怪人たちの会話
三人を片付けた数時間後、灰野は違う場所にいた。
先ほどと違い、黒ぶちのメガネをかけている。灰色のダウンジャケットにデニムパンツという格好で、とある公園のベンチに座っていた。スマホをいじりながらも、さり気なく視線を周囲に向けている。
公園の周辺は、ソープランドやキャバクラなどが立ち並んでいるような場所だ。既に日は沈んでおり、怪しげな雰囲気の男女が周りを行き来していた。
しばらくして、ベンチに近づいていく者がいた。すらりとした体型で背が高い。おそらく百八十センチ近いだろう。背中まで届く髪をバレッタでアップスタイルにしており、赤い縁のメガネをかけていた。白いブラウスに紺色のパンツスーツ姿であり、全体的に知的で怜悧な印象である。
ここだけを見れば、厳しい女教師もしくは仕事に生きるキャリアウーマンという雰囲気であるが……顔の化粧は派手だった。ブラウンのアイシャドゥにどぎついアイライン、さらに長い付け睫毛と真紅の口紅というスタイルだ。完全に、夜の世界の女という雰囲気を漂わせている。
そんな女が、灰野の座っているベンチに腰を降ろした。両者の距離は三十センチほどだ。
女は、前を向いたまま口を開く。
「灰野くん、ちゃんと始末してくれたようだね」
「はい、全て片付けました。残材の方は、
灰野は、皮肉めいた口調で答えた。もっとも、その目は忙しなく動き周囲を警戒している。女のことなど、全く見ていない。
「その必要はないね。いやあ、助かったよ。ああいうバカは、生かしておくと後々面倒だからね。殺すしかないんだよ。バカは、死ななきゃ治らないからね」
大泉と呼ばれた女は、物騒なことを言いながら笑った。もっとも、その声を聞けば大半の人間が違和感を覚えるだろう。彼女の声は、男性的なものだった。
そう、実のところ大泉は男性である。
ああいうバカとは、先ほど灰野が殺した三人組のことだ。
三人組は、とある場所で若い女をナンパした。言葉巧みに店に誘い、薬入りの酒を飲ませる。あとは、お決まりのパターンだ。前後不覚になった女の体を、三人で思うがままにする……という古典的な手口である。
ただし、今回はそれだけではすまなかった。その若い女は、とある事業グループ会長の孫娘だったのである。
女の素性を知った三人組は、ここで作戦を変えた。レイプ魔から、ゆすり屋へとジョブチェンジしたのである。
さっそく彼らは、薬の効果によりあられもない姿でだらしなく眠っている女の動画を撮影した。それをネタに、両親をゆする。
女の父親である
これまで三回、合計で三百万ほどの金を支払っててきた。だが、三人組の要求は止まらない。四度目の要求では、三千万という額を提示してきたのだ。会長の孫娘なら、それくらい出せるだろう……という皮算用により弾き出された額てある。
耐えきれなくなった梅屋孝之は、大泉に相談した。これまで三回も金を払ったが、終わりにしてくれる気配がない。それに、三千万を用意するのは父である会長に頼まない限り無理だ。しかし、父には相談したくない。何とかならないものでしょうか……と。
スーツ姿(もちろん女装はしていない)の大泉は、爽やかな笑顔で答える。
「わかりました。私が、彼らと直接話し合いましょう。そうすれば、必ずわかってくれるはずです。もう二度と、あなた方にかかわることはありません。なあに、話せばわかりますから」
この言葉の裏にあるものを、双方ともに理解している。にもかかわらず、表面上は大泉が話し合いの場を設け、ゆすり屋たちを説得し諦めさせる……ということで了承した。
この時の大泉は、金を一円も受け取ってもいない。その代わり、梅屋の一族には別の形でたっぷり役立ってもらうこととなるのだ。
そう、大泉の本当の標的は会長の
先ほど灰野が言った残材とは、三人の死体のことである。彼ら三人はミンチのごとく粉々にされ、海に捨てられたのだ。
こうなれば、たとえ科学捜査研究所でも死体を見つけられない。死体さえ見つからなければ、ただの行方不明である。彼らのようなチンピラを、警察も人員と時間を割いて捜したりはしない。
「それはともかくとして……あなたはそんな格好して、こんなところをウロウロしてて大丈夫なんですか?」
冷たい口調で聞いてきた灰野に、大泉は訝しげな表情を浮かべる。
「えっ、何かおかしいかい?」
「おかしくはないですよ。はっきり言って、そこらのキャバ嬢より綺麗だとは思いますけどね。ただ、今の大泉さんには立場ってものがあるでしょう。女装してんのがバレたら、ヤバくないんですか?」
大泉は普段はスーツ姿がほとんどだが、こうして女装することもある。というより、灰野と会う時は半分くらいが女装姿だ。大泉にとって、女装は趣味なのか変装のつもりなのか、その辺りは不明である。
「私のことを心配してくれるのかい。嬉しいね」
「それは心配もしますよ。今のところ、僕の一番のスポンサーはあなたですからね」
心配もしますよ、などと言っているが、灰野の表情は冷めきっていた。相変わらず、大泉の方を見ようともしていない。
大泉の方もまた、クールな態度で話を続ける。
「ところで、次の仕事だが……君は、高校生やってみる気はあるかい?」
「はい? 高校生ですか?」
思いもしなかった言葉に、灰野は思わず聞き返していた。
「そうだよ。確か君は、もうじき十五歳になるんだよね。現役高校生の年だ」
確かに、灰野は今年の三月で十五歳になる。世間一般の尺度に当てはめるなら、中学を卒業し四月から高校に入学するはずの年齢だ。しかし、彼は中学校にすら通っていない。
「はい、そうですよ」
「ならば、ちょうどいい。私立友愛学園という高校を知っているかい?」
「いや、知らないですね。聞いたこともありません」
「まあ、知らないのも当然さ。その友愛学園というのはね、かなり厄介な存在なんだよ。学校とは名ばかりで、入学した生徒たちを奴隷に変え中で働かせているらしい。その上、外部の人間では入り込むことが出来ないんだ。たとえ警察であっても、簡単に捜査できないのだよ」
「どういうことです?」
「まず、基本的に警察は被害届がなければ捜査できない。その上、この学校は本土から船で半日かかる場所にあるんだ」
「どこかの島にあるんですか?」
「そう。離島に建てられた学校なんだ。しかも、その島には警察署はおろか交番すらない。そのため、どこかの刑事が独自の判断で本格的に捜査しようとするなら、それなりの証拠と証人が必要なんだよ。その上、非常に面倒な手続きも踏まねばならない」
「そりゃまいりましたね」
「しかもだ、学園長は元警視庁総監なのさ。こうなると、警察は迂闊に手を出せないのだよ」
「なるほど」
「それをいいことに、学園はやりたい放題だ。中では、とんでもないことが行われている。殺人、麻薬の製造、売春、人身売買などなど……ただ、何ひとつ証拠がない。証人もない。卒業生は、島に残り学校の関係者として働いているらしいんだよ。でなければ、不慮の事故で亡くなるか」
「まあ、ありがちな話ですね」
「そんな友愛学園に、四月から入学してもらいたいのだよ。引き受けてくれるよね?」
聞いてきた大泉だったが、灰野はすぐには答えなかった。無言のまま、スマホの画面を見つめている。
ややあって、口を開く。
「ひとつ質問があります。その怪しげな学校で、僕は何をすればいいんですか?」
「それはね……」
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