第一章 転生者としての私
第1話 魔獣狩りの黒髪のグロンダイル
夕暮れの道を進む四人のパーティーは、カイルを先頭に疲労と安堵が交錯する中でエレダンの街を目指していた。
沈みかけた太陽が地平線を赤く染め、温かい橙色の光が彼らを優しく包んでいた。
「今日はみんなよくやったな。帰ったら、俺がうまい飯を奢るから楽しみにしておけよ」
陽気に声を掛けるカイルは、仲間たちの顔を一人ひとり確認しながら歩を進めた。彼の背に負われた大剣は、今日の激しい戦いを物語るように、刃に幾筋もの傷を残していた。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。うまい飯ったって、こんな辺境で期待できるわけないじゃない。そんなことより、わたしは早く湯浴みしたいわ。もう、ほこりまみれで気が滅入るっての……」
エリスは肩越しに矢筒を確認し、残った矢の数を見てため息をついた。戦いの激しさが矢の数からも伺えた。
フィルは手にした魔石を夕日にかざし、その輝きをじっと見つめていた。
「うーん、今回の収穫はまあまあだね。これでしばらくは安泰だ」
彼の声に安堵の色が混じり、ホッとしたような笑みが浮かんだ。
その後方を歩くレルゲンは、憔悴しきった表情を浮かべながら呟いた。
「儂はもう限界だ。早く街に戻って休みたい。ああ、それから酒だ、酒を飲ませてくれ……」
それぞれが疲労とともに街への帰還を急いでいたが、その胸には、無事に帰れるという安心感と、仲間との時間を待ち望む気持ちが宿っていた。
◇ ◇
北方の辺境都市【エレダン】は、冷たい風が絶えず吹き荒れる不毛の地に佇んでいた。灰色の雲は低く垂れこめ、日差しが届くことは稀で、街は常に薄暗く、陰鬱な雰囲気が漂っていた。周囲に広がる風景は、荒れ果てた岩だらけの大地と、ところどころに点在する枯れ木が、寒々しい印象をさらに強めている。
しかし、この地を真に恐ろしいものにしているのは、【魔獣】と呼ばれる正体不明の脅威だった。
魔獣。それはどこから現れ、どのようにして数を増やすのかすら解明されていない謎の存在である。黒紫色の体表を持ち、様々な生物を模倣したような異形の姿をしており、見境なく生物を襲うその凶暴さは、周囲に恐怖をもたらしていた。彼らはエレダンの周辺を徘徊し、冷酷な瞳で獲物を探し続ける。
そんな危険極まりない土地でありながら、エレダンには絶えず人々が訪れていた。その理由は、魔獣からしか得られない貴重な【魔石】の存在にあった。魔石は、闇夜に煌めく美しい光を放ち、その力は魔術や魔道具の源として不可欠なものであった。
エレダンはこの魔石の一大産地として知られ、多くの冒険者やハンターが集まる場所となっていた。彼らは一攫千金を狙い、命を懸けて剣を取り、堅固な防具を身に纏い、パーティーを組んで魔獣狩りに挑んでいた。
カイルたちのパーティーもまた、その中の一つであった。彼らは今日の狩りを終え、疲れを感じながらも街への帰路についていた。仲間たちと共に過ごす静かな夕刻、それぞれの思いを胸に秘めながら、歩みを進めていた。
◇ ◇
その時だった。突然、地面が低く震えるような音を立てた。音の源を確かめようと、カイルは反射的に後ろを振り返った。
「何だ……?」
カイルが呟くのと同時に目に映ったのは、遠くの地平線に黒い波のような動きだった。それは一瞬で広がり、まるで闇そのものが意思を持っているかのように、不気味にうねりながらこちらに迫ってくる。その異様な光景に、カイルの胸には不安が走った。これはただの風ではない――何か恐ろしいものが迫ってきている。
その正体は、一目で分かった。黒い波のような魔獣たちが、彼らに向かって押し寄せてきていたのだ。数はあまりにも多く、地響きと咆哮が遠くからでもはっきりと響き渡り、その重圧が空気を押しつぶしていた。
「魔獣? どうしてこんなに……?」
エリスの声は、震えながら呟かれ、恐怖に満ちていた。心臓が一瞬で凍りつき、血の気が引いていくのを感じた。カイルは必死に歯を食いしばり、仲間たちの顔を見回すと、皆が恐怖で固まっているのが分かった。
すぐにカイルは気を取り直し、切羽詰まった声で指示を出した。
「考えている暇はない!とにかく、逃げろ!」
その声が響くと、仲間たちは一斉に走り出した。
背後では、魔獣たちの黒い波が一瞬で距離を詰めてきて、大地が震え、耳をつんざくような咆哮が迫ってくる。魔獣たちの猛進に、彼らは必死に逃げ続けるしかなかった。
なんとタイミングが悪いことだろう。彼らの装備はすでに戦いの跡を色濃く刻み込んでおり、ぼろぼろになっていた。
カイルの大剣には無数の欠けが生じ、エリスの弓の弦は切れかけている。フィルの魔道具のオーブには細かな亀裂が走り、その術式ももう機能しないだろう。レルゲンの回復術も、すでに一日の限界に達しており、戦う余力など残されていなかった。
魔獣の咆哮が不気味に近づいてくる。カイルは振り返り、迫り来る魔獣の姿を確認した。
「まずいぞこりゃ、ダイアーウルフだ!」
ダイアーウルフ。その名が示す通り、普通の狼の何倍も大きく、筋肉質な体と黒光りする毛並みを持ち、鋭い爪は一撃で岩をも砕くと言われるほど強力だ。
咆哮が雷鳴のように周囲に響き渡り、緊張感が一層高まる。カイルは焦りを抑えきれずに声を上げた。
「奴らは足が速い。このままじゃ追いつかれる!」
「そんなこと言われたって、隠れる場所なんて見当たらないわよ!」
エリスが息を切らしながら、焦燥感を込めて叫ぶ。周囲を見渡しても、大きな岩一つも見当たらない。無駄に時間を費やし、逃げ切れる場所がないと悟ったカイルは、心に決意を固める。仲間たちを守るため、逃げるだけではすまない。
彼は一瞬の静寂を感じながら、覚悟を決めた。
「しょうがない。俺が時間を稼ぐ! その間に逃げろ!」
カイルは刃こぼれした剣を力強く構え、仲間たちに背を向けて声を張り上げた。その瞳には決意が宿っており、どこまでも強い意志が感じられた。
「ちょっと、カイル、そんなのだめだよ!!」
エリスの声には切迫感がこもり、反論しようとするが、その言葉はカイルの決意の表情に押しつぶされてしまった。彼女は何も言えず、ただカイルを見つめるしかなかった。
「カイル……」
「へへっ、気にするな。俺なら大丈夫だ。この程度で死ぬもんかよ!」
カイルの声には揺るぎない覚悟が込められていた。その言葉に、仲間たちは彼の決意の深さを感じ取った。
「いいから行け!行くんだ!!」
仲間たちは、カイルの瞳に秘められた決意を見つめ、躊躇いの後、必死に走り出した。彼らの背中に残るのは、カイルの無言の激励だけだった。
「死んだら承知しないからね!」
フィルの声が遠くから聞こえ、カイルはおかしそうに笑った。その笑顔には、仲間たちへの最後の別れの意味が込められていた。
彼は背中の大剣をしっかりと握りしめ、決意を込めてその剣を構え直す。
「仲間を守って死ぬか。こんな終わり方も悪くはないな」
もはやカイルには一瞬の迷いもなく、眼前に迫る魔獣の群れに対して、少しも引くつもりはなかった。
彼は静かな覚悟とともに、全身に力を込め、戦いの準備を整えた。
その時だった。突然、轟音と共に激しい爆風が吹き荒れた。耳をつんざくような音が辺りに響き渡り、地面が揺れ、砂埃が舞い上がる。カイルはその激しい風に目を細めながらも、瞬時に周囲の状況を把握しようとした。
「な、なんだっ!?」
そのとき、カイルの目に飛び込んできたのは、彼に飛びかかろうとしていたダイアーウルフが、まるで風に吹き飛ばされたかのように空高く吹き飛ばされる光景だった。
彼は目を見開き、その異様な状況に驚愕した。
爆風の中、空気が一変し、目の前の空間が歪み、強烈な風が吹き荒れる。その圧力に全身が押されるような感覚を覚えた。カイルは周囲を見渡し、その異常な変化に戸惑いながらも、強い緊張感が身体を支配していた。
そして、爆風の中から現れたのは、革の鎧を纏った一人の少女だった。
彼女の華奢な身体つきは、その小さな体からは想像もできない強さを感じさせた。目を引く長い黒髪が風に舞い、その艶やかな髪は夜の闇よりも深い色合いで、まるで光を吸い込むような美しさを放っていた。
その少女の力強い叫びが空気を震わせた。
「来いっ!
その瞬間、彼女の背中から黒い翼が突然に現れた。翼はまるで暗闇から生まれたように広がり、その圧倒的な存在感を周囲に示していた。翼は大きくて優雅なもので、羽ばたくたびに静かに、しかし確実に空気を震わせていた。
その動きには威圧感と共に神秘的な美しさが漂い、羽根一枚一枚には深い黒が宿り、先端には微かな光が宿っていて、まるで夜空に散りばめられた星々が反射しているかのように輝いていた。
カイルはその光景に目を見開き、現実とは思えない不思議な感覚に包まれていた。
目の前に広がる光景が夢の中の出来事のようで、自分が幻を見ているのではないかと感じた。
翼が羽ばたくたびに、少女の周囲に無数の微細な白い粒子が舞い、その粒子が空間に奇妙な輝きを放っていた。それは計り知れないな力を秘めているようで、すべてを圧倒する力強さを持っていると感じられた。
少女が一歩一歩前に進むたびに、翼は力強く羽ばたき、その圧倒的なプレッシャーが周囲に広がった。その瞬間、翼の影が地面に落ち、ダイアーウルフたちは一瞬動きを止め、その姿を見つめながら低く唸り声を上げていた。
少女の小さな手が腰に下げた剣に伸びると、その剣がじわりと光を放ち始めた。
刀身は純白で、周囲の闇と対比して輝き、まるで月光を浴びているかのような神秘的な光沢を見せていた。そのサイズはロングソードに匹敵し、少女の小柄な体には明らかに不釣り合いだったが、彼女はまるで軽い羽根を持つかのように、それを軽々と持ち上げた。
カイルはその光り輝く刀身を見つめ、驚愕の声を漏らした。
「あの剣は……なんだ?」
少女は深く息を吸い込み、その剣を大きく振りかざすと、躊躇することなく、迫り来るダイアーウルフの群れに向かって突進していった。
その動きはまるで鳥が低空を滑空するようで、地面を蹴るというよりは、空中を滑るように見えた。スピードは常人のものではなく、目にも止まらぬ速さで魔獣たちに迫り、まるで光の帯が空間を切り裂くように進んでいった。
「
奇妙な掛け声とともに、少女の周囲に白い靄のような膜で包まれた半透明の球体がいくつも浮かび上がった。それらの球体は宙に浮かび、彼女を守護するかのように均等に配置されていた。淡い光を放ち、まるで夜の海に浮かぶ星のように神秘的だった。
カイルはその光景に目を見張り、次の瞬間には呆然とするしかなかった。頭のダイアーウルフが少女に向かって鋭い牙を剥き、猛然と襲いかかったのだ。
カイルはその惨劇の予兆に、思わず叫んだ。
「逃げろ!」
しかし、奇跡のような展開が繰り広げられた。
ダイアーウルフたちが少女に飛びかかろうとしたその瞬間、半透明の球体が急に震え出し、次の瞬間一斉に弾け飛んだ。その爆発が瞬時に周囲に広がり、まるで嵐が突如として訪れたかのような猛烈な風が吹き荒れた。球体の破裂音が次々と耳をつんざき、その音はまるで空を裂く雷鳴のようだった。
球体の爆発に巻き込まれたダイアーウルフたちは、狂風に吹き飛ばされるように次々と弾き飛ばされていった。
彼らの吠え声と呻き声が混じり合い、激しく響き渡る中、少女の周囲はまるで戦場の中心にいるかのように風が荒れ狂っていた。少女を守護する球体たちが放った力は、単なる防御を超え、攻撃的な威力をも帯びていた。
その光景に、カイルは言葉を失い、ただ驚愕のまなざしを向けるしかなかった。
「こいつは……」
振り返り、その異様な状況を見ていた魔術師のフィルは、少女が展開しているものが通常の魔術障壁ではないと確信した。
「風の魔術障壁か? でも、こんなものは見たことがない!」
フィルの声には、隠し切れない驚きと混乱が色濃く表れていた。彼が持つ知識では、魔術障壁を形成するためには複雑な魔法陣や長大な詠唱が必須とされていた。しかし、この少女の技は、そのどちらも必要としていなかった。その光景には、魔術の常識を超えた、まるで異次元の力が宿っているように感じられた。
少女は一瞬立ち止まり、振り返った。
その瞳には冷たくも確固たる決意が宿っていた。彼女の声は苛立ちと切迫感が混じり、周囲の空気を鋭く引き締めた。
「こいつらは全部私が片付けるから、あなたたちは下がっていて!」
カイルはその言葉に驚き、信じられないという表情を浮かべた。
「これだけの数だぞ? いくらなんでも一人で相手するなんて無理に決まってるだろ!」
群れの総数は軽く数えても三十以上。絶望的な状況の中、カイルは強い疑念を抱きつつも、少女の圧倒的な自信とその声の力強さに圧倒されていた。
「いいから下がって!」
少女の声には苛立ちが滲んでおり、その響きは緊迫感を一層際立たせた。
彼女の手が軽く剣に触れ、その剣の輝きが彼女の意志の強さを物語っていた。周囲の魔獣たちも、その存在感と威圧感に圧倒されたように動きを止め、少女の一挙一動に視線を集中させていた。
「だいたい、そんな剣一本でどう戦おうっていうんだ?」
戸惑いを隠せないカイルに、少女は突然、じとーっとした不機嫌な表情を浮かべて言い放った。
「そんな剣って言ったわね……。あなたたちは邪魔だって言ってるのよ! 早くいきなさい!!」
少女の言葉の意図がわからないまま、カイルはその鋭い目つきと苛立ちを含んだ声に圧され、他に選択肢がないと判断して駆け出すしかなかった。
少女がその姿を見届けると、不敵な笑みを浮かべながら迫り来るダイアーウルフたちをじっと見つめた。彼女の口元に浮かぶ笑みには、恐れを知らぬ勇気と決意が溢れていた。
そして、少女は剣を両手でしっかりと握りしめ、正眼に構えた。その動作は緊張感と自信に満ち、どこか神聖な儀式のように見えた。剣の白い刃が彼女の決意を反射し、周囲の暗闇に対抗するかのように輝きを放っていた。
ダイアーウルフたちはその姿を見て、一瞬の間をおいて動きが止まった。少女の強い意志と、不屈の決意に対する威圧感に圧倒されているようだった。
その瞬間、少女は剣に向かって、まるで親しい友人に話しかけるかのように呟いた。
「さて、邪魔はいなくなったし。茉凜、やるわよ。えっ……? ああ、なるほど。たしかに纏めちゃった方が早いか」
その言葉には、まるで長年の相棒と会話するかのような自然さが漂っていた。
そして、少女は剣を高々と掲げ、周囲に向けて力強く叫んだ。
「流儀白!
その言葉が空に響くと、ダイアーウルフたちは突然、動きを止めた。
彼らは一斉に白く半透明なドームに覆われ、まるで風の嵐に巻き込まれるかのように中で荒れ狂っていた。彼らの吠え声と呻き声がドームの内部で反響し、まるで強制的に引き寄せられ、束縛されているかのようだった。
カイルたちはその光景を目の当たりにし、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。少女の圧倒的な力に圧倒されていた。
「ほれっ、お前らそこに集まれ」
少女の冷ややかな声が空気を切り裂いた。
その瞬間、半透明のドームに包まれたダイアーウルフたちは、無力感を露わにしながら、次々と一箇所に集められていった。まるで少女の意志が形となり、彼らをおもちゃのように操っているかのように見えた。ダイアーウルフたちは為すすべもなく、一箇所に固められ、虚しく束縛されていった。
その様子は、少女の持つ力の圧倒的なまでの精緻さと制御力を物語っていた。彼女の目には、何の躊躇もなく、ただ冷酷な決意だけが宿っていた。
「なんだってんだ、これは!?」
カイルたち一行はその異様な光景に驚愕し、言葉を失っていた。目の前で繰り広げられる超常的な現象に、ただ立ち尽くすしかなかった。
少女は剣を両手でしっかりと握り、その剣先をうず高く積み重なったダイアーウルフの群れに向けた。彼女の目は冷徹で、その口元には冷ややかな微笑みが浮かんでいた。
そして、静寂の中、彼女の声が響いた。
「流儀赤、
瞬間、半透明のドームの内部で爆炎が生じ、ダイアーウルフたちは猛り狂う火の海に囲まれた。彼らの悲鳴と焦げる臭いが一瞬にして広がり、炎の勢いがドームの中で暴れ回った。しかし奇妙なことに、炎は薄い白い膜の内側でだけ燃え広がり、外部には一切影響を与えていなかった。
少女は平然とその炎を見つめ、まるで火の海が自分の周囲には存在しないかのように、涼しげな顔をしていた。
「まじかよ……」
カイルは目の前で繰り広げられる驚愕の光景に、ただ狼狽えた。
「こいつはただの魔術じゃない。詠唱なしで、しかも複数の属性の行使だって?」
フィルもその場に立ち尽くしていた。少女が見せた力は、常識を超えていた。それは彼の魔術の知識と経験の範囲を超える、根本的に異なるアプローチによる力であることは明らかだった。
ダイアーウルフの群れが断末魔の叫びを上げながら焼き尽くされる様子を見つめる少女の口元には、わずかな笑みが浮かび、瞳には狂気じみた冷たさが宿っていた。その瞳は、まるで自分の力が完全に発揮されたことに対する満足感と、それがもたらす破壊の美しさに興奮し、酔いしれているかのようだった。
破壊の後に残された静寂の中で、彼女の力強さと冷徹さが一層際立っていた。
「これで終わり……」
彼女のその一言が、静まり返った周囲に響いた。カイルたちは圧倒されるばかりで、ただ呆然と立ち尽くしていた。
◇ ◇
すべてが片付いた後、少女は静かに歩みを進め、カイルたちの元へと近づいていった。背中に広がっていた謎の黒い翼は、いつの間にか消え去っていた。
先ほどの凄絶な力を発揮していた面影はどこへやら、彼女の顔には穏やかで、心からの優しさが滲んでいた。年齢は十代の初めといったところで、少女の顔立ちはまだ柔らかな幼さが残っており、その無垢な可愛らしさが、まるで春の陽光のように周囲を和ませていた。
カイルたちは、彼女の変わりように息を呑んでいた。
美しく長い黒髪が風に揺れ、その艶やかな髪がまるで夜の帳のように彼女を包んでいる。透き通るような大きな薄緑の瞳は、深い泉のように澄んでおり、その瞳の奥には、清らかで優しい光が宿っていた。長いまつげがその瞳を優しく縁取り、瞬きをするたびに、繊細な影が彼女の頬に落ち、彼女の小さな唇は、一枚の花びらのように柔らかく、その微笑みは、戦いの荒々しさを完全に払拭し、周囲に安らぎの空気を漂わせていた。
少女が穏やかな笑顔を浮かべると、カイルたちはようやく安堵を覚えた。戦いの恐怖と緊張から解放され、彼女の存在がまるで救世の天使のようにも感じられたのだ。
「みんな無事みたいね」
少女の声は、春風のように柔らかで、ほのかに温かな響きを持っていた。その微笑みは、冷酷な戦いの後に咲いた一輪の花のように清らかで、見る者の心に安らぎをもたらすものだった。
「あ、ああ……。あんたのおかげで命拾いしたよ。ありがとう」
カイルの声は、まだ震えを含み、その目には未だ信じられないという戸惑いが色濃く残っていた。
彼の心は、目にしている光景が現実なのか、それとも幻想の中の出来事なのかを判断できないほど、少女の力の規模とその存在感に圧倒されていた。彼らが知っている魔術の常識をはるかに超越するその力は、まるで世界の法則がひとときの間、彼女のために歪曲されたかのようだった。
「その漆黒の黒髪……。あんたは、もしかして【黒髪のグロンダイル】か?」
レルゲンの問いかけには声の震えが隠せず、その目はただ少女の姿をまじまじと見つめていた。
「ええ、そうよ」
少女の答えには、ふんわりとした微笑みが添えられていた。
その笑顔に、カイルたちはただただ見惚れるばかりだった。
少女の姿は、戦場の悲惨さを一瞬にして美しさで覆い隠し、彼らにとってはまるで天から降り立った奇跡の女神のように感じられ、心の奥底で深い感謝の気持ちが湧き上がるのを感じた。
カイルはその瞳で、少女の佇まいにただ圧倒されていた。その一方で、彼の心の中で静かに呟かれる疑問があった。
「この少女は一体何者なのか? どうしてこんなにも強いのか?」
その問いは、彼が知っている現実の枠を超え、未知の領域へと引き込まれている感覚を抱かせた。しかし、その謎の深さに圧倒される一方で、今はただ彼女の常識外れの力に心から感謝することしかできなかった。
彼女がもたらした平穏は、彼らにとってかけがえのないものであり、その力がなければ恐らく今ごろ絶望の中に沈んでいたことであろう。
カイルはその思いを胸に、少女に深く頭を下げた。言葉には尽くせないほどの感謝の気持ちが込められていたが、その感謝の気持ちは一つの微笑みにも似た、彼ら全員の共鳴する感情だった。
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