第30話 偽世とは
一方、
「ちょ、
後ろから麒麟が制止するも、「腐っても陰陽頭じゃ、偽世くらい存じておるじゃろ?」と満仲が凄む。陰陽頭の席で、じっと満仲を見上げていた一益だったが、深く吐息を漏らすと、「まずは座るが良い」と二人を席に着かせた。
「それで、偽世とは何じゃ?」
父の正面から、満仲が問う。
「偽世とは、
そこまで言って、一益が沈黙した。組んだ両手に一益の視線が落ちる。
「なんじゃ、
苛立つ満仲に、一益が吐息を漏らす。
「死者を蘇らせんとして、失敗し、彼の世に戻れのうなった者らがおる場所じゃ」
「何じゃとっ? 左様な場所に、主上らが居ると言うのか!」
「主上? まさか、東雲の者が現われたのか?」
「……東雲黄呂という御仁が、主上と三条水影様、春日安孫様を偽世へと隠されたんです」
麒麟の説明に、一益が頭を抱える。
「東雲黄呂……。あの八千代が生きておったのじゃな」
「いや、
「えっ? そうなんですかっ?」
信じられないと言わんばかりに麒麟が面喰うも、平然と満仲は続けた。
「彼奴はあの時……
「本当ですか? 俄かには信じられないというか……」
「
「ああ。主上の臣下になりたいという願い……。同じ瑞獣が増える分には、おれは賛成だったんですが……」
「阿呆を申すでない、麒麟。此れ以上、癖の強い者らが増えるのは御免じゃ」
ぷいっとそっぽを向いた満仲に、「はは。霊亀様がそれを言うとは……」と麒麟が空笑いした。
「それで、
「そうじゃのう……。主上らはまだ生きておる身。であらば、
「っち! 面倒な世を作りよって! ……されど、東雲の死者蘇生が秘術、あれは真に失敗じゃったのか?」
その問いに、一益の眉間が動いた。
「焼き討ちの折、八千代が申したこと、あれは真か? 真に東雲の死者蘇生の秘術に対し、不動院が陰謀を働かせたのか?」
満仲の追及に、一益が鼻息を漏らしながら、首を振った。
「満仲、そなたは死者蘇生が、正しき人の在り方と思うか?」
ぴくりと反応を示した満仲に、一益が続ける。
「死者を蘇らせんとすることは、我ら人に許されしことか? ……
そっと一益に微笑まれ、満仲が、ぎゅっと口を噤んだ。不動院親子の言わんとしていることが分かるような、分からないような、それでも麒麟が話を進める。
「主上らをお救いするためには、御三方を
「阿呆、急がば回れとも言うじゃろう。麒麟よ、骨は折れるじゃろうが、御前は三条の兄を屋敷から連れ出して参れ」
「
「今屋敷を出なければ、一生可愛い弟には会えぬ、そう申して尻を叩け」
「分かりました。では、九尾様は……」
「安孫のすけは、親父殿の他おらぬ。そちらはわしが連れて参ろう。問題は、主上じゃな。生きておる者らの中に、主上を此方が世に連れ戻せる者などおらぬ。主上が愛する女人がおれば良かったのじゃが、
「愛する女人……。あのう、霊亀様。主上を愛する女人とは、亡くなっておられる方でもいいんですか?」
「それは、つまり、そういうことか?」
「はい。さすがは霊亀様。話が早くて助かります」
「はあああ」
満仲が深い溜息を吐いた。
「じゃが、その女人が八千代によって死者蘇生されておれば、此の世にも彼の世にもおらぬ。つまりは偽世にて、主上といちゃこらしておる可能性もあるぞ?」
「んー、何となくですが、あの御方はまだ、此の世にいらっしゃるような気がするんです。今もまだ此の世で、主上を見守っておられるんじゃないかと」
麒麟が、かつて朱鷺と恋仲であった、亡き朔良式部を思い浮かべる。その墓を掃除した麒麟は、どうしてかそう思えてならなかった。
「聡明な麒麟の申すことじゃ。一丁、此処は賭けてみるとするかのう。ようやく最終局面じゃ。しくじるでないぞ、麒麟」
「はい! 霊亀様も!」
確かな絆を持って、二人が力強く頷く。それぞれ、三人が縁のある者らの下へと急いだ。
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