あの子の成績表

西羽咲 花月

第1話 夏休みの出来事

これは私、久保田瑞希と、クラスメートの藤井正樹が実際に体験した話です。

大人の人に信じてもらえなくても構いません。

だからどうか、私達を匿ってください。




それはとても暑い日で、夏休みに入って3日が経過したときのことでした。

私はひとり家のリビングでエアコンをつけて、アイスを食べていました。

私の両親は共働きなので、昼間は私ひとりになります。


家の電話には出ないように、玄関を開ける前にかならずモニターで確認すること、とキツク言われていましたが、後のことは自由でした。

宿題をしてもいいし、ゲームをしたり、漫画を読んでもいい。


友達と遊びに出かけるときには玄関に鍵をかけて、その鍵は玄関横に置かれている鉢植えの下に隠しておくように言われていました。


昨日はくもり空で風もあったからクラスメートの正樹くんと近所の市営プールまで出かけたけれど、今日の気温は40度なので外には出ていません。


テレビニュースをつけてみればひっきりなしに熱中症とか、体調管理とかを訴えているので、きっとエアコンのついた部屋からは出ないほうがいいんだと思いました。

そうしてアイスを食べ終えた頃のことでした。


少し宿題を進めておこうかなと、アイスの棒をゴミ箱へ投げ込みました。

私達、6年A組のクラス担任は50代の女性ですが、宿題を忘れたときの怒り方は普段とは異なります。


友達と喧嘩をしたとか、ケガをしたときは困り顔の中に自愛のようなものを感じるのですが、宿題を忘れたときだけはその自愛というものが抜け落ちてしまいます。

宿題を忘れた子は休憩時間中にそれをしなければいけません。


そうするともちろん友達と遊ぶ時間はなくなってしまいます。

だけどさぼることもできません。

先生が目の前の席に座って、宿題が終わるまでずっと見ているからです。


そのときの先生はなんとなく怖くて、だから私は宿題を忘れないように気をつけています。

それでも宿題を忘れてしまったときには朝から職員室へ行って、先生に忘れたことと忘れた理由を説明します。


たとえば入院中のおばあちゃんに会いに行っていて、楽しくてつい忘れてしまったとか。

家族で買い物をしていたら宿題をする時間がなくなってしまったとか。

理由は色々ですけど、とにかく先に自ら先生に連絡することが大事です。


そうしたところで休憩中に宿題をすることには変わりないのですが、先生のまとっている空気が少しだけ柔らかくなるのです。

だから、夏休みの宿題なんて忘れようものなら、どれだけの休憩時間を無駄にしなければならなくなるかわかりません。


私はそうならないように、できることなら夏休み開始一週間で「夏休みの友」を終わらせようと思っていたのです。

そうして立ち上がったゴミ箱へ向かったとき、スカートのポケットに入れていたキッズスマホが震えました。


これは私が6年生に上がった時、入院中のおばあちゃんが買ってくれたものでした。

おばあちゃんはここから少し遠い病院に入院しているので、いつでも私と電話ができるように購入してくれたのです。


私はおばあちゃんとの電話意外にもお父さん、お母さんとの電話、それに友達とのメールや電話にこのスマホを使っています。

少しゲームすることもあるけれど、大画面でやるテレビゲームの方が好きなので、スマホゲームには詳しくないです。


そのスマホが震えたので画面を確認してみると、昨日遊んで正樹からのメールでした。

【夏休みに入ってから穂波がいなくなったって!】

正樹のメールはいつも唐突に始まって、唐突に終わります。


穂波とはクラスメートの小田穂波のことだと思いますが、確信がありません。

それにいなくなったとは一体どういうことでしょうか?


私は部屋へむかいかけた足をリビングへと向けて、さっきまで座っていたソファに座り直しました。

まだ、自分の温もりが残っています。

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