第33話 有能な侍女
一緒について来ていた一隊が、淑恵たちから離れて救出に取りかかった。
「お嬢様、参りましょう」
「うん」
淑恵がすべきことは、彼女たちの救出ではない。
子晴に促され、
心の中で「彼女たちが無事に逃げ出せますように」と祈ることくらいは、許されるだろう。
ところどころ
その横顔にはなんの感情も見当たらないが、捕虜が囚われる牢を通り過ぎた時、彼女が舌打ちをしたのを淑恵は見逃さなかった。
「チッ。また増えている……っ」
子晴が偵察してから一日くらいしか経過していないのに、捕虜の数がもう増えているらしい。
古今東西、うら若き乙女をさらう理由は二つしかない。
一つは
奥へ進むごとにあかりは減り、暗くなっていく。
時折滑りそうになる足に苛立ちを覚えながら、淑恵は懸命に足を動かし続けた。
しばらく行くと、
一緒についてきた別の隊が残り、彼の救出に取りかかる。
一目会いたい気持ちを抑え、淑恵は先を急いだ。
子晴の耳は、後方に向けられている。
やがて淑恵は、人が動く気配を背後に感じた。
子晴の耳が前を向いている。
おそらく、品希は無事に助け出されたのだろう。
「どんどん暗くなっていくわね」
「お嬢様、手をつなぎましょう」
「ありがとう、子晴」
差し出された手を、ありがたく取った。
子晴と手をつなぐのは、久しぶりである。
この世界へ来たばかりの頃、淑恵は侍女たちに構われることが嫌になってしまって、逃げ出した。
そんな彼女を連れ戻したのが子晴だ。
以降、淑恵を見つけるのは子晴の仕事になった。
離宮に移ってからは逃げる必要もなくなったけれど、淑恵の中ではあたたかな思い出として残っている。
「子晴と手をつなぐなんて、久しぶりね」
「ええ、そうですね。お嬢様の体にはよく触れていましたけれど、手をつなぐのは随分と久しぶりです」
感触を確かめるように握ったら、子晴もギュッと握り返してくれた。
不安だった気持ちがすっと消えて、少し冷静さが戻ってくる。
知らないうちにまた緊張していたようだ。
冷たくなった手に、子晴の体温が心地良い。
「お嬢様は、大きくなられましたね。昔は、あんなにお小さかったのに」
「そんなに小さくなかったと思うけれど?」
「大きくなられましたよ。特に、ここ数カ月……志偉様と過ごすようになられてからは、随分と成長されました。以前は気高くお美しいお姫様のようでしたけれど、ここ最近は年頃の娘らしく怒ったり照れたり……。かわいらしくなられました」
「感情的なのが、かわいいの……?」
「はい。志偉様もお嬢様が愛おしくて仕方がないようです」
「そう、なんだ?」
「私は、お嬢様と志偉様が仲睦まじくしているところを見るのが好きです。これからも、見守っていきたい」
暗闇の中で、子晴の表情はうかがい知れない。
けれどその声はとても穏やかで嬉しそうで、心からの言葉なのだと分かる。
「ですから……これからも、見せつけてください」
「子晴……」
しんみりとした空気が、淑恵と子晴の間に漂う。
婚約破棄を撤回させよう。
改めて決意し足を進める淑恵に、子晴はふふっと笑った。
「お嬢様と志偉様のお子様は、きっとかわいらしいでしょうね。私の夢は、お二人のお子様の乳母になることなのです」
「子晴……。それはちょっと、気が早いんじゃない?」
たくましく妄想しているらしい子晴に、淑恵は若干引き気味だ。
見えないが、その顔には「雰囲気台無し」と書いてあっただろう。
(子晴の顔が、見えなくて良かった。そうじゃなかったら、蹴りを入れていたかもしれないもの)
「なにをおっしゃいますか! お嬢様も志偉様も適齢期ってやつですよ⁉」
「いや……。その前に私、志偉様から婚約破棄されているからさ」
「お嬢様が志偉様の伝言に納得されず、こうなることは予想しておりました。それに、あんな顔をしてお嬢様をかわいがっている志偉様が、面と向かってお嬢様に婚約破棄を告げられるはずがありません。ちょっとかわいこぶっておねがぁいとか言ったら、分かったってすぐにでも撤回しますよ」
「うそだぁ……」
「うそなものですか。私、見ましたよ。お嬢様が宇翔様におねがぁいって言った時、羨ましそうにしていた志偉様のこと!」
「え、本当に?」
子晴に言われて、淑恵は少しだけ勇気が湧いてきた。
婚約破棄されてもいい。
だけど、告白だけはちゃんとさせてほしい。
全ての原動力はそこからきている。
けれど、告白するならやっぱり振り向いてもらいたいし、婚約破棄も撤回してほしい。
脈があると太鼓判を押してもらって、嬉しくないわけがなかった。
それから随分と歩いていくと、辺りは少しずつ暗闇から薄暗闇へ変化していった。
淑恵の目が慣れたのか、それともどこかに光源でもあるのか。
「お嬢様」
唐突に、子晴の足が止まる。
つないでいた手を離されて、不安な気持ちがひたひたと忍び寄ってきた。
「この先に、志偉様がいます。子晴はここで見張っていますので、ここから先はお一人で頑張ってください」
「うん」
「鍵はこちらをお使いください」
差し出された鍵を、淑恵はまじまじと見つめた。
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