アメリカでの、アレとかアレとかに比べたらだいぶマシですわね。

「そのスライダー、外!ハーフスイング。……キャッチャーがリクエスト。スイングを……取りました!これで新井を追い込みました」



アウトコースギリギリからぐにゃり。見事に誘い出されてしまう僕。


いやいや!振ってませんよと、セルフスローを繰り返してアピールしたが、全くウケずにスイングを取られてシンプルな真顔になった。



内側の速いボールか、もう1球外のスライダーかの2択ですから、タイミング待ちですわね。なんとかファウルに出来るタイミングでだけ待っておいてコースが甘くなればヒットにもなり得るよ。


という心構え。


迫力のあるサイドスローから放たれたのはインコースの速いボール。それがそのまま俺の脇腹に直撃した。



「アバあアァぁッ!!?」



今まで、誰もやったことのないような叫び方をすればなんとかなるんじゃないかと思ったが、ほんのちょっとだけだった。


とにかく走るしかありませんでしたね。


1塁側のファウルグラウンドをひたすらダッシュ。


今俺に出来るのはそれだけ。そしてカメラマン席に突入して、隠れて泣くしかなかった。



「これは痛い!!157キロのボールが背中か、腰か、脇腹か。まともに当たってしまいました。そしてどこかへ消えていきました」


「ほんと何処に行ったのでしょうか。そのくらい痛いということでしょうね」




上を全部脱ぎ、目の前にあったカメラにボールが当たった部分を写してもらう。すると、俺の逞しいアスリートボディがバックスクリーンに写し出され、脇の下の腰のちょうど真ん中ですかね。



真っ青になったボールの痕が。悪いものを縛り付けている呪いの縄のようにすら見える縫い目が滲むようにして残っており、余りにも痛々しい。



それがデッカイビジョンにドカンですから、人に寄ってはトラウマものですわよ。スタンドから、うぎゃあぁ~!という声が聞こえてくる。



程なくして代走の選手が現れ、俺は辺りのスタンドに向かってにこやかに手を振りながら退場していった。



ベンチに下がり、保冷剤を巻いたタオルをトレーナーに押し当ててもらいながら、座ってひと休み。


並木君のボテボテ内野ゴロで2塁に進んだランナーがお祭りちゃんの右中間に落ちるヒットで生還。


リードを2点に広げ、8回はエンゲラ、9回はキッシー。共にヒットを1本ずつ許しながらも、スカイスターズに勝利。



すなわち、試合後は焼き肉外出。バスの中でじゃんけんして、5人を連れて夜の街へ繰り出した。


門限まであんまし時間もないんでね。予約の電話口で最初の注文を通して、40分かそこらで5人前の肉とビビンバと、杏仁豆腐をかっ食らって終了ですよ。



ともかく、開幕からの借金をついに完済し、勝率5割復帰、3位浮上する形となったビクトリーズであった。





5月の後半から始まるは、前半戦のポイントと言ってもいい、東西交流戦である。


西日本リーグに所属する6チームと3試合ずつの計18試合。わりと長いと思ったらあっという間。負けが込むとやたら早く感じる不思議な3週間である。




そんな重要な時期の大切な移動日に、俺はとあるビルの1室に来ており、とちぎスポーツプロジェクトの役員としてのお仕事である。



今日の題目はいよいよ今秋から始まる、高校野球、春秋主要大会のレギュレーション改変の詰めの話である。



夏の甲子園予選という究極の1発勝負があるんだから、春と秋はリーグ戦にすれば良くね?



そして全チームにパワーランキングを設定して、各年代の有望選手をピックアップする、プロスペクトもやっちゃえばいいじゃんという俺の提案であった。


後は大会毎にMVPとかベストナインとかも選定して頑張った選手はたくさん注目されるような形にしたり。



まずは夏休みシーズンから始まるリーグ戦。参加チームを各ブロックに振り分けて、コンピュータで日程を決める。



とりあえず1ブロック6チームで2試合ずつやって10試合消化。その結果で秋の大会をベスト16からの決勝トーナメントという形で行うイメージだ。





1番の目的は、選手の出場機会を増やして、俺みたいに生き方が下手くそで埋もれたりすることがなくなるように、多くの実践の場を用意すること。


プロになってから学生野球を見ると、如実に感じるんですけど、全体的に経験値が足りないように見えるんですよ。


アメリカで見た学生野球は、チームとしてのコンセプトというか、子供達にスポーツをやらせるというのはどういう意味なのかが浸透している感じ。


あまり上手くない子供達も、失敗を恐れずにノビノビとプレーしているんですよ。


ですから、自分の得意なことがグイグイ伸びていく感じで。逆に日本なんかだと小学生の子供達。


野球教室に来る少年少女達は、自分はあまり上手じゃないんで、試合に出れなくてもいいです。って口にするくらい慎ましやかな子もいますからね。


俺はそんな子がいたら……。


「逆だよ。下手くそだから、試合に出るんだよ。そして死ぬほどチームや友達に迷惑掛けるんだ。そうすればもっと一生懸命練習するようになるから」


と、そう伝えることにしている。


そういう意味もあって、学生スポーツでも、リザーブ戦やオータムリーグ。部活動の二毛作システムなんかを浸透させようとしているのだ。


その一環として、練習試合のマッチングアプリなんかも開発してもらった。


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