第34話 ファントムとアンジェ

 一年ぶりに会う妹は少し大人びていた。前線にでるための甲冑姿も様になっており、兵士たちも従っているのを見て領主として慕われているのだろうとわかり少しうれしく思う。



「手紙……」

「え?」



 険しい顔をしていた妹のアンジェがぼそりとつぶやいたので思わず聞き返す。ロシア語でデレているわけではないようだ。



「落ち着いたら定期的に手紙を送ってねっていったよね。お兄ちゃん。一回だけ『冒険者はじめた』ってきたけど、それ以降送らなかったよね。私ずーーと待ってたんだけど? 返事もくれないし……」

「あ、その……国境を超えると運賃も高くなるしなかなか届かないらしくてさ……」



 これは嘘ではない。この世界では郵便何て当然ないので冒険者ギルドや商人を通して手紙を送るのだが、それでも何か月もかかることもあるし、届かないことだってしょっちゅうである。

 貴族同士だったら魔道具で通話できるのだが、俺は冒険者をやっていたからね……決してメンタル的にやばくて忘れていたわけではない。



「ふぅん、なのにこういう時は頼るんだ。私は都合の良い妹ってわけかな?」



 じとーっとした目で見つめてくるアンジェだったが、長い付き合いである。彼女は怒っているのではなく拗ねているのだとわかる。



「悪かったって……今夜はいっしょに寝るから許してくれないかな?」

「仕方ないなぁ……優しい妹に感謝してね。それで、アンリエッタ姉さまとはちゃんと話せた?」

「は?」


 話し合うどころか、殺しあったけど? 俺のキョトンとした顔にアンジェの顔がさーっと真っ青になっていく。



「待って……まさか、私の最初の手紙も読んでないの? 冒険者ギルド経由でおくったんだけど……」

「ああ、届いてないよ。多分途中で紛失したのかもしれない」

「じゃあ、アンリエッタ姉さまの足止めをしたのは話すためじゃなくて、本当に足止めだったの!?」



 悲鳴にも近い声をあげて頭を抱えるアンジェを俺は複雑な目で見る。



 こいつはアンリエッタになついていたからね……だけど、俺と彼女ではなすことなんてあるのだろうか?


 胸がズキズキと痛み、目の前のアンジェになんと声をかければいいかわからなくなる。

 そんななかセリスが割り込んで口を開く。



「まあまあ、落ち着いてください。ファントム兄さまも色々と大変だったんですよ」

「……ファントム……兄さま……? さっきから気になっていたんだけどお兄ちゃんの妹は私だけだけど? どういうこと?」



 アンジェの視線がすーっと冷たくなるのを感じた。これは拗ねているのではない。怒っているのだとわかる。

 そういえば、アンリエッタとカイン以外のパーティーメンバーとは会ったことないんだった。

 このままでは妹に、他の女の子に兄と呼ばせているやばい奴だと思われてしまう。



「いや、これはだな……」

「私が勝手にお兄さまと呼ばせていただいているだけですよ。ご安心ください。あなたのかわりにファントムお兄さまは支えますから」

「ふーん。そうなんだ。人の兄を勝手にお兄様とかよばないほうがいいよ、偽妹さん。大体妹を名乗っているけど、一緒のベットで寝たことないよね? 兄さんは抱き着く癖があるんだけど知らないでしょ?」



 挑発するような笑みを浮かべるアンジェ。一緒に寝ていたと言っても子供のころじゃん。ステラと三人で添い寝していた時期じゃん。

 ちょっと子供っぽいいいがかりだが、穏やかなセリスなら受け流すだろう……と思ったのだが……



「なるほど……ですが、私は一緒のベットに入ったことも水浴びをしたこともありますよ。もちろん、大人になってからです」



 え、なんでセリスも対抗心燃やしてるの!? しかも、一緒にベットというか寝袋に入ったのは、野営している時に獣の声がこわいからと彼女がこわがってきた時だし、水浴びも俺が入っているところにセリスが誤って乱入してしまった時のことを言っているのだろう。



「ふうん、水浴びね……私はお兄ちゃんと体の洗いっこもしたよ。それに、どうせあなたがまちがって入っちゃったとかでしょ。婚約者のアンリエッタお姉ちゃんといい感じになっても手を出せなかったヘタレなのにそんなことできるはずないもん」

「別にどっちが妹にふさわしいかとかどうでもいいから話を進めんかの? ここもいつまでも安全ではないじゃろ」



 結界で痛めた鼻を抑えながらエレナが仲裁して二人が収まった。セリスがなんで対抗心をもやしているかは疑問に思いつつ話を進める。



「だいたいの事情はエレナさんから聞いてるよ。お城に悪い魔族がいて、お兄ちゃんたちがつれてきた良い魔族と倒しにいくんでしょ?」

「ああ……でも、よく信じてくれたね。俺が追放されたはらいせに世界を混沌に巻き込もうとしているとか思わないのか? いってぇ!?」



 軽口を叩くと、頬を風船のように膨らませたアンジェにすねを蹴られた。金属で守られたブーツだからやられたものだからむっちゃいたい。



「あのね、お兄ちゃん。私たちは家族なんだよ。お兄ちゃんがどんな性格だなんて当たり前のように知ってるの。くだらないこと言ってると怒るし、ステラにいいつけるよ、本気で怒ったステラは怖いんだからね」

「……ごめん。今のは俺がわるかったよ」


 

 俺もアンジェくらいみんなを信頼で来ていれば何か変わったのだろうか……ヨーゼフの話を聞いてからみんなに確認をすれば少なくともこんな風にこじれはしなかったかもしれない。

 ああ、でもカインとアンリエッタは追放に賛成していたんだよね? でも、何か事情があったのだろうか?



「ふふ、兄妹喧嘩は終わったようじゃな。では、会議をはじめるぞ。まずは二手に分かれようと思う。わしらの動きは捕捉されているからのう。囮が必要じゃ」

「だったら俺が……」



 どうせ死にかけたのだ、それに単純な戦闘力ならば俺が高い……と思ったのでがエレナは首を振った。



「おまえさんは敵からすれば生死不明の状況じゃ。そんな美味しいチャンスを逃すわけにはいかんじゃろ。まずはわしと魔王の力を持つソロモンが囮になる」

「ええ、私の影魔法は隠密行動に長けてますからね。それにオセは魔王である私の力に反応するでしょう。そこでファントムさんにはティアさんとうちのアモンを連れて、王都に侵入してほしいのです。魔族であるアモンならばオセが近くにいれば気づくでしょうから」



 確かにソロモンとエレナはそれなりには戦える。アンリエッタや、カインレベルの相手でなければ遅れは取らないだろう。

 だけど……二人とも前衛は苦手なイメージがあるんだよね。



「そんな心配そうな顔しないの。うちからステラをつけるよ!! それならお兄ちゃんも安心でしょ」

「ステラか!! 魔眼つかわなきゃ俺でも接近戦じゃ勝てないし、安心できる。よく俺の考えがわかったな」

「そりゃあ、十六年間妹をやっているからね。どこかの偽物と違って」

「……」



 以心伝心なアンジェがにっこりと笑いながらついでのようにセリスを煽る。おそるおそる振り返ると、彼女は穏やかに笑っているというのになぜかぶるっと寒気がする。



「では、私はファントムお兄様についていきましょう。無駄に時間を過ごしているだけの方とは違って魔王退治という濃厚な時間を過ごしたコンビネーションをみせてあげますね」



 なんだろう、アンジェとセリスの背景に虎とドラゴンが見える気がするんだけど……

 そして、話が途切れたタイミングで見計らったようにノック音が聞こえると、ステラが入って来る。



「今日はお気持ち程度ですがご馳走を準備させていただきました。皆さま。お楽しみください」

「おお、人間のご馳走とやらは気になりますね。魔界とどちらが上でしょう」

「ファントムが美味しいと言っていたアップルパイはあるかの。食べてみたかったんじゃ」



 目を輝かせるソロモンとエレナ。



「ファントム兄さま、早くいきましょう。まだ大変でしょうからあーんしますよ」

「いや、セリスが癒してくれたからもうぴんぴんしているんだけど……」



 セリスにひっぱられているとアンジェとステラの会話が聞こえてきた。



「この手紙……すぐに返事を書くから送って頂戴」

「はい、特急で頼みますね……元気になっていただけると嬉しいのですが……」



 二人が一枚の手紙を見て険しい顔をしているのだ。いったいなんのことだろうか、そう思いながら俺は食事にむかうのだった。




★★




「アンリエッタ様、せめて食事くらいはとってください!!」



 部屋の外で乱暴なノック音が聞こえるが返事をする気もおきなかった。



 私の力は大切なものを守るための力だったのに……大切な人を殺しちゃった……



「無理に戦おうとしたからいけなかったのかな……だけど、私は守りたかったの……せめてあなたの代わりに戦えるようになりたかったの……」


『アンリエッタ……相手を傷つけるのが嫌ならその力は誰かを守るのに使え。攻撃は俺がやるよ」


 微笑みながらそう言ってくれた彼と領地で悩んでしまったのは私の咎だ。だから、彼のように戦えるようにと頑張ったのだ。その結果がこのありさまである。

 頑張れば頑張るほど最悪な状況になる自分の愚かさに涙が止まらない。



「アンリエッタ様、アンジェ様からお手紙が届いていますよ。至急見てほしいとのことです」



 ノック音が響くが返事をする気はまだ起きない。ファントムを殺してしまったといったと伝えに行こうとしたのがそんな顔でどこに行くのかと部下たちに止められてしまったのだ。

 せめて手紙だけは送ってもらったのでその返事だろう。ファントムを殺してしまったと聞いてアンジェとステラがどんな気持ちにおそわれたかと思うと胸が痛む。


 ごめんなさい。私は本当にゆるされないことをしてしまったわ……


 心の中で謝って私は眠りにつくのだった。




★★★


真妹VS偽妹でした。


そりゃあ妹からしたら不審者ですよね……

アンジェは公共の場では敬語ですが、身内ばかりなので砕けた口調になっています。




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