第8話 命の像

 石壁に開けられた穴から部屋に入ってきたジョッシュさんは目に見えて狼狽うろたえていた。

 原因は『俺が動き回っていること』と『マーちゃんと大きなロボットたち』ではないかと思う。さらに自身ではなった『爆燃の術』らしき攻撃が、俺たちに対して全く通用しなかったこともあるかもしれない。


 いきなり炎を浴びせられた俺たちはといえば、ジョッシュさんについて念話で意見交換していた。


「致死性の攻撃を受けたと判断する。幸いにして誰も負傷したり、破損したりしてないがな。丁度良いのではないか? ここは出会いも少なそうだし」


 とマーちゃんがのたまった。

 つまりは俺に『憑依ひょうい』を使えとそう言っているのだ。


「俺としても踏ん切りがつかないところなんだよ、マーちゃん。別に悪い人ってわけじゃないと思うし。俺たちの外見がいけんからして、火でもぶっかけたくなったんじゃないかな……」


 俺とダミノルさんの見た目に『警戒しない』という普通の人っていないんじゃないだろうか。

 普通の人だったら、まずは逃げるだろうから、ジョッシュさんも普通とは少し違うとは思うが。


「日本人的な倫理観について理解はしている。だが外見がいけん云々うんぬんというのも含めて、我々の様な者は利用されるか排除されるかのどちらかしかない。

このままではそうなったら逃げるしかないぞ」


 踏ん切りのつかない俺に対し、マーちゃんはそう言ってくれた。

 攻撃を受けたら反撃するのが普通だが、今回はこっちも普通ではない。


 目の前のジョッシュさんは何だか呼吸が荒くなっているし、目が泳いでいて、何やら必死に考えているようだ。腰が引けている感じだが、逃げたらまずいことでもあるのだろうか。


 俺はジョッシュさんに話しかけてみることにした。対話は試みてみなければならないんじゃないかと思う。

 それで駄目だったら、マーちゃんが言った通りこちらが逃げるしかないかもしれない。


「あー……私の言っていることは分かりますか?」


 俺が少し前に出て、念話で話しかけたところ、ジョッシュさんは肩をビクリとさせた。


「な、話せるのか? まさか『命の像』が生きているなんて……だが生きていても不思議は……」


 どうやらジョッシュさんには通じたらしい。『人語理解』と『念話』が使える能力であるのは助かる。

 あと俺はやっぱり置き物状態だったらしい。命の像って何やねん……。


「私はシゲル・クラウチです。ジョッシュさん、あなたはここに何をしに来たのですか?」


 この場所のことも気になったが、先に目的を聞いた方が話が早いかと思った。

 聞いてみたところで、ジョッシュさんの顔が歪んだ。


「何で私の名前を知っている!? シーゲルクラウチだと? 名前があるのか!? 

ああーとにかく言葉が分かるなら『命のしずく』を貰えないだろうか。身体がそろそろ限界なのだ。身体が駄目になれば亡霊魔術師ワイトになるしかない……頼む」


 また謎ワードが出てきた。命のしずくとは俺が持っている物らしいが、こちらで手に入れた物といえば切り取った壁と柱からがしたツルツルの金属板しかない。

 それと亡霊魔術師ワイトって言ってるがジョッシュさんはアンデッドではないらしい。焦っているようだが、成りかけなんだろうか。

 それにしても、俺の翻訳ほんやくさんは日本語と英語を適当に混ぜてきてるな。外来語ってことなんだろうか。


「命の雫とは何のことですか? それはいつもどうやって採っていましたか」


 解らないことは聞いてみよう。


「知らないのか!? お前がいつも顔の辺りから出している液体だ。顔を叩いたのを怒っているのか? まだ出るのだろう? 私もそれほど余裕があるわけではないのだ」


 ジョッシュさん、相当に切羽せっぱまっているようだ。

 ジョッシュさんの欲しがっている命の雫とはおそらく俺の涙かヨダレではないかと思われる。顔を叩かれると出してたらしい。

 俺が寝てる間にそんな物を窃取せっしゅされていたとは。


「命の雫は何とか出します。あれってそんなに役に立つ物ですか? ジョッシュさんは今まで、アレでどのくらいっていましたか」


 俺は咄嗟とっさに嘘をついた。今はそんなもの出すのが難しい。


「お願いだ頼む。ここにいる者では我が師にとっても私や他の弟子たちにとってもアレが必要だ。私はもう400年は生きているが、研究の成果が出たとは言いがたい状況でな」


 置き物と化していた俺はここで延命らしきことに利用されていたのだ。

 このままでは外に出してもらえそうにないことと、俺が延命薬か何かの素材として利用できることが他にも知られていれば危険なことは分かった。


 ここまで来れば俺だって自分がかわいい。脱出についてはジョッシュさんを利用させてもらおう。


 俺の頭上にあるイソギンチャクから、肉々にくにくしい管がジョッシュさんのひたいに伸びて貼り付いたのはすぐのことだった。


「おい! 急に何をするんだ。止めろ! ウウ……ハギョレモォォォォ!!」


 個性的な絶叫と同時にジョッシュさんは倒れ、俺はといえば物凄い勢いで彼のひたいに向かって吸い込まれた。


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※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。




 

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