第36話 昔話

「お兄ちゃん、やっと帰ってきた。みんなは自分の部屋に戻ったけど……エッチなこととかしてないよね?」



 ティアといろいろと話してパーティー会場に戻るとすでに食事は終わっており、片付けの指示をしていたアンジェに拉致られてそのまま一緒に屋敷を散歩することになった。



「久々の屋敷はどう? 懐かしいでしょ」

「ああ、ここは俺の故郷なんだなって改めて実感するよ。色々と面倒をかけてすまなかったね、アンジェ」

「ふふん、わたしがんばってるんだから。もっと褒めてよね」

「ああ、アンジェはすごいよ」


 

 俺が逃亡生活を始めて一年たつが屋敷に変わったところはなく、領地内の人々の表情も明るかった。これは彼女の統治がしっかりしているということだろう。

 そして、久々の屋敷には思い出があふれており、心が落ち着くのがわかった。



「ねえ、お兄ちゃん。あの壁の向こうって私の部屋だよね……あの人たちなにやっているんだろう?」

「エレナとセリス……? まじでなにやっているんだ?」



 アンジェの指さす先には壁にむかって二人が何か話しているのが見えた。今回の食事で昔のように仲良くなったのはうれしいが確かに気になったので、耳をすます。



「どうしたのですか、大賢者ともあろうものがまさか壁越しに音をきくこともできないのでしょうか?」

「なめるでない。所詮は壁なんぞ木じゃからな。エルフであるわしなら音を拾うくらい容易じゃ。じゃが、ファントムが実の妹に手を出しているのはほんとうなのかの」

「さあ、わかりません。ですが、良い年頃の男女が一緒に寝るというのは危険ですからね。万が一を考えてファントムお兄様の貞操をまもるためなのです。それに神は言っています。実の妹よりも、義理の胸の大きい妹とむすばれるべしと、そう、これは神の指示なのです」

「その神、絶対おぬしの妄想か、邪神じゃろ……お、きこえてきたぞ」

「「……」」



 とてもしょーもないことを話していた。というかアンジェは半分とはいえ血がつながった実の妹だよ……そんなことするはずないでしょ。



「とりあえず癖になったらまずいからおしおきしとこ」

「ぴぎゃ!! 耳がぁぁぁ!?」

「ああ、エレナさん大丈夫ですか? 今治癒しますからね」



 どんと壁を叩くと壁に耳を当てていたエレナが悲鳴をあげて耳をおさえる。



「ねえ、お兄ちゃん……付き合う友達は選んだほうがいいよ」

「普段はもっと普通なんだよ……多分酔ってるんじゃないかな……」



 とても冷たい目で二人を見るアンジェに苦笑しながら先に進む。



「あ、書庫に明かりが灯ってるね。こんな時間なのに誰がいるんだろ?」

「そういえば、さっきソロモンちゃんが英雄譚を読みたいって言ってたからカギをあげたんだ」

「……ずいぶん仲良くなったんだね」

「うん、あの子って英雄譚とか好きみたいでとっても盛り上がったんだよ」



 魔王をちゃんよびとはうちの妹は案外大物なのかもしれない。そんなことを思っているとアモンとソロモンの声がきこえてきた。



「お嬢!! そろそろ寝ないとまずいって明日は朝がはやいんだぜぇ」

「ですが、アモン。ここは宝物庫ですよ。人間が作った物語がたくさんあるんです!! もっと読まねば……」



 いつものようにアモンがむっちゃふりまわされているようでクスリと笑みがこぼれる。



「いいから、明日起きれなくなるだろぉ。馬車で寝てたら魔王の威厳がないぜぇ」

「……むう、わかりました。では、一つだけ質問をいいでしょうか?」

「ああ、何でも聞いてくれや」

「この、セックスというのはなんでしょうか?」

「ぶふぅ」



 アモンが噴き出す声がここまで聞こえてきたのは気のせいではないだろう。というか魔族の性教育ってどうなってるんだよぉぉぉ。

 そういや、ソロモンって人間でいうと何歳くらいなんだろうか……



「あー、それはだな……男女が仲良くなったときにやることだぜぇ……でも、本当に親しい人としかやらねーんだ」

「なるほど……じゃあ、グスタフとセックスとやらをやってみるとしましょう。私と彼は仲良しですからね。これも人間と魔族の共存に近づくためです。楽しみですね」

「だめだーーー。ぜったいやめるんだ、お嬢。人間と魔族どころかエルフとまで戦争になっちまう」


 待って待って、マジで俺を巻き込まないで。馬車の空気が凍るわ!!



「どうしたの、お兄ちゃん?」

「なにもなかった。いこう」



 ソロモンの性教育はアモンに任せ、 巻き込まれたくないので聞こえなかったふりをしてアンジェをひっぱって散歩を続けることにする。



「最近は領地でなにかかわったことはあったか?」

「うーんそうだね、どっかのバカな元領主が厄介ごとをもってきたことくらいかな」

「ごめんって……それ以外でたのむ……」

「冗談だよ。今年のリンゴは出来がいいってアーノルドさんが言ってたのと、騎士のヘンリーが結婚したよ。あと、またステラが告白されてた。断ってたけど……」

「あー、懐かしいなぁ……よくアーノルドさんの畑に遊びに行ってもらってったよね。ヘンリーのやつもついに結婚したのか、幼馴染のメイドと付き合ってたよね」



 懐かしい名前をいくつも聞いて思わずにやける。平和になってこういう話をきいていると、魔王討伐をがんばってよかったなと思う。

 この世界を守る戦いに意味はあったのだと実感できるからだ。



 異世界転生したけど、俺にとっての故郷はここで……家族はアンジェたちなんだよな……


 改めてそんなことを思っていると中庭に出る。地方領主だが貴族であるためそれなりに金をかけられており、そこらかしこにランプが設置されているので夜でも明るかった。

 そんななか、古いけど綺麗に磨かれている小さなブランコが目に映った。



「あれは……」

「なつかしいよね。全然乗れないって私が泣いていた時にお兄ちゃんとアンリエッタお姉ちゃんが一生懸命教えてくれたよね」

「……」



 それは俺がアンリエッタと婚約して少したっての事だ。一週間に一度の交流で中庭で泣いていたアンジェにアンリエッタが声をかけたのがきっかけだった気がする。



「二人とも最初はお互いを警戒しあってたけど、どんどん仲良くなってたよね。二人にはよく遊んでもらったっけ……私はあの時間が大好きだったな」



 ずきり……ずきりと胸が痛む。懐かしい記憶、そして、シナリオを知っていた俺はいつか壊れると思ってた記憶。

 だけど、いつの間にか俺の中でアンリエッタは大きくなっていて……彼女の苦しみを少しでもなくしたいとシナリオに介入したのだ。



「お兄ちゃん……わがままを言っていいかな?」

「聞くだけなら……」



 先ほどまでの懐かしそうな表情から一転緊張したようすのアンジェが何を言いたいか予想がついてしまった。

 


「また、アンリエッタお姉ちゃんと仲良くできないかな? お兄ちゃんがつらい思いをしたっていうのは知ってるよ。だけど、アンリエッタお姉ちゃんがお兄ちゃんを裏切るなんて信じられないんだ。またさ、仲直りをしてさ、ピクニックとかしようよ。二人が結婚して私が祝福するの楽しみにしてたんだよ」



 彼女には家に戻ったときに追放されたことや、アンリエッタの言っていた言葉などはすでに話している。

 俺が屋敷で傷ついていた時に慰めてくれたのはアンジェとステラだ。だから、本当にわがままなのだろう。だから、本当に申し訳なさそうにして涙をこらえているのだろう。



「アンジェ……それは無理だ……」

「お兄ちゃん……アンリエッタお姉ちゃんはずっと後悔しているの!! それに私たちのためにいっぱい頑張ってくれるんだよ!!」



 彼女の瞳からこらえていた涙があふれ出してくる。だけど、今の俺とアンリエッタの立場はもう違う。

 彼女は領主であり……俺はただの冒険者だ。そして、俺の気持ちも変わってしまった。かつての俺にはアンリエッタが多くを占めていたが、今の俺の心にはティアたちがいる。

 だけど…… 



「だけど……話あうくらいならしてもいいと思う」



 エレナやセリスの時みたいに誤解だったかもしれない。何か事情があったのかもしれない。みんなが俺を支えてくれて……アンジェが泣いてくれたおかげでようやく俺は向き合う覚悟ができた。

 魔族の件では対立しているので和解は難しいかもしれないがすべてが終わった後ならば話を聞いてくれるのではないかと思うのだ。



「本当……? 約束だよ。お兄ちゃん」

「ああ、もちろんだよ。って相変わらず甘えん坊だな」

「だって、一年くらい会えなかったんだよ、たまにはいいでしょ」



 ぎゅーっと抱きしめてくるアンジェの頭を撫でると幸せそうに笑う。俺のせいで色々と大変になっているんだ。今日くらいはたっぷり甘えさせてやろうと思う。



「せっかくだから、冒険者やってた時の話を教えてよ。私はペイル領と貴族の生活しか知らないからさ。ドラゴンとかいた?」

「いや、俺はCランクだったし、そんなすごい冒険はしてないって……」

「あー、たしかに……でも、お兄ちゃんって結構モテるから傷ついていたところを面倒見の良い年上の女性にひろってもらってそう。それでよい感じになっててもヘタレだから何にもできなそう」

「……そんなことないぞ」



 俺とアイシャちゃんのやり取り見てたのかな? などと思いつつ、言葉を濁す。いや、俺はへたれじゃない……よね?

 


 ★★★


 ここはとある遺跡の奥底である。闇が支配する空間に一つの輝きがあった。



「やったぞ、ヨーゼフ!! ようやく最深部だ!!」

「さすがはカイン様です。まさか強力な魔物ばかりのダンジョンをここまでスムーズに探索するとは」

「はは、お前こそ。魔法を使えたなんてな、エレナよりもすごいんじゃないか?」



 魔物の返り血ですっかり汚れた鎧に身にまとったカインのセリフに意味ありげに笑うだけでヨーゼフは答えない。


 

「この奥に聖剣があるんだな」

「ええ、その剣さえ手に入れれば、あなたは真の英雄になることができるでしょう」

「はは、そうすればアンリエッタたんだって……」



 興奮を隠せないとばかりにカインが扉を手にかけるのだった。




★★★


ティアはさきほどまでのファントムとのやりとりのせいで自室で悶えています。

 

カイン君の強化? フラグです。おたのしみに。




《大事なお知らせ》

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