第4話 どうしていつもこうなっちゃうの?

 それぞれよろしくとラインにスタンプを送り合うと、凛花がしみじみと言った。


「由美子もようやく告白する気になったか。大葉南朋を追ってわざわざバスケットクラブに入ったり、けなげだったもんね」


 だまって首をかしげる由美子の代わりに、あたしが反応する。


「ちょっと待って。なんで告白するなんて話になんのよ」

「ラッピング見てるってことは、そういうことでしょ」


 凛花がしれっと決めつけるのにカッとなる。


「違う。たまたま可愛いのが目に入ったから」

「かなえは百瀬くんよね! お似合いだったなぁ。イケメン女子のかなえと、かわいい系男子のももちゃん」


 凛花のいきおいにのって杏まで決めつけトークを始めた。


「似合ってなんかない。勝手にくっつけないで」


 いくら言ってもニヤニヤするばかりで二人は聞く耳を持たない。

 そうだ。あたしは昔からこれにうんざりしてきたんだ。

 それほど本気とも思えないしょっちゅう変わる杏の推しの話とか、凛花の演じるちっとも似てない王子の立ち振る舞いとか、二人の恋バナならいくらでも聞いてやるのに、どうして嫌がるあたしたちに話をふるかな。

 杏がうれしそうにたずねる。


「ももちゃんとは中学入っても、変わらずキャンキャンやってんの?」

「やってません。だいたい、なんで百瀬が出てくんのよ」

「そらぁ、出るでしょ」

「あのねえ。あたしはっ……」


 興奮してつい声が大きくなった。由美子がくちびるに指を当てる。


「かなえちゃん。しーっ」


 買い物客が大騒ぎするあたしたちを振り返って見ていることに気づく。周囲の視線が痛い。

 フォローするつもりか、凛花があたしをひじでつく。


「もームキになって。かなえったらおとめなんだからぁ」


 いや、あおっているんだ。反応しちゃいけないってわかってるのにあたしの口は止まらない。


「あんたたちが変なこと言うからじゃん。ももちゃんなんてありえない。ばっかじゃないの」

「ばっかじゃないの、だって。それ、ももちゃんが王子に向かってしょっちゅう言ってた」

「ほーら。くちぐせが移るなんて意識してる証拠じゃん」


 杏が同意すると凛花がオニの首を取ったように得意げになる。あたしの言うことなんかぜんぜん聞いてない。

 思い返せば王子も百瀬に対し、凛花や杏とよく似た絡み方をしていた。

 顔を真っ赤にした百瀬に「ばっかじゃないの」と捨て台詞を吐かれても、きょとんとした顔をして「怒らせちゃった」と舌を出している。何一つ懲りないのだ。


 王子も、凛花も、杏も、どうして相手の気持ちを無視するんだろう。

 友達だと思ってくれているなら、ちゃんと聞いて欲しい。

 ほんとにイヤなのに。好きな人なんかいないって言ってるのに。

 ふと頭に百瀬の姿が浮かんで、くちびるを噛む。

 



 百瀬薫。通称ももちゃん。

 由美子の好きな大葉南朋のくっつき虫。名前も見かけも女みたいなやつ。


 ワイングラスのあしの付け根みたいなカーブの細い首や、なめらかな桜色の頬をもつ、とてもきれいな男の子。

 たくましさなんてかけらもないうすい胸を張って、誰に対しても物おじせずにズケズケものを言う、きゃしゃなくせにやたら気の強い子。

 あたしは自分が大柄なことも、素直に気持ちを表現するのが苦手なことも、コンプレックスに感じていたから、百瀬のそんなところがうらやましくて、それから腹が立った。


 本人にとっちゃ美点でもなんでもない、むしろ私と同じコンプレックスの種なんだろうけれど、それでも憎らしいことに変わりはない。

 心の成長に見合わないグラマラスな身体なんていらない。百瀬みたいな無駄のない綺麗な身体が欲しい。


 百瀬が近くにいるとあたしはあたしじゃなくなってしまう。

 彼のことが話にのぼると、それだけでペースがくずれるんだ。

 



 凛花が下から顔をのぞきこむ。


「お。かなえ、顔赤くない?」

「はぁっ? もういい。チョコ作りなんかやんない。三人で勝手にやれば」


 あたしはみんなに背を向けた。


「あっ、かなえちゃん。待って」

「好きじゃないって言ってんのに、しつこいんだよ」

「かなえ!」


 凛花の声を無視して走り去る。

 意に反して赤くなった顔を見られたくなかった。泣きそうなのもイヤだった。

 からかわれたくらいで、泣くなんて。でも、泣きたくないと思えば思うほど、のどがきゅっとつまった。

 あたしはだれも好きじゃない。

 百瀬なんか特に。絶対に好きになんかならない。



***



「ごめんね、かなえちゃん」


 ショッピングモールの出入口で呼吸をととのえていると、由美子にパーカーのそでを引かれた。さがしにきてくれたんだ。近くに杏と凛花の姿はない。


「寒いでしょ。いっしょに、帰ろ。ね?」

「杏と凛花は?」

「このあと塾だって。二人とも心配してたよ」


 顔を合わせずにすむことにホッとする。


「あたし、百瀬なんか大っ嫌いだよ。あんな、大葉南朋のひっつき虫。由美ちゃんが大葉を好きだから、いつもべったりなあいつともしょうがなく話してたんじゃん。なのに、勝手にくっつけられて、ホントめいわく」

「うん。ごめんね」


 八つ当たりしたのに謝られて、もうしわけなくなる。由美子はなにも悪くないのに。


「でも、百瀬くん、ぜんぜん悪い子じゃないと思うけど」

「そういう問題じゃない。ムリやりくっつけられるのがイヤなのっ」

「あ、うん。そうだよね」


 あたしの気持ちなんて関係なく、無責任に。

 腹を立てながら自分も由美子に同じようなこと言ったじゃないかとも思う。


 昔から二人とも学校でも平気であんなふうにやるから、百瀬だってきっとめいわくしてた。

 恥ずかしくて、惨めで、悔しい。

 隣の壁に背中をつけて由美子がつぶやく。


「やっぱり二人だけで作ろうか。トリュフ」


 せっかく再会したんだ。みんないっしょにやりたいと思ってるはず。こんなことくらいで意地を張るなんておとなげない。二人のことを許してあげるべきだ。

 そう思うのに由美子の提案にうなずくことも、首をふることもできなかった。


「心配かけて、ごめんね。バレンタインはあたしぬきでやってよ。みんなとちがってあたしにはあげたい人もいないし、作らなきゃいけないわけでもないから」

「ううん。かなえちゃんとやりたいの。凛花ちゃんたちにはそれとなく言ってみる」


 由美子の提案に胸がちくりとする。せっかく復活しようとしていた仲があたしのせいでこわれるんだって。

 だけどすんなり自分のいうとおりになっても、きっともやもやしてた。


「いいよ。ほんとは、別にやりたくなかったし」

「かなえちゃん……」


 由美子がそっとあたしの肩に頭を寄せる。

 どうしてこんな言い方しかできないんだろう。由美子の顔が見られない。

 あたしはどうすればよかったのかな。

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