしながら止まった。ガタッと急に止まったのに、それでも小さなイビキをかきながら眠る男に、操手は呆れつつ振り返る。


「おい、兄ちゃん、着いたよ。」


親父にしては高いがなりの声で、呼びかける。男は寝ぼけて唸りながら、ノソノソと起き上がる。目の前の幌馬車の入り口からは、陽気な日差しが差し込んでいる。男は頭を幾度か掻きむしりながら、旅装束のポケットから、幾らか硬貨を取り出した。


「はい、10ルネーだよね。」


ガラガラ声で素っ気なく少し錆びついた王の横顔が刻印された銅貨幣を手渡すと、操手の親父は熱心に硬貨の枚数を数える。そんなに疑わなくても、払う金は守るのにと、少し男は残念がった。だが、商人というのはある意味嘘まみれの業種だ。疑うのは正常か。そんなふうに考えながら、男はそばに置いてあった黒い木製の杖と、古びた革製の鞄を持つ。


「あい、確かに貰ったよ兄ちゃんって、あれ?」


そこには、あの無愛想な兄ちゃんはいなかった。操手は呆れて溜息を吐きつつ、馬の手綱を掴んで、また出発して行った。


商業都市『ウィルバーレ』のような大きな都市には、大抵隣あたりにスラムがある。スラムには、想像通り貧困民がおるが、それは大体、失業者や奴隷、獣人などが多い。今回男は、この都市の近辺にある森での仕事の案内人を探すために、そのスラムに来ていた。本当なら、しっかりと契約に則った者を雇うのが法律だが、そうなると何かと金がかかる。安く済ませるには、仕事を欲するものに任せるのが良い。

 と、思ったのだが、一向に引受人が出てこない。皆何故かすぐに断ってしまう。杖を持って出歩いているというのもあるが、よそ者だからというのがありそうだ。報酬が良いからでは、すぐに飛びつかないのは、ある意味スラムらしい。男はスラムの荒屋の腐った木の屋根から見える青空を眺めながら、関心と不安でスラムの小汚い道の真ん中で、頭を掻く。


「あ、あの。」


急に話しかけられたので少し困惑した表情で振り返ると、白色の毛並みをした娘が、藁カゴに頭に乗せて立っている。少しオドオドした娘には、洗濯物の入ったカゴに潰されて折り畳待っている猫耳が見える。隣には、年端も行かない妹が手を繋いでいる。だが、警戒して娘の後ろから覗き込んでいる。彼らは『貧困の象徴』などと呼ばれている獣人だ。男は素っ気ない様子で応答した。すると、娘は辺りを見ながら、少し警戒して小声で話す。


「も、森に行かれるのですよね?」


スラムの中の話は伝わるのは早い。森に行きたがる不審者というのが、もう出回ってしまっていたか。だが男は戸惑っている事が悟られれば、何かとつけあがるのがスラム民、毅然とした振る舞いを心掛ける。


「そうだよ。案内人をしてくれる子がいなくてね。」


「で、でしたら、引き受けますよ。」


森は決して安全ではない。こんな華奢な子が険しい森の案内人が務まるのか、少し怪しかったが、まぁ、いいだろう。娘が大きな藁カゴを妹に託した後、二人は早速スラムを出て都市を囲むようにして繁茂している森へと入っていった。

 森の中は鬱蒼とはしておらず、木漏れ日のある暖かな所だ。だが、コンパスは狂ってしまっている。こうなれば、後は男の知識と娘の鼻の良さなどが頼りだ。

男は確認するような口ぶりで話しかける。


「獣人達は、この森の立ち入りを禁じているね?」


「えぇ。神聖な土地ですから。」


『神聖な土地』、獣人は自然や災害などに神が宿ると考えている。そして、森は神の中でも神格の高い存在。その領域に足を踏み入れるのは、身分知らずも良いところだ。娘の方を見ずに、歩いている男に、娘はキラキラした目で尋ねる。


「あの、今回は、何故森に?その杖は?」


男は杖を眺めながら、淡白に答える。


「これは、『魔法の杖』だよ。僕達は、魔法動物を探しに森まで来たんだ。」


「魔法––!」


娘は目をまん丸にして耳を立たせる。ぴょんぴょん動き回る耳は、少し可愛らしい。だが、子供の様に興味津々なのに、すぐに何かに気づいたようにしょんぼりと耳が垂れる。


「魔法って、呪いみたいなものですよね?」


獣人の言う呪いは、悪魔が使う『悪の力』だ。だが、男は眉間に皺を寄せ言い返す。


「呪い?とんでもない。魔法は確かに悪にもなるが、生まれた時から悪ではない。それに、魔法の解釈は様々だ。」


「でも、魔法動物って、神獣のことですよね?神様を連れ出すと、災いが起こる。」


魔法と宗教の力を混同されては困る。男は張り合うように負けじと言い返す。


「それは、魔法動物の魔法の事だね?あれらは習性であって、祟りなんかじゃない。それに、災いが起こるのは連れていく量に問題がある。」


男は枝に止まった鳥を指差す。青い羽根のついた光沢のある鳥だ。まるで蜂鳥のようだが、嘴が短い代わりに、脚に爪がある。猫のような爪だ。



「ほら、あそこにいる鳥、あれは『メチル』という鳥だ。草食でね。あれは君達の中では「森の番人」と呼ばれ、入った輩を切り刻むというが、違う。奴らは嗅覚に優れていて、嗅ぎ慣れないものを異物として排除する。それだけだ。」


手を下ろすと、そのまま気が済んだように息を吐き、正面を向く。


「今回探すのは『オカミー』という一角の狼だ。オカミーは耳が良く、群れで動く。今回はそいつのツノを貰う。」


そういうと、男は急にしゃがみこむ。足跡があった。猫のような肉球のある足跡。そこまで土に埋もれていない。きっと近くにいる。男はしめた!と言わんばかりの顔で立ち上がり、耳をそば立てる。


「何か、聞こえないかい?」


娘も猫耳をぴょこぴょこと動かす。目を瞑る。数秒して、急にハッとして男を見る。


「ここから2キロ先に低い唸りと、高い鳴き声が聞こえます!」


二人はバッと、走り出す。疾風の勢いで、枯葉を巻き起こす。根を飛び越え、駆け抜ける。だが、走ってでも、2キロは遠い。娘も、獣人なので体力共に速度もあるが、猫ゆえに狼よりかは遅い。オカミーは視覚に優れている。気づかれれば逃げてしまう。そうなれば、追いつけまい。男は娘のそばによって胴体を抱き寄せる。


「掴まれ!」


 ドンっ–––!


男は地面を蹴りだす。すると、男の足が突然、軽くなり、一気に駆け抜けていく。疾風なんてものではない。まるで、風邪そのものになった気分だ。蹴られた部分がハッキリとした足跡になっている。そして、生い茂る草が勢いで一気に倒れ込んだ。走っていくと、目の前に何か、影が見えた。




–––追記–––


どうも、作者の黒井基治です。

 今作は【人間と、魔法、歴史の真髄】

をテーマに書いてみます。下手で長い物語ですが、楽しんでくれたら、幸いです。


コメントなどでアドバイス、応援などがあると、喜びます。

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