後は頼んだ。
「さあ、ビクトリーズは7番、守備から途中出場、菱沼に代わりまして、背番号8、柴崎が起用されました!!」
「「シ・バ・サ・キ!!シ・バ・サ・キ!!」」
代打は初球。そんな言葉がある中、名畑が投じた152キロのストレート。若干力みがあったのか、上ずったボールは真ん中高めに外れた。
「萩山さん、ここで柴崎が起用されましたが……」
「もうここはね。彼の意地と言いますか、ここまでの野球人生というものを見せつけるようなバッティングを見せて欲しいですね」
「私もずっと彼を見て来ましたけど、ここぞのところで力を発揮出来る選手だと信じていますので、期待します!」
「昨年は大怪我。今年も春先まではリハビリに時間を費やしました。若手と一緒に2軍でたくさんの汗を流しました。
今年のレギュラーシーズンはほとんど出番がなかった中、日本シリーズでは代打男。チームを勢い付けるヒット、土壇場でのホームランもありました。新井監督、ファンの期待を背負って、今日初めての勝ち越しのチャンスです。
………2球目、スイング!!ストレート!打球は3塁側スタンド、ファウルボールです!!」
柴ちゃん、ストレート狙いの渾身スイング。僅かにタイミングが遅かったが、気持ちのこもったいいスイングだった。
声を張り上げるわけでもなく、右足にデカイ湿布とテーピングを施されながらただじっとして見ているだけ。
だから気づけたのかもしれない。
柴すけが企んでいると。
「試合は依然0ー0。カウント1ー1。8回裏ビクトリーズの攻撃。2アウトランナー3塁。新井の代走、朝日奈は俊足です。還れば終盤に貴重な先制点になります。左バッターボックスに柴崎。3球目です。セットポジションから名畑。
……セーフティスクイズだー!!1塁側、ファーストグローが捕る!!ベースカバーに名畑!柴崎!競争になる!!……ヘッドスライディング!………セーフだ!セーフゥー!!」
ギャアアアァァーッ!!
込み上げる感情と共に立ち上がり、足の痛みがすぐさまやって来て、もたれるようにして椅子に座り直す。
他のチームメイト達は全員がベンチを飛び出して、ピョンコ、ピョンコ。魂のヘッドスライディング。柴ちゃん本人は、足を痛そうにしながら、何度も何度もベンチに向かって両方の拳を突き出した。
そのままレフトの守備に入って貰おうとしたのに。もう外野手居ないっての。
俺は椅子に座ったまま、ベンチ裏に向かって声を出し、代打の準備をしている桃ちゃんを急いで呼んだのだった。
「ゴメン、桃ちゃん。代走行って来て!」
「了解っす!!」
ヘルメットを被り、走塁用のグローブをして、彼は足取り軽やかに1塁へ向かっていく。
それを見た柴ちゃん。膝に置いていた手をやっと挙げて、桃ちゃんとタッチを交わし、片足を少し引き摺るようにしながらベンチへ。
その間にも………。
「「シ・バ・サ・キ!シ・バ・サ・キ!」」
惜しみ無いファンの大コール。最後にヘルメットのつばを持ち、それを掲げるようにして向けた柴ちゃんに大拍手が降り注ぐ。
その彼がやりきった勇者ご一行の1人のような顔をして、俺の元までやって来る。
俺はたまらず強めのハグをした。
「やってくれたな、柴ちゃん。スカーンと気持ち良くヒットにして欲しかったのに」
「これ以上なくいい気持ちですがね?」
「サイコーのプレーだったよ、柴ちゃん」
「新井さんが居てくれたおかげですよ」
後続は倒れて3アウトチェンジ。
入団テスト組である、初年度ドラフト9位10位の2人が満身創痍になってもぎ取った1点がスコアボードに記される。
それを今年入団の10球団競合ドラ1左腕が大記録を添えて全て死守すべく、ゆっくりとそのマウンドに上がった。
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