第7話

「クッキー美味しいね」

「それはよかったです」


 リビングで一人、焼き上がったクッキーを食べる。

 フウカが淹れてくれた紅茶も美味しい。


「今日の茶葉もお母さんたちが送ってきてくれたやつ?」

「はい。今日はアールグレイの茶葉を使用しました」

「意外と合うものね」


 アールグレイは柑橘系の香りがする茶葉だ。

 柑橘系とミルク? とは思ったが意外といける。美味しい。

 あの独特の香りも消えていない。これはいい。


「また淹れてね」

「はい。気に入っていただけ嬉しいです」


 こうやってフウカに見守られながらクッキーを食べ、紅茶を食べるのもいいものだ。

 心のざわめきが静まり、落ち着いて物事を見れるようになる。


「クッキー、作りすぎたね」

「そうでしょうか?」

「だって食べるの私しかいないもん」


 家族は海外出張でいないし、手作りのクッキーをあげるほど仲の良い友人もいない。

 流石にこの量を一人で食べると太る。


「まあ太るけど、いいか」


 私が太ったところで誰が気にする。

 私が綺麗でいたところで誰が喜ぶ。


 私はもう愛されるために美しくいようとしなくてもいいんだ。

 太ることも気にせず食べればいいんだ。


「私は自由なんだった」

「健康には気をつけてくださいね」

「わかってる」


 流石に健康に害が出れば病院に行くという面倒なイベントが発生する。

 そこは気をつける。


「今日は夜更かししちゃお!」

「明日も学校ですよ」

「いいじゃん。久しぶりにオールして眠い眠いと昨日の自分を呪いながら学校に行きたいの」


 久々に夜中にカップラーメン食べたり深夜アニメをリアタイしたりしてダラダラ過ごしたいんだ。

 今までは彼の前で綺麗に可愛く真面目な子にみえるように努力していた。

 でも今は授業中に眠くなろうが肌が荒れて目の下に隈を作ろうが誰も気にしない。


「夜中のボーナスタイムを楽しもう!」


 私はクッキーをしまい、残りの課題を片付けた。

 せっかくの深夜だ。課題なんかに邪魔されたくない。


「頑張ってくださいね、お嬢様」

「はーい」


 頭の中は何のアニメを見るかやどのカップ麺を食べるかでいっぱいだ。

 カップ麺さえ久しく食べていなかった気がする。

 でも今日は汁まで飲んじゃうんだ。全部飲んじゃうんだ。


 あ、大事なことを忘れていた。


「今のうちに充電しておいてね」

「ですがお嬢様。私は夕食の準備をせねばなりません」

「夕飯作らなくていいよ。ピザ頼んどいて」


 ピザを買って、ダラダラアニメを見るのだ。

 そして夜中に最新話をリアタイ。我ながら完璧なスケジュールだ。


「わかりました。ではさやかお嬢様。夕飯の前にお風呂も済ましておいてくださいね」

「わかってるって」


 今日はフウカもちゃんと最後まで付き合ってくれるみたい。

 きっと楽しい。


「悪いことの後には良いことがくるもんだよね」


 私はスキップしながら廊下を進み小指をぶつけた。


「良いことと悪いことは交互に来るものですね」


 フウカに笑われた。もう、さっさと充電しといてよ。


 地味に痛む小指を庇いながら大人しく歩いて部屋へ入り、課題と向き合う。

 いつも通り、ただ課題をするだけ。


 そう言い聞かしても無視できないレベルで彼がチラつく。

 ずっと彼のために勉強を頑張っていたせいだろう。

 でも、今日は私が課題を倒すことを待っているフウカとご褒美たちがいるんだ。

 負けられない。


 課題の後ろにうっすらとうつる彼をできる限り見ないようにしながら彼の影を押し潰し切り裂く勢いで課題を解く。むずかしい問題にぶちあったっても手だけは止めずに彼の影を押さえつける。


「あと、少し。あと少しで終わる」


 このときの私の気分は魔王と敵対している勇者の気分だ。

 後ろでは期待の眼差しを向ける人質となっていたお姫様フウカとご褒美がいる。

 HPゲージはもう一割を切っている。

 もうすぐ。もうすぐだ、私。

 頭を回せ。手を動かせ。

 もう少しでこの影を封印できる。


 そうして20分ほど格闘し、ついにトドメを刺した。

 最後の答えを書き終え、シャーペンが置かれた。


「やっと終わった!」


 私はようやくあいつの影から解放されたのだ。

 ついに勇者は魔王を封印し人質となっていたお姫様フウカとご褒美を救いだした。


「よし、お風呂入ろ」


 但し勇者は親友を救い終えた勇者メロスのごとく視線を向けづらい姿になっているが。


「もうてきとうにばーと洗えば良いでしょう!」


 メロスだってマント一枚着ただけだし。

 もう私は頑張ったんだ。

 この後はピザを食べながらアニメをみて、深夜にラーメンを食べ汁まで啜って、ゲームとネットサーフィンで朝を迎えるんだ。

 私を迎える絶大な自由に思わず体が震えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る