サイバーパンク𝓚𝓨𝓞𝓣𝓞
黒江次郎
呪い心
1.01
街はネオンの光で照らされ、未来的な高層ビルと古風な寺院が並ぶ
だが、空は赤い。乾いた血のように赤い。
三年にわたる第四次企業戦争の結果、大量の汚染物質がバラまかれたせいだ。あれ以来、世界中の空が赤く染まった。死を思わせる赤い
ネオ・キョートではことさら、空がよく見える。この街に十二階建て以上の高さのビルは一つもない。視界をさえぎる
だからおれの記憶のなかで、ネオ・キョートはいつも赤く燃えている。こうして
不気味な空の赤。
そして忘れたころになって燃え上がり、全身の血を
「なあ、おっさん」
ふり返ると、リサがふくれっ面でこっちを見ていた。
袖がぶかぶかの
「あたしの許可なしに、新しい
ひどいきんきん声だ。とくに二日酔いの頭には。おれはサイバー
「ああ、これのことか?」
そういって、新品のオモチャを見せてやる。いかにも興味がないってそぶりで。
でも、こいつはクールだ。右のサイバーハンドをひと振りすると、五本の指がフレンチ・ピストルの銃身に早変わりする。
「パリ出身の
銃身を回転させると、ベアリングがバターのようになめらかに動く。
「おまけに銃身はダブル・バレル。つまり、装弾数は十発ある。
「
リサは吐き捨てるようにいうと、細い腕から
リサは
今もライムグリーンの
「なにか問題は見つかったか?」
「ない。ないけどな――」
リサはため息をつくと、顔を上げておれをきつくにらんだ。
「おっさん、はっきりいうぜ。アホなのか?」
そこでおれとの距離が近すぎることに気がつき、ぎごちなく離れる。ベッドの金具がきしみ、音をたてた。
「そっちの腕には、あのくそ
「どっちかというと、パーティーってとこだな」
リサの瞳の奥で赤いLEDがちらつく。危険な光が焦点を結ぶ。
「おいおい、悪かったって」
おれはクロームの肩をすくめた。
「理由ならある。ハンドキャノンとか、アサルトライフルが手もとにないときの
そういってサイバーアームの上腕部から、木製ストックの三連ショットガンをガチャリとせり上がらせる。ぴかぴかのクロームから、
「ご覧のとおり、こいつじゃ
「だとしても――」
リサは納得しなかった。
「なにかを入れたくなったら、まずあたしにいえって。な? 何度も同じことをいわせるなよ」
「わかったよ。くそ、母親の説教を思い出すぜ」
「ああ、そうさ。あたしはあんたのママなんだよ。おっぱいでも飲むか?」
リサがけらけら笑う。このガキめ。
まあ、リサがおれを本気で心配してるのはわかっている。おれの
おれはリサが怒ると、しばらくの間はおとなしくしている。
それでも三日かそこら、我慢できればいいほうだ。おれは遅かれ早かれクリニックに駆け込み、最新のカタログをよこせと叫ぶだろう。
おれのような
テックの
だからおれは
おれが缶入りの
おれの脳の辺縁系のどこかで、マイクロチップがかすかな音をたてた。暗がりに身をひそめ、デリンジャーの引き金をカチッと引くような音が。
サイバーアイがずきりと痛み、視界の端からグリーンの
「おい、おっさん。聞いてんのか?」
リサの声が別人のように聞こえる。周波数が下がり、音声波形がピッツァの生地のように平べったくなっていく。
「九時――の――
ケレンジコフ。スピードウェアだ。
どうやら、戦闘モードに入ったらしい。急加速していく時間のなかで、おれはそう思った。
そして、すべきことをした。サイバーハンドの手のひらで、リサをベッドに突き飛ばす。きゃしゃな体にのしかかり、おれ自身を
「お――い――!」
もう一方のサイバーアームは、すでに予備動作に入っている。リールが巻かれ、人工
何者かが窓ガラスをぶち破って飛び込んできたのは、まさにその瞬間だった。
とっくに準備はできていた。〇・五秒も前から。
五本の銃身がなめらかに回転する。おれの怒りに反応して、
バン! そして、静寂。
おれはしばらくの間、リサの上で荒い息をついていた。
サイバーアイの
襲撃者の体から、赤い
「おい、どけって。このアホ!」
そして、赤く火照ったリサの耳もと――
リサはおれの体の下から這い出すと、
「ちっ、また自殺志願者かよ」
「いつものことさ」
おれたちは
見かけは男。四十歳くらい。片手に大型拳銃がにぎられている。ミリテク製の結構いいやつ。
そのとき、壊れたサイバーウェアが空電をよこしたのか、死んだ男の体がぶるっとふるえた。はずみで顔がこっちを向く。
両目のふちからタールのような液体が盛り上がり、黒い涙みたいにあふれ出す。同時に鼻と口からも。
リサがあわてて死体から離れた。
「うえっ、気色わりい!」
おまけにくさい。
新種のストリート・ドラッグか? おれは鼻孔フィルターを起動しながら考えた。
でも、こんな
男のジャケットを脱がせると、ケブラー繊維の高級ネクタイが目にとまった。ホログラム文字で〈
くそ、
厄介な相手だ。しかも、ホサカ。連中との間には因縁がある。血のつながりよりも濃い因縁が。
おれは表面上クールを装いながら、死んだサラリーマンを部屋の外に放り出した。内蔵型
おれが〈ネオン宿
おれが残酷だと思うか?
でも、これがネオ・キョートの日常だ。
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