第8話 ティアという少女


「大丈夫か!!」

「……あれは……」



 険しい顔をしてついてくるティアと共にたどり着いた先にはいたのは負傷している四人の冒険者とそれと対峙している巨大なゴブリンと、その部下のゴブリンたちだった。

 

「あの大きいのはまさか……」

「ああ、ホブゴブリンだね。おそらくランクアップ試験を受けていて……ミスったのかな」



 ホブゴブリンのランクはD。ゴブリンの群れのボスのような存在であり、強力な腕力と弓と剣を使いこなす器用さを持つ新人殺しと呼ばれる魔物だ。

 力は強いが知能はあまり高くなく、連携がしっかりしていれば倒せるためDランクからCランクへの昇格試験としてこいつの討伐クエストを受注するのである。



 だが、ホブゴブリンは全身にかすり傷をおってはいるものの致命傷はなく、一人の少年が盾を持って何とかいなして神官らしき少女が二人の冒険者を治療している。



「だれか、た、助けてください……って、あなたはティア……?」

「フラウ……」



 大きく目を見開いた神官の少女には見覚えがあった。今戦っている少年と仲良さそうにしゃべっていた……ティアを追放していた少女だ。



「師匠はフラウたちの護衛をお願いします。私はアベルのサポートをしてきます」

「ティア、わかっていると思うけど……」

「助けますよ……追放されたけど、パーティーだったんですから」

 


 いたずらっぽく笑うティアを見て、一瞬見捨てるつもりじゃ……と頭をよぎった自分が情けなく思う。彼女は追放された相手も躊躇なく助けることができるのだ。その強さをうらやましく思う。

 俺だったらそんなことはできるだろうか……?



「このままじゃアベルが死んじゃう……あなたは一応とはいえCランク冒険者でしょう!? あなたが助けにいってください、私はあの子を追放したんです。恨んでいるに決まっています!! それにあの子は弱いんです。すぐやられちゃいますよ!!」



 大切な仲間がピンチだからって本音がもれているぞと思いながら俺はティアの後姿を見つめてその迷いのない足に確信する。



「大丈夫だよ。だって、ここで恨んで見捨てるのは可愛くないからね。ティアはそんなことは絶対しない」

「え……でも、あの子は魅了しかできないんですよ、本気で戦ってもなんの助けに……」

「違うよ、魅了しかできないんじゃない。魅了ができるんだよ。いいから、君はこの二人の治療に集中して!!」



 傷ついている冒険者を狙ってくるゴブリンたちを剣で切り刻みながら俺は元仲間を助けに行くティアを見守る。

 いつでも魔眼を使えるように……そりゃあ、秘密の技だが彼女の命と覚悟に比べれば軽すぎる。



「アベル、大丈夫ですか? そんなへっぴり腰じゃ前衛は務まりませんよ」

「ティア!? なんで君がここに……そんなことよりもホブゴブリン相手に君じゃ……」

『ゴブーー?』



 剣を片手に現れたティアにアベルという少年が驚きの声を、ホブゴブリンがあざけりの表情で見つめる。



「ふふ、ゴブリン君、すっごいかっこいいね♡ つよそー♡」

「ゴブ……?」



 言葉は通じずとも彼女の意味が通じたのかちょっとにやけるホブゴブリン。そして、そのすきを逃さずにティアの手から炎の塊がうまれて……



「でも、そんなゴブリンを倒す精霊さんは本当にかっこいいなーー♡」

「な……この力は……」

「ゴブーーーー!!!???」



 ティアに魅了されてやる気を出した精霊の炎がホブゴブリンにまとわりついて焼き払う。

 だが、巨体のホブゴブリンはそれでもなお動き棍棒をふるう。



「うっ!?」

「大丈夫か、ティア」



 ティアがとっさに剣で受け流そうとするもその圧倒的な腕力によって、こちらに吹き飛ばされてしまったので、受け止める。

 全身を焼かれているホブゴブリンが、せめて刺し違えようとしているのか再度棍棒を振り上げようとすると……



「俺にだって前衛の意地があるんだよ!!」


 血をまき散らしながら胸から剣が生える。アベル君がその心臓を貫いたのだ。ほっと一息ついて胸の中のティアに微笑む。


「えへへ、私はどうでしたか? 可愛くて強い冒険者になれそうですか?」

「ああ、ティアは可愛くて強い冒険者だよ」


 得意げに笑う彼女の手を取って立たせてあげる。本当に強くなった。デバフとバフを同時に扱えるようになったのだ。


 何よりも彼女の精神の強さは本物だ。


 あとはもっと実戦を積めば強くなるだろう。かわいくて強い冒険者という自分の信念を貫ける彼女は冒険者として素質も未来もあると思う。



「ゴブゥ……」

「やった……ホブゴブリンを倒したぞ……ティアのおかげだよ、助かった」



 そして、今の彼女ならばパーティーを組む相手にも困らないだろう。

 ちょうどアベル君がホブゴブリンにとどめを刺したのを見ながらそう思うのだった。





「二人ともありがとうございます!! おかげで助かりました!!」



 アベル君は素直に俺とティアちゃんに頭を下げる。



「ああ、気にしなくていいよ。だけど、ホブゴブリンは確かに手ごわいけど、前衛が戦いながら、魔法でダメージをあたえていけばそこまで厄介ではないはずだけど……」



 冒険者ギルドは節穴ではない。ホブゴブリン討伐クエストを受注できたならば、倒せるだけの実力は認められているはずなんだけど……



「いきなり森がすごい音がしたら燃えていくのが見えて……それに驚いてしまって陣形がくずれたんです」

「……」

「感謝してくださいね。冒険者たるものいかなるイレギュラーにも対応しなければいけないんですよ」



 ティアが得意げに説教しているけど、今回の騒動俺たちが森を放火したからじゃん。絶対精霊の火が原因じゃん。



「その……ティア……」

「感謝の言葉は師匠にいってください。師匠が助けようっていったからまにあったんです」



 なぜか誇らしげに俺を指さして胸をはるティア。



「ありがとうございます。グスタフさん……俺たちあなたになめた口だってきいてたのに……」

「あなたみたいな冒険者が先輩でいてよかったです!!」

「いや、きにしないで……マジで……」



 感謝の言葉をつたえようとするアベル君とフラウって子に治療されていた二人の冒険者がキラキラとした目で俺を見つめてくる。

 なにこれ、罪悪感が半端ないんだけど……



「ホブゴブリンの首はグスタフさんたちがうけとってください。俺たちにはまだもつ資格がないです……それと……」



 アベル君がホブゴブリンの首をこちらに渡しながらティアをちらちらと見つめ……



「調子がいいのはわかってる。私が悪かったわ……だからパーティーに戻ってきてくれないかしら?」

「フラウ……」



 プリーストのフラウが頭をさげるのを見て、ティアが信じられないとばかりに大きく目を見開く。

 そして、それに続くようにしてアベルも頭をさげる。



「俺の見る目がなかった……だから、パーティーに戻ってきてくれないか? 君の力が必要なんだ」

「ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえてうれしいです」



 ティアが嬉しそうにはにかみ……それを見て……俺はその場を去ろうとして……腕をつかまれた。

 


「でも、私はもう身も心も師匠のモノなんです。だからあなたたちとパーティーを組むことはできません」



 ティアがだきついてきて、柔らかいものが押し付けられる。



「は……え……? なにいってるの。俺はあくまでティアちゃんが強くなるサポートをするだけで……」

「何言ってるんですか師匠!! エッチな格好させたり、恥ずかしいことも言わせたくせに飽きたら私を捨てるんですか?」

「エッチな恰好……?」

「恥ずかしいこと……」



 先ほどまで尊敬一色だった冒険者たちの視線が変化していく。特にフラウからは軽蔑すら混じっている。



「誤解を招くような言い方しないで!! あれは特訓でしょ」

「まあまあ、かわいい私とパーティーを組めるなんて幸せでしょう? それに……私は師匠を裏切りませんよ」

「……ティアちゃん……」



 その瞳は俺の不安を見透かすように見つめ、絶対離すまいと俺の腕を強く握っていた。それを見て……俺の無茶苦茶な特訓にもついてくれた彼女を思い出して、気づくと首を縦に振っていた。

 





「じゃあ、冒険者ギルドに戻ったら正式にパーティーを組みましょうね」

「なんかむりやり押し切られた気がするな……」

「うふふ、それって私の可愛さに魅了されたってことですね♡」



 げんなりしながらも自分の心が拒否していないことに気づく。彼女は追放されるつらさを知っており……自分を貫く強さも持っている。

 そんな彼女ならば信頼できると思ったのだ。

 いつの間にか本当に彼女に魅了されていたのかもしれない。



「人探しを依頼したいのじゃ。見つけたものには言い値を払うぞ」



 冒険者ギルドに入ると受付に注目が集まっていた。その理由は一つ。めったに人里にいないエルフがいたからだ。

 いや、それだけではないね……



「わかりましたーー!! 魔王殺しの英雄様の依頼なら断るなんてできませんよ。それにそういうの得意な人がいるんです」



 銀色の髪にピンと伸びた耳。小柄な体系に細い体に彫刻のように人間離れした美貌の女性に俺は見覚えがありすぎたので、あわてて、踵を返そうとした時だった。



「あ、グスタフさーん!! 猫探し得意でしたよね。ちょうどあなた向けの依頼がきましたよーーー」



 目ざとく俺を見つけたアイシャちゃんの一言でこちらに注目が浴びてしまう。もちろん、エルフもこちらを振り向いて目があった。一年ぶりに見る彼女は相も変わらず無表情だが美しく、綺麗なローブを身に着けている。

 それは間違いなく俺を追放した一人……エレナだった。



 そりゃあ、今では魔王を倒した英雄だもんね……いい生活してるに決まってるよね……


 そんなことを思いながら俺はどうこの場面を切り抜けるか頭を巡らすのだった。





★★★




これにて一章が終わり、エレナ編となります。



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